dilemma



夜の飛空艇。
シンとの決戦を控えているという現状からして、それは穏やかな時間だった。

俺は、何気なく月を見ていた。

雲の無い空。そして、輝く満月。
純粋に、綺麗な月だった。

眠気の覚めた体を起こし、甲板にでも出ようという気が浮かぶ。





「あれ、おっちゃん。ナマエ見なかった?」





その時、ふいに声をかけられた。
目を向ければそこにいたのは眠気に目を擦るリュックの姿。





「…ナマエがどうした」





欠伸をする彼女が口にしたのはひとつの名前。
俺はその人物について問い返した。

リュックは眠そうな声で頷く。





「いや…あたし、ちょっと喉渇いて起きたんだけどさ。その時ナマエの布団、からっぽだったから」

「なに…?」

「どっか行ったのかなーって」





くあっ…とまた欠伸をするリュック。
眠気は相当らしく、それだけ言い残すと「ごめん…寝る」と軽く手を振りながら、その場を去っていった。





「……ナマエがいなくなった」





一方、その場に残った俺はそう呟きながら、思考を巡らせた。

真夜中の飛空艇。
外に出るとは考え辛い。

明日も早いというのに、果たしてどこに行ったのか。





「…………。」





沈黙が包んだ。

それは、嫌な沈黙だった。
ぞくり…と嫌な汗が背に滲む。

今、俺が想像していること。
それは…ありえないことのはずだ。

あいつの身は祈り子の影響を受けている。
祈り子の力によって、このスピラに留まっているのだ。

だから、そう…ありえない。

にも関わらず…見えない姿に嫌な予感が消えなかった。

気持ちが制御できず、焦り出す。
足が、勝手に動き始めた。










「あっれ。アーロン?」

「…ナマエ…」





しばらく飛空艇内を歩き回った。

そして、大きなガラス張りとなった通路にて…すっぽり、と布に包まった人影を見つけた。
その人物は俺の足音に気がつくと、ガラスの外に向けていた視線をこちらへと向けた。

目が合うと微笑む少女。
それは、思い浮かべていた…その人物だった。





「どしたの。もしかしてアーロンも目、覚めた?」

「…眠れんのか」

「うん。なんか覚めたらそのまま。そしたら月が綺麗だったから。ちょっと眺めてた」





ナマエが見上げる先には、満月があった。
「見事に綺麗なまんまるだよねー」と呑気に笑うナマエ。

俺は一歩一歩、ナマエの傍に歩み寄った。
隣に辿り着くと膝をつく。

そして、見上げるその横顔を見つめ、ゆっくりと腕を伸ばした。





「…うわっ…!」





あげられた驚きの声。

すっぽりと腕の中に閉じ込めた小さな体。
幻光体とはいえ、その体温はしっかりと感じることが叶った。





「ちょちょちょ…!?お、おじさんいきなり何するの!?」

「誰がおじさんだ…」

「逆に貴方の他に誰が…じゃなくて、な、なに!?なんなのさ!?」





酷く困惑しているな…。
しかし、抵抗をしてくる様子は無い。

それを良い事に、俺はそのままぬくもりを逃さぬように腕の力を強めた。





「っ…、アーロン…!なに…?」

「嫌か」

「え!あ…や、え、…い、嫌では…ない、けど…」

「ならばよかろう」

「なあ!?い、いやいや!よ、よくないよ!?い、いや…嫌じゃないけど…!でも良くは無いと思う…!」





喚くナマエの言葉を、俺は気持ちの良いくらいに無視した。

不可解なのは、自分自身が一番よくわかっていた。
そんなもの、百も承知だ。

だがしかし…こうも物言えぬ感情に支配されるとは…思わなかった。





「…な、なんかあったの…?」





様子が可笑しいのは同然のこと。
放す気の無い俺を目に、ナマエは小さく尋ねてきた。





「いや…」

「…変なの」





落ち着いてきたのか、大人しくなるナマエ。
委ねる様に、とん…と頬を俺の胸に寄せた。

……祈り子と顔を合わせたナマエは、ひとつの決意を見せた。

旅の終わりを見届けるまで、スピラに残るという覚悟。
この2度目の旅の始めから口にしていた事ではあったが、そこで改めて固めたのは事実だろう。

そして…もうひとつ。
死してなお、未練に縛られこの場に留まる俺を見届けること。





《…残された時間の、最後の最後まで、一緒にいさせてください》





俺の手を握り、そう口にしたナマエ。

その声は凛としていた。
誰が何を言おうと決して譲ることのない決意。

共に在れる時間はもう少ない。
先にあるのは残される未来。

それを知りながら、見せた覚悟。

俺は素直に…嬉しかったのだと思う。
そこまでの想いを抱いて貰えている事に、酷く高揚した。

しかし同時に複雑だった。

残さねばならない運命。
幸せにしてやることも出来ぬというのに、この地に留まらせるなど…。

帰る場所があり、その方法もあるというのなら、帰してやるべきではないのかと。

それなのに…俺は今、ナマエのぬくもりを求めている。





「は、ははーん。さてはナマエちゃんが恋しくてたまらなくなったな?」





その時、腕の中で聞こえてきた軽い声。
ふざけ、からかう様な質のもの。

…元の世界に帰してやりたい。帰してやるべきだ。

そう思い、願い、わかっていながら、いざ消えてしまったのではないかと過れば…こんなにも怖くなる。

…困ったものだな。
小さく自分を嘲笑った。





「…そうだな」

「え?」

「恋しい、と言ったらどうする」

「!?」





満月は人を惑わすという。
…だからまあ、たまにはいいだろう。

少しだけさらけた本音に頬を染めたナマエの頭を、そっと撫でた。



END


決戦間近あたり。
アロさん視点むずかしす…!
×