重ねた年月に馳せるもの



「10年かあ…」





飛空艇の甲板の上。
寝っ転がって、指を広げた手のひらを伸ばして、その先の青い空を見る。

ぼそっと呟いた声は、空に溶けるように消えていく。





「こんなところで何をしている」

「んー?」





聞こえた自分以外の声。

腕を降ろして、ちょっと視線をずらしたら、見えた足。
その傍で赤い裾がゆらゆら風に揺れている。

ぼーっとそれを見ていると、また同じ声が降ってきた。





「今日は冷え込む。あまり当たると風邪をひくぞ」

「えー、大丈夫だよ。少しくらい」

「…まあ、馬鹿は風邪をひかんと言うがな」

「一言多いんだよ、このやろう!」





がばっと起きて、睨みつけた。

なんで「風邪をひくぞ」で止めておかないかね?!
こう、なんでいっちいち言わなくて良いことを付け加えるんだ、このおじさんは!

むすっとすれば、それを見てくつくつ笑うアーロン。
それが何とも腑に落ちなくて。でもそれすら見抜いかれてまた笑われる。

っとに、なーんか嫌な感じだ。





「年月がどうかしたのか」

「なんだ、聞いてたの?」

「聞こえたんだ」





そう言いながら、アーロンはあたしの隣に腰を下ろした。

なんだ、自分だってここに座るんじゃん。
そう思って、言ってやる。





「アーロンも風に当たりに来たんじゃんか。あー、馬鹿は風邪ひかないから俺は大丈夫的な?」

「…フッ」

「…なんで鼻で笑うかね」





なんか、なんなんだろう。
この余裕かまされちゃった感じは一体…。

まあ、アーロンは大人だし。
でもあたしはガキンチョで。

悔しいけど、なんとなく敵わない感じは否めない。
でも、やっぱりなんか嫌だよなあ…。





「いや、スピラでは10年も経っちゃってるんだよなーって。改めて思っただけ」

「今更だな」

「うん、今更」





スピラに戻って来た時は、散々思ったこと。
「本当に経ってるの?」ってアーロンには何回も聞いたし。

だんだん、旅するうちに、あまり考えなくなって。

でも今また、久しぶりに思った。





「だって、あたしにとって、あの旅は1年前の出来事で…。でも、やっぱり10年経っちゃってるんだなあ…って思うこともたくさんあって。なんか取り残された感じ」

「別にそんなことは無いと思うが…」

「うん、まあ、そーなんだけど」





バハムートの祈り子が教えてくれた。

流れの違う時間。
10年に相当する1年、か。





「…アーロンが悪いんだよー」

「何がだ」

「いくら10年でもさー、ちょっと老け過ぎ。だから余計に差を感じ…あだっ!」



 

がつん!と拳骨。

おー、いてえ…。
じんじんする頭をさする。

まったく、相変わらず凶暴なおじさんだな!


…でも。
そのまま、その横顔をちらりと見る。

…あれから、10年、か…。





「…でもさ、10年ってことは…アーロン、35歳なんだよね?」

「…歳の概念など、もうあまり意味のない事だがな」

「んー…まあ、ってそんなら拳骨しないでよ」





げしっ、と背中を軽く殴る。
それから、おまけにニヤっと笑ってやった。





「…意外と若いよね」

「意外は余計だ」

「やっぱ気にしてんじゃん」





ぷっ、と噴き出して笑った。

出会った時、25歳だった。
娘、息子がいるブラスカさんやジェクトさんより、ひと回り近く年下で。
だから、そのふたりに追いついた…ってとこなのかな。

それに比べて…あたしは変わらない。
むしろ、ふたりの子供に追いつかれたって感じかねー。

…そこまで考えて、思いついたことが一つ。





「あ」

「どうした」

「いや、あたしがもしスピラに留まってたらさ、あたしも10年歳取ってたんだろうね。てーことは、ルールーやワッカとか、キマリよりも年上だったかもなわけか!」

「そうなるな」

「わーお、大人の女だね!」

「………。」

「ちょっと、何その目」





あっはーん、みたいなポーズをふざけて取ってみたら、何か無言の目線。
…なんだよ、こんにゃろう。本当、なんなんだ。なんなんだ!

でも、ルールー達より年上だったかもってのは、何か凄い。

うん。そうすれば…少なくとも今よりは大人で。
きっと、アーロンの隣に立ってても、そんなに違和感無いのかな?

…なんて、少しだけ考えた。





「…起こらなかったもしもなど、考えるだけ無駄だろう」

「…まあ、そーだけど」

「お前もスピラにおいては歳の概念などあまり意味が無いな」

「考えてみれば、そーだよね」





死人と、時の流れの違う異世界人。
意味はまったく違うけど、あたしたちには…年齢とか、あまり関係ないんだなあ。

先ももう長くは無い。
考える意味なんて、あまりないけど。

でも、こうして隣に座ってくれたりすると…やっぱり、ちょっとだけ、背のびもしてみたくなる。





「…ナマエ」

「…なに?」

「だが…、お前はお前だ」





目があった。

なんか、何考えてるか…見抜かれてるっぽい。
アーロンって、鋭いもんな。





「…アーロンも、アーロンだね」

「…そうだな」





広く、長く、そんな目で見れば…意味なんて何もないのかもしれない。

でも、やっぱり…思うこと、色々あるから。





「…なんか、寒くなってきたなあ」

「……。」





わざとらしく縮こまる。
ああ、なんという大根役者。





「…迷信だったら、困るからな」

「なにそれ」





あくまで馬鹿は変える気ないのかよ…。
そう思いながら、距離を縮めて、とん…と、くっつく。





「…あったか…」





いくつ、もしもを考えても…。
ううん、考えるのは…やっぱり、大切なものがあるからで。

でも、だからこそ…残った時間と、今を、ちゃんと大切にしたい。

自然と頬が緩む。
そっと、頬に触れる赤を、握りしめた。


END


死人は老けていく(?)のといないのがいるとか。
アロさんは前者ですな。

でも、つーことはティーダに怪しまれるからってだけで、本当は25の見た目のままでもいられたのかな?
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