風が吹いた。
草が揺れて、髪がなびいて。
雲も、流れた。
「なんだ、ここにいたッスか」
「ティーダ」
声がした。
振り向けばそこにいた見慣れた人。
あれからかれこれ十数年か。
ちっさな頃から良く知ってる、幼馴染みの男の子。
「探しに来てくれたの?」
「…そんなとこッスね」
「そっか」
「寝れないのか?」
「んー、そんなとこかな。やっぱ色々思うからね」
夜空の下。
ユウナ達を起こさないように、そっと布団を抜け出して、飛空艇の外に出た。
足をつけたのは街も村もない大平原。
明かりがひとつもないこの空間は、空に星がよく見えた。
「ジェクトのおじさん、本当にシンなんだね」
「…ああ」
「エボン=ジュってのを倒せば、全部終わるんだね」
「…そうだな」
「本当に全部、終わるんだね…」
そう言いながら掲げた手は、月と星の明かりでくっきりと良く見えた。
そう。ちゃんとくっきりと。
ぼやけることも、霞むこともなく…ちゃんと見えた。
…でも、この手は…本当は、とてもとても儚い夢なんだ。
「…あたし、ユウナを助けたい。究極召喚のまやかしを打ち破って、後悔は…全然してないの」
「うん…。俺もだ」
「ユウナが死ななくて凄くホッとしてる。嘘じゃない…本当に良かった…」
心からそう思える。
ティーダと一緒にスピラに迷い込んで、皆に出会って一緒に旅した。
その旅路の中で知った召喚士の運命は残酷で…なんとしても助けたいと何度も願った。
現に究極召喚は…まやかしだった。
親友とも呼べるようになった彼女が無事で…本当に嬉しい…。
だけど…。
「…ごめん…ティーダ…、飛空艇戻ってて…ひとりにしてほしい…」
「…ナマエ…」
手が震えて、肩も震える。
声も上擦りそうで、隠すので精一杯。
お父さんと戦わなきゃいけなくて…彼の方が、もっと辛いのに…。
だから…ティーダの前でなんて泣けない。
弱音なんて吐けない。
ずっとずっと一緒に育ってきたけど、だからこそ…彼には一番気を使いたい。
背を向けて、顔を上にあげて込み上げそうなものを必死に耐える。
でもティーダは…放っておいてはくれなかった。
「ナマエ…無理すんなよ」
「…っ…」
ぐっと肩を掴まれた。
そして無理矢理向き合わされる。
見せたくなかったのに、今にも泣き出しそうな、情けない顔をさらしてしまう。
「や、やだ…っ…」
「無理しなくていい。ひとりで抱えなくていいんだよ…!俺だって…怖いから…」
「…てぃ…、」
「でも今更引き返す気なんかない。突き進むって、もう決めてる」
「……そんなの、あたしだって…」
そんなの、あたしにもわかってる。
ここで投げ出す気なんか、まったくない。
だから今夜だけ、少しだけ泣こうとした。
「ああ…わかってる。でも…やっぱり色々考えんなってのは…無理ッスよ。どんなに決意しても…心のどっかでは、考えちゃうもんな…」
「……ティーダ…」
「ナマエのその気持ち、分かち合えるのは俺だけッスよ。俺の気持ちがわかるのもナマエだけだから」
「………。」
「だから、俺にはぶつけて良いよ。無理なんかすんなって」
ずっと一緒にいるけれど…今までで一番、心に染みた気がした。
押さえていたのに、ぽろぽろと溢れだす。
喉の奥も苦しくなって…呼吸が浅くなっていく。
「ナマエ…」
あたしの名を呼ぶ、君の声。
その声は…あまりに優しすぎた。
「っ…ティー…ダ…」
だから、耐えられなくなった。
「…怖いよ…ティーダ…っ…怖くて怖くてたまらないよ…っ…」
本当は、誰かに聞いてもらいたくてたまらなかった。
でも…誰にも言えない。
言えるはずがなくて、ずっと仕舞い込んでた。
しゃがみこんで、自分の体を抱きしめて震える。
あたしたちは…夢。
育った街も、友達も…自分も、何もかも。
夢は覚めて、消えてしまう。
「夢だなんて…わかんないよ…。あたし…ここにいるのに…っ…」
「…本当、わかんないよな…。消えちゃうとか言われても…全然わかんねえって…」
ふたりで零し合う、今まで溜めこんできてたこと。
ティーダの声も、涙の色を滲ませていた。
…そういえば、昔は泣き虫だったっけ…。
もしかしたらティーダも…我慢していたのかもしれない。
「ティーダ…」
「…ん?」
しゃがんでうずくまった顔をあげたら、ティーダはすぐ近くにいた。
あたしに合わせ、彼も一緒にしゃがんでくれていた。
その瞳からは、涙が流れていた。
それを見て、あたしは眉を下げたまま笑ってみせた。
「…ふっ…、泣き虫、復活…?」
「その顔で言われても…って感じッス…」
お互いに…頬がすっかり濡れている。
分かち合えるのは、ふたりだけ。
同じ恐怖と、同じ決意。
その夜は、ふたりで一緒に泣きはらした。
END