愛称

「やあ、おはようクーくん」

「……。」





旅の宿。開いた扉の向こうにいた金髪の彼。
ニッコリ笑って挨拶すれば、奴はこちらに顔をしかめてきやがった。





「おう、朝っぱらから失礼な顔だな貴様」

「…理由、わかるだろ」

「なにがよ。クーくん」

「……。」





睨まれた。
いや別に大して怖くないけども。

そんな視線を気にすることなく私は彼の傍に歩み寄る。
隣まで来てその顔を見上げれば、彼はやはり顔をしかめていた。





「眉間、跡つくよ?クーくん」

「…その呼び方やめてくれ」

「なんでよ。昔はこう呼んでたし」

「…昔は昔だろ」

「べっつにいーじゃん。今も昔も大して変わんないよ」

「いいから」

「はいはいクラウドサン」





ぶーたれる彼にひらひらと手を振ってそう言う。
するとクラウドは良しとでも言いたげに頷いて見せた。

別にいいじゃないね。





「かっわいー幼馴染みがかっわいーあだ名で呼んであげてるのにつまんない男ね。まったく」

「うるさい。というか自分で可愛いとか言うな」

「あら。可愛い幼馴染みがふたりも居て幸せでしょう、クーくん?」

「…おい」





また呼べば睨まれた。
でもやっぱり怖くないし。

私は気にせずぺろっと舌を出しておどけて見せた。

今更だが、私はニブルヘイム出身だ。
彼やティファとはいわゆる幼馴染みという奴である。

まあクラウドとティファって小さいときに遊んでるイメージそんなにないんだけど。
かといって私もクラウドと頻繁に遊んでいたわけでも無いが、なぜか私はこんな風に彼を呼んでいた。
切っ掛けはイマイチ覚えていないが、小さな頃から呼んでいたため、わりとしっくりくるあだ名である。

自分以外呼んでるの聞いた事無いけど。





「クーくんさあ、今日どの辺まで行く予定なの?」

「今日は…って、おい」





またもその呼び方で、今度は今日の予定を尋ねてみる。

すると今度は案外すんなり話が進みそうになった。
クラウドが途中で気が付いてハッと睨んできたけども。

私はニヤリと笑った。





「あっは、なんだかんだで君もこの呼び方しっくり来るんだろ〜?」

「…来てない」

「いーじゃんよー!素直になっちゃえヨ!」

「その口調なんかムカつくな…」

「ひど!」





まったく照れ屋な男だぜ。
私は相変わらず睨んでくるクラウドを気にせずふっと窓の外の空を見上げた。

今のクラウドの瞳と同じ色だ。
私の記憶にある幼い彼とは違う色。

でもこの呼び方で振り返った彼を初めて見た時、ああ…彼は私の幼馴染みの彼だと凄く実感したのだ。





「そんなにこの呼び方イヤ?」

「ああ、嫌だな」

「ふーん。私は好きだけど」

「興味ないな」

「酷いなお前」





興味ないって今のは結構ぐっさり来たぞ!
空から視線を彼に戻すとやっぱりどこかしら不満そう。

私は再び空を見上げる。
そしてぽつりぽつりちょっとした心情を吐き出した。





「いやさ、ちっさい頃って私あんまクラウドと遊んだ記憶ないんだよね。ていうか私に限らず村の誰ともあんまり遊んでなかったよね」

「…そうだな」

「でもさ、私なぜかクラウドのことクーくんって呼んでたんだよね。他の誰とも違う、私しか呼んでなかった。それがなんだか妙に嬉しかったんだよね、特別感あって」

「え?」





別に、特別たくさん遊んでいるわけでは無かった。
むしろティファや他の子たちと遊ぶ回数の方がクラウドと会うより圧倒的に多かった。

でも、クラウドと言う存在は私の中で少しだけ特別だった。

なんというか、本当自己満足な話。
本当、物凄くどうでもいい…というか、自分本位というか。

クーくんって呼んでいるのは自分だけ。それは確かな事実だった。
それってなんだか凄く特別な感じがして。





「クーくんって呼ぶのが自分だけっていうのは、なんだかクラウドと一番距離が近いのが自分みたいに感じてたと言うか。クラウドにとって自分だけ特別って感じが嬉しかったと言うか、…なんかクラウドにしてみたら傍迷惑な話だね、これ」

「え…」

「うーん…そうだね、やめる!ごめん!」





なんだか振り返ったら申し訳なくなった。
なんか物凄く自分勝手な理由だな。

なんだクラウドにとって、って。
勝手に決めつけてんじゃねえって話だ。

よし、やめるか!
そう潔く宣言すると、クラウドが私の隣に来てトン…と窓際に手をついた。

その手が自分の話を聞いてくれというように見えて、私はクラウドを見上げた。





「ん、どしたの。クラウド」

「…俺も、思ってた」

「え?」

「あだ名とか…特別なカンジがするって」

「へ?」





クラウドと視線は交わらない。
それはクラウドがこっちを見ていないから。

クラウドの死線はその瞳と同じ色の向こう。
あえて目を合わさないように。

なんだか照れてるみたいに見えた。





「…なんでそんな話するんだ。思い出しただろ」

「お、思い出したとは…?」

「…物凄く嫌だったのに、そんなに嫌じゃなくなった」

「…ほ?」

「…たまに…、というか皆の前はやめてくれ」

「………。」





私も空を見る。
ふたりで眺める同じ景色。

小さい頃、もっと遊べたらいいのにとは思ってた。
なかなか機会は作れなかったけど。

今、不思議な縁から私は彼と旅をしている。





「クーくん。今日、パーティ編成どうするの?」

「まだ決めてない」

「私、クーくんと一緒に行きたい」

「……わかった」





あの時の続き。
この呼び方に相応しい距離まで、私は彼に近づけるだろうか。


END

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