嬉しい言葉
カンカン、と背後でグラディオがテントを張っている音がする。
ノクトとプロンプトはそれを手伝っているのか騒いでるのか、ちょっと賑やかな声が聞こえる。
夕暮れ時、最近慣れてきたそんなキャンプの光景。
「ナマエ、これをみじん切りにしてくれ」
「はーい!」
傍らに立つイグニスに言われ、私は快く返事をする。
これも、最近見慣れてきた光景のひとつ。
調理するイグニスの手伝い。それがキャンプを行う際の私の立ち位置だった。
「ふんふーん♪」
「なんだ、えらく機嫌がいいな」
鼻歌まじりに野菜を刻んでいると、鍋をかき回しているイグニスにそう言われた。
私はイグニスを見上げ、大きく頷いた。
「うん!キャンプ好きだからね〜」
「ホテルよりか?」
「うん。だってイグニスの料理食べられるでしょ?」
そう答えれば、イグニスは驚いたように少し目を丸くしてこちらを見てきた。
鍋をかき回す手は動かしたままだったけど。
私はにっこり笑った。
「いやさ〜王都にいた時も食べた事あるけど、その度に美味しいな〜って思ってたのさ私は」
「まあ、美味い美味いとは言っていたな」
「そうそう。それがこうも頻繁に食べられるようになるとか。ちょっと震えるくらい嬉しいわけなんですよ」
「鼻歌を歌う程にか」
「ふふふ、まあね〜」
そう笑って私はまた鼻歌をうたった。
あの味を思い出すだけでもう上機嫌である。
すると、イグニスは回していた鍋の火を消して何か考える様に顎に手を当てた。
そしてしばらくすると少し声を落とし、そっと小さく耳打ちしてきた。
「…なら、今夜特別にデザートを作ってやろうか」
「えっ!」
その言葉に、私はパッと再びイグニスを見上げた。
多分…いや確実に目が輝いていた自信がある。
そんな私の反応は面白かったのだろうか。イグニスはふっと微かに笑いながらまた小さく言った。
「最近思いついたレシピがあって、試してみたいんだ」
「わわ、本当?新作?」
「ああ、夜中に食べても安心のローカロリーデザートだ」
「なんと…!それは魅力的過ぎじゃないですか」
「だが、材料が足りなくてな。だからひとり分、特別にだ」
「特別?」
「ああ。皆には秘密だ」
シッ、と短く唇に人差し指を立てたイグニス。
それを見て私の目は多分まだキラキラ…いや、多分輝きを増したことであろう。
「ほ、ホント?いいの?」
「ああ、ただし皆が寝てからだな」
「おお!任せて、夜更かしは得意よ!」
「……いつも欠伸をしてるかと思えば」
「あ、やば。えへへ、食べたらすぐ寝ます」
「当然だ」
「あはは…でも、大丈夫?イグニス疲れてるでしょ?」
一応確認する。
食べたい気持ちは山々だが、流石に旅をしてる身としては仲間の体調は気になる。
首を傾げて確認すれば、イグニスはまたふっと笑った。
「まあ、たまにはいいんじゃないか?嬉しいことを言ってくれたからな。お礼だ」
「お礼?」
「やはり嬉しいものだな、美味いと言ってもらえるのは」
そう言ったイグニスの顔は穏やかで、でも本当に嬉しそうだったから、ああ言葉にして良かったなと思った。
でも、世辞も何もない…本当に思ったことだったから。
「うーわー…どうしよう、私もすっごく嬉しいよ。もうイグニス愛してる」
「これ以上は何も出ないぞ」
「あ、ダメ?」
なんて。
私はへらっと笑った。
END