すべて

「んー…風が気持ち良いな!」





草原の中。
彼はそう言いながら、うん…と気持ちよさそうに体を伸ばす。

青の衣と、茶色のちょっと無造作な髪が風になびいて揺れる。

私はそれを見て、自然と頬が緩んだのを感じた。





「ふふ、早く食料調達しないとファリスとか怒るんじゃない?」

「まあ、たまにはこうのんびりするのも悪くないだろ?言わなきゃバレないって」

「なるほど。バッツが怠けていました、と」

「コラコラ、裏切り者!」





他愛の無いやりとり。
私はクスクスと笑った。

時は、まだ少し陽が落ちるには少しだけ余裕のある時間。

陽が落ちる前に目的地に着く事は無理だと判断した私たちは、道中に野宿に手ごろな場所を見つけ、早めに足を止めることにした。

それがまだ余裕のある時間に、バッツとふたりで食料調達をしている理由だった。





「でも、…んーっ…確かに気持ちいいね」





風が撫でる緑の草原。
彼のまねをして、すうっと息を吸い込めば体中にその爽やかな空気が染みていくみたい。

緑の匂いも、何だかとても清々しい。





「だろ?」





私が深呼吸をしたのを見れば、バッツは嬉しそうに笑った。

それは、旅の合間に訪れた小さな安らぎの時間。

顔を綻ばす彼は、今という時間をとても満喫しているようだ。
そんな中、私はトン、と軽い足でバッツの傍らに身を寄せた。





「わ…っと、…どうした?突然?」





きゅ、と腕を絡めて肩の辺りに頬をくっつける。

その行動に彼は少し驚いたみたいだった。
…まあ、無理も無いだろう。





「んー?…のんびりするのも悪くないんでしょ?」





バッツはわりと細身だけど、やはり男の人。
抱きついた腕はがっしりしていて、少し心臓が高鳴った。





「…私は意地っ張りですが、たまにはね、甘えたくもなるものだよ」





すり…っ、と愛しい想いが伝わるように身を寄せる。

あまりこういう事をする柄ではないけれど。

いや、そういうプライドって持っていないほうが良いんだろうな…とはよく思うのだ。

誰かを想う気持ちというのは…伝えて貰って悪い気がするものでも無いだろうし、気持ちを返して貰えたら、それはとても幸せなことだろう。

…ましてや、戦いの旅を歩いているのなら尚のこと。

そこまでわかっているのに、それでもなかなか素直になれないのだから…人間って難しいよな…なんてね。

でも今はなんとなく、久しぶりにふたりきりになったからだろうか。
少し、素直に対して前向きな気持ちだった。





「…甘えたく、な。まあ、悪い気はしないけどさ」

「うん」





目を閉じて、バッツという人に感覚を澄ませる。

そうすると…ああ、好きだなあ…なんて思ってしまうのだ。
体温とか、声とか、においとか…。





「…バッツ、チョコボくさいねえ」

「……お前この状況で面白い事言うな」





すん、と鼻を鳴らしたら…お日様のにおいに混じって、チョコボのにおいがした。

でも別に嘘を言ったわけじゃない。
私は事実を言ったまでだ。

バッツからはチョコボのにおいがした。

今は一緒に旅をしていないけど、バッツにはボコという相棒のチョコボがいる。
ボコのことを思い出すのかバッツはチョコボを見つけるとよく近づいて撫でたりする。

だからこのにおいは、そういうことなのだろう。





「ふふ、いいんじゃないの。私、バッツからするチョコボのにおい…嫌いじゃないよ」





私はもう一度、すん…と鼻を鳴らした。

ああ、やっぱりチョコボのにおい。

だけど言葉の通り、私は別にこのにおいを悪く言うつもりは無い。
むしろ本当に好きなのだ。

そう、バッツらしくて、とても。

私はするっと、絡めていた腕をそっと放し、彼を見上げた。





「チョコボのにおいがするところも、細身なところも、率先して庇ってくれるところも」





そして、とん…と優しく胸に触れて。





「ちょっと無造作な髪も」





次に、手を高く伸ばして茶色の髪に。





「少し、高めな声も」





ゆっくり、頬をなぞるように指を落として。





「…たまにお馬鹿なところも、ぜーんぶ好きですよ」





そして、へらっと笑った。





「おいおい…最後に失礼な事言ってくれるよなあ」

「ふふ」





バッツはちょっと微妙な表情をして、私の額を軽くつついた。
私は変わらずへらへら笑う。





「でも、ま。…気持ちは本物ですからね」

「…へー、本当にいつに無く素直だな」

「ははは、そうだね。ちょっと気分いいのかもね」





確かに、どうしたのだろうというくらい…今日はあまり本音を零す事に抵抗が無い。

出来るなら、いつもこうであれば良いのだが。
なかなか素直になるって、難しいもの。

ただ、想った事は想ったときに…少しでも伝えられたらいいなと思うだけ。





「うーん、でもあんまり可愛い事言うなよな?」

「うん?」

「皆を待たせてるのわかってるけどさ、もう少しふたりでいたいな〜…とか思っちゃうだろ?」





バッツは頬を人差し指でかきながら、そんな風に笑う。
それは悪戯するような笑みにも似ている。

その顔に、私も笑みを返した。





「いいんじゃない?」

「え?」

「私はバッツが怠けてましたって報告するだけ」

「だから、コラ!!」

「あははっ!」





世界の命運も掛った、重苦しい張り詰めた空気もある旅路。

そんな中に稀にある、こんな軽い空気感。
それが私はたまらなく好きだと思う。

彼の声を聞き、ぬくもりに触れ、一緒に笑う。

だから私は頑張るし、未来を望むのだから。



END

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