たいせつなひと

「なあ、ナマエ。今日も教えてくれる気にならないか?」

「ならない」





ぴしゃっと即答。
見事に玉砕。

慣れてきた回答。

そんなものに慣れてる自分と、いつまでたっても進展しない記憶にガクッと肩を落とした。





「どうしても駄目か?どうしたら教えてくれるんだ?」

「どうしたって教えない。最初に言ったでしょ、これでも傷ついてるんだから」





なあなあ、と手を合わせて頼んでも答えは相も変わらない。
つーんとそっぽを向かれてしまった。

毎日続く、こんなやり取り。

このやり取りの発端は、この世界にやってきたばかりの頃に遡る。





《バッツ…?》

《え?》

《バッツ!!》





肩を叩かれ、そう聞かれた。
期待に満ちた目で、親しい声で。

そんな彼女に、俺が返した言葉。

これがぶっちゃけまずかった。





《えっと…どっかで会った事ありましたっけ?…なーんて》





へへ、と頬を掻きながら。
そう言った瞬間、彼女の一気に表情が固まった。

秩序と混沌の神々が闘争を繰り広げるこの世界。
この世界に召喚された俺たちは、元の世界の記憶の多くを失っていた。

俺も、ナマエも。

だけどナマエは覚えてくれていた。
俺と同じ世界から来たってこと。…俺のこと。





《…あたしの事、覚えてない?》

《あー…と、うん、悪い…》

《…そっか。じゃあ、何か元の世界で覚えてる事ってある?》

《んー…そうだなあ、ああ!俺、相棒がいたよ!》

《チョコボ?》

《お!正解!よくわかったな?》

《ふふふっ》





話してると、ナマエは本当に俺の事を知っているんだと実感した。
俺の霧掛った記憶を話せば、それについて見事に言い当ててくれる。

俺も気分が良かったと思う。
元の世界の記憶ってのは、やっぱり気になるものだから。

だから俺は、ナマエについて尋ねてみた。





《なあ、ナマエのこと、もっと教えてくれよ》

《あたし?》

《ああ。知り合いだったんだろ?俺たち》

《んー…そうだけど。でも、そこは出来れば自分で思い出して欲しいな?》

《自分で?》

《うん。だってちょっと寂しいもん》





ナマエはそう言って悪戯するかのように笑った。

まあ確かに自分は覚えているのに相手が覚えていないと言うのは寂しい事かも知れない。
だから俺は納得し、彼女の事を思い出すように努めた。

…でも正直、あれから成果と言う成果が見えない。

というか、最近だとその話をするナマエの態度が少し冷たい。





「…だいたいどうして近くにいるあたしじゃなくて、思い出したのがチョコボとじいさんなの」

「……うーん。俺も知りたいな」

「あんたにわかんない事、あたしにわかるわけないでしょ」

「なあ、教えてくれって?少しでも教えてくれたら、そこから色々思い出すかもしれないだろ?」

「…別に、無理して思い出す事も無いんじゃない?思い出せないなら、案外どうでもいい事なのかもよ」

「そ、そんなこと言うなってー…!」





またもつーん、と…そっぽを向かれてしまった。うう…。
こうまで言われてしまうと、少し切ない。

…だって、正直なところ、まったく変化が無いわけでは無かった。
ナマエと話しているうちに、俺の心には変化があったのだ。





「ナマエー、拗ねるなよー」

「拗ねたくもなります。ほっといてください」

「ナマエー…」





つん、とする、少し不満そうな横顔。

…うん、ちょっと可愛いな…なんて。

俺の心に現れた変化。
それは、ナマエを想う気持ち。

多分これは、思い出した感情なんだって…俺はそんな風に感じてる。

俺はきっと、元の世界に居た時、ナマエが好きだったのだと。

だから、もっと思い出したい。
ナマエの事をもっと知りたいと思うのに。

だけど、流石にそんなことを言うわけにはいかないだろう。

お前の事が好きだから、だから教えてくださいって?
…いや、それは振られたら洒落にならないよな。

好きだから、ナマエの事を知りたい。
でもそれを今の俺が知るためにはナマエにそれを言わなくてはならない。

明るくて、気立ての良かったあのじいさん。
真似してみようって決めたけど、流石にこれは怖気つくってもんだ。





「…早く思い出しなよ」





その時、ナマエがちらっと俺を見ながらそう呟いた。
俺はもう一度、ずいっと頼み込んでみる。





「なら教えてくれよ」

「…やだよ。本当にバッツにとってどうでも良い記憶かもしれないじゃん」

「…絶対そんなことない」

「……どうしてそう思うの?」

「……なんとなく」

「………じゃあ絶対言わない」

「ナマエ〜…っ」





まったく、これじゃ切りがない。
延々と同じ繰り返しだ。

好きと言う気持ちはある。
この感情を抱いた時、それは思い出したように…昔、同じ想いを感じていたように、じわっと心に落ちついた。

だから、思い出せないから大事じゃないなんて事…絶対にない。

だけど…、ん?

その時、ふと、思いついた。

ナマエは思い出せないから大事じゃないと言った。
ナマエの中でそれが成立しているのなら、そこに生まれる意味は…。





「…ナマエの理論でいくとさ、」

「ん?」

「ナマエが俺を思い出してくれたって事は、俺のこと大切に思ってるってことだよな」

「へっ」





指摘してみる。

すると、さっと彼女の頬に赤みが帯びた。
どことなく声も裏返ったような。

…これは、思わぬ良い反応が見れた気がする…。





「…ナマエ?」





俺はナマエの顔を覗きこんで見た。

何と言うか…ちょっと押してみるのもアリかもと。

ぱちりと目が合う。
その瞬間、ナマエは何かが弾けたように叫んだ。





「…もう、バッツやだ!馬鹿!アホ!高所恐怖症!!」

「なんでだよ!?ていうか高所恐怖症別にいいだろ!」





そして、悪口の限りを尽くされた。
なんで俺いきなり罵倒されてるんだ!?

理不尽な気持ちを覚えつつナマエを見やれば、彼女はふんっとまたそっぽを向いた。

うーん…失敗?
けど、収穫はあった気がする。

だって、その反応は…少しくらい自惚れてもいいんじゃないかと。





「へへっ…」

「…何笑ってんの?」

「いや…へへへっ」

「…なんかムカつく」

「だからなんでだよ!?…で!」





今度は脇腹を殴られた。…地味に痛い。

でも、否定もしなかったよな。

誰かに言ったら前向きすぎると笑われるだろうか。
だけど、前向きだっていいだろう。

そう考えて、俺はへらりと笑った。



END

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -