Grip | ナノ



「元の世界に、帰るよ」





導き出した、最後の答え。
あたしの…本当の、元の世界に帰る。

あたしはそれを…はっきりとクラウドに伝えた。





「…そうか」





言葉は、しっかりとクラウドに届いた。
それを聞いたクラウドは、そう言いながらあたしに小さな笑みを返してくれた。





「…クラウド」

「元の世界…帰る場所がある。待ってる人が、たくさんいるんだもんな」

「………。」





優しい声だった。
とてもとても、優しい声。

胸が、締め付けられた。

だって…あたしは、この人が大好きなのだ。
本当に…大好きで、大好きで仕方ない。





「あたし…クラウドのこと、大好きだよ…。会えて本当に良かった。一緒に旅が出来て、傍にいられて嬉しかった」

「…うん」

「でも…やっぱり、いっぱい…色々考えたよ」





頷いたクラウド。
あたしはそれを見て、一度そっと…息を吸い込んだ。

空気が身に染みて、少し…落ち着く。
でもやっぱり、その空気は…ちょっと違うんだな、って思う。

あたしはゆっくり、じっと彼の瞳を見上げた。





「あたしって…この世界の誰とも、多分…違うんだよね。見た目とか…そんなに変わらないけれど、でも…色々、やっぱり違うなって思う事、あるんだ。育った環境は勿論…魔法も使えない。この世界の人の、当たり前があたしには出来ないんだ」

「………。」

「私の世界は…きっとあっちなの」





セフィロスや、宝条博士が言った…異物という言葉が、頭にこびり付いている。
でもそれは言われたからじゃなくて…きっと、自分が一番思っているからなんだろう。

この世界の誰とも違う…そんな存在。

この世界の者はみんな、星の命として最後はライフストリームに還る。
だけどあたしは…その流れから外れて、浮き出て…。

もしかしたら何か…。
そこに何もないとは、言い切れなくて。

そして、クラウドの言う通り…帰る場所がある。
元の世界…あたしは、残してきたものがあって、待っていてくれる人がいるであろうことも…わかっている。

あれは…そう、確かちょっと前に…シドがクラウドと話しているのを聞いた。
この世界の…あるひとつの劇のお話。




『どうしても行くの?』

『約束だから。大好きな人達が待ってるんだ』

『……わからない。わからないけど……でも、絶対に死なないで』

『もちろん…。ここに帰ってくるよ。約束なんかなくても待っていてくれる人がいる事、俺は知ってるから』




それは、お芝居の…LOVELESSのとある一幕だ。

あたしはそれを改めて聞いたとき…その台詞がとても心に残ったのを感じた。

約束なんか無くても…か。
シドが決戦前にこの言葉を思い出したように、あたしも…ちょっと、思い出したんだ。

理由は、色々ある。
数えたら…キリがないほどに。

クラウドのことは、本当に大好き。
一緒にいたい。離れたくない。

だけどきっと、あたしがこんなことを思っていたら…やっぱり…クラウドをきっと、振り回してしまう。

クラウドは優しいから。

あたしが自分の意志でこの世界を選んでも、彼は…きっと、自分が気持ちを押し殺させたんじゃないかって、きっと自分を責めてしまう。





「…ナマエ」

「……。」





その時、クラウドがあたしの手を両手で取った。
そして指先を、手の甲を、なぞって触れて…何かを確かめるようにまじまじと見つめて言った。





「…綺麗な手だな」

「…クラウド」





優しく触れる。
凄く愛おしいものを見るように、穏やかな瞳をして。





「ナマエの世界は、モンスターがいないんだよな。武器を取る必要も無いんだろう…?」

「…うん。そんなの持ってたら、捕まっちゃう」

「はは…、この世界じゃ…とても考えられないな」





クラウドは小さく笑った。

…武器、か。

最初、自分の戦える方法を探すときも、あたしの世界じゃ銃刀法違反だなあ…なんて、そんなこと思ったっけ。





「…いつかな、ユフィが言ってたんだ。どうしてマテリアは戦いの知識ばかりなんだろうって。きっと古代種たちは戦ってばかりだったんだろうってさ」

「……。」





その言葉は、あたしも知っていた。

目が無いほどに、マテリアが大好きなユフィ。
だけど彼女はそんなマテリアの意味をひとつ鋭く射抜いたのだ。

マテリアは古代種たちの知識が込められたもの…。
なら、戦いの知識ばかりなのは…。

ちょっとドキリとさせられた、そんな言葉だったっけ。

クラウドはそんな言葉を思い出しながら、あたしの手を変わらず優しく包んでいた。





「だから、ナマエが魔法が使えないのも、使う必要がないからだ」

「………。」

「凄く、平和な証拠だ。帰ったら…この綺麗な手が傷つくことは、きっと無くなるんだな」





そう言ったクラウドの顔を見上げれば、彼は本当に優しく…あたたかく微笑んでいた。

ナマエと呼ぶ声が、握られた手のぬくもりが…今まで彼と過ごした時間の尊さと、それが確かなものだったのだと教えてくれる。





「ナマエ…」

「…、」




名前を呼ばれた。
…一瞬、息が途切れた。

クラウドの唇が、そっと…あたしの唇に触れる。





「…まじないだ」





吐息が交わる距離。
唇を離したクラウドは、それほど近くでそう囁いた。





「あんたの世界で…穏やかに…幸せに生きてくれ、ナマエ。俺は…ナマエが願ってくれたように…俺もそれを願ってるから」

「クラウド…」





クラウドは、あたしの手を包む両手のうち…ひとつを放し自らのポケットに差し込んだ。

そして、何かを取り出しあたしに握らせる。
手の中に触れたその感触に、あたしはそれが何かを理解した。

…あたしが、この世界に来た切っ掛け…。
マテリアのついた、ブレスレット…。





「祈れ…ナマエ」





彼はそう言って、またあたしの手を包む。

その時…マテリアがかすかな光を放った。
多分、クラウドが…魔力を込めてくれているのだろう。

…元の世界に、帰る…。

頭に浮かんだ、その言葉。
瞬間…あたしは久しく、いつか感じたことのある不思議な感覚に見舞われた。

浮かび上がった様な感覚。
そうだ…これは、初めてこの世界に来た時と、同じ感覚だ。

視界も歪む…。
目の前にいるクラウドの顔が、次第にぼやけていく。

いや…でもこれは…。
まるで…水の中のような…。涙…の、せい…。





「…俺のこと、好きになってくれて…ありがとう、ナマエ。…大好きだ」





最後に耳に届いた声。
ぽろ、と…頬に冷たさが伝う。





《…あんた、謝ってばかりだな》





はじめて、クラウドとふたりで話したカームでの夜。
貴方はあたしにそう言った。

クラウドと少し仲良くなれたかなって、そんなことを思えた夜だから…あたしはあの日を、凄くよく覚えてる。

謝ってばかり…。
確かに、最初はそうだったね。

だって…申し訳ないって、そんな気持ちが強かったから。

…でも、だけど…今は違うよ。
今、胸に溢れているのは…たくさんのありがとう。

だから最後は…ちゃんと、伝えるよ。





「ありがとう、クラウド…大好きだよ!」





告げた瞬間…ぐにゃり、と視界が揺れた。
…視界だけじゃなくて五感全部。

あの時と、同じ…。

本当に一瞬…。
気づくと、視界が変わっていた。





「…戻って、きた…」





そこは、あたしがあの世界に行く直前…最後に見た、良く見慣れた…そんな景色だった。

あたしは良く知ってる街に立っていた。

だけど、何をすることも無く、頭がぐらぐらした。
さっきの感覚に酔わされたみたいに、力が入らなくなって、その場に倒れてこむ。

ああ…何かなら何まで、あの世界に辿りついたときと、同じ。

でもきっと、次に目覚めるのは…ビーカーの中じゃない。
神羅のエンブレムも、ミッドガルの光も無い。





「…クラウド…、あり、がとう…」





きっと…誰に言っても、信じてはもらえない。
自分でも夢じゃないかって、そう感じてしまうような…幻想みたいな出来事。

でも、決して夢じゃない。
この先の未来…なにがあっても、絶対…この胸に刻みつけて、一生忘れない。

それはあたしの大切な…掛けがえのない、宝物の日々。

これからは、その輝きであたしの未来は色濃くなっていく。
自分で選び、掴んだ未来を信じて…あたしは、自分の現実を歩いていく。



Real END


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