「そろそろ時間だ」
夜が明けた。
眩しい太陽の光を受け、クラウドがそう飛空艇を見上げた。
昨日…あたしは、クラウドとティファと共に一晩を過ごした。
飛空艇の中でぼんやりと考え事をしていたあたしをクラウドが迎えに来てくれて、少し話した後…あたしたちは大地へと足を下ろしたのだ。
そこで火を囲みながら、ふたりと色んな話をした。
クラウドとティファの幼い頃の話とか…そういう、思い出話。
ゲームでは語られない、ふとした話も…たっくさん聞いた。
凄く楽しくて、いっぱい笑った。
「でも、まだ…!?」
行こうと飛空艇を指したクラウドに、ティファが不安そうに顔を曇らせる。
そしてその視線はあたしにも向けられた。
あたしはそんなティファの肩をポンと叩いた。
「そんな顔しないでよ、ティファ。大丈夫、大丈夫」
「大丈夫…って。あ、それ…物語の知識?」
ポンポンと肩を叩くあたしに、ティファは不安な顔から笑みを零し、悪戯するようにあたしの頬を指で突いてきた。
なんだかちょっとくすぐったい。
凹んだ頬に、あたしも笑みが返した。
「ふふっ、確かにこの先の可能性をあたしは知ってるけど…でも、それはあくまで可能性の話だから…もしかしたら、あたしの知ってる結果と変わちゃってるかも?」
「え〜?ふふ、じゃあ大丈夫じゃないじゃない」
「そんなことないよ。少なくとも、ひとつ絶対に大丈夫だって思える事を知ってるからね」
「え?」
きょとんとした表情を浮かべるティファ。
まあ…ほぼほぼ、皆の事も大丈夫だとは思うのだけれど。
ただひとつ、確実なことがある。
そして、その答えに答えたのは、あたしではなくクラウドだった。
「そうだよ、ティファ。昨日散々話したろ?少なくとも俺達は、独りぼっちで行かなきゃならないって訳じゃない」
そんなクラウドの言葉を聞き、ティファはあたしとクラウドの顔を見比べた。
目が合うと、あたしもクラウドも笑みを返す。
そう。つまりはそういう事だ。
その意味を理解したティファは不安を拭い去り、しっかりと頷いてくれた。
「うん……そうだね!」
「よし!それじゃ、行こうか!」
こうしてあたしたちは飛空艇へと歩き出した。
「……3人だけだと飛空艇、広すぎるね。やっぱり、ちょっとだけ寂しいな」
乗り込んだ飛空艇。
通路で足を止め、静かな艇内を見渡したティファが寂しそうに零す。
ひとりではないとわかっていても、あれだけ賑やかだったのだからそう思うのも無理はないだろう。
「心配するな。大丈夫だ。俺がみんなの分も大騒ぎしてやる」
そんなティファにそう言ったのはクラウドだった。
彼はその言葉に信憑性を持たせるように、体を動かしてアピールしてくれる。
ああ、本当にこの時のクラウドって凄く前向き。
なんだからしくない?
でもこうやって励ましてくれる。支えてくれる。
彼はそういう人だよね。
「うん。いいね!クラウドのそういうところ、好きだよ」
「!、そ、そうか」
好き、という言葉が耳に残ったのだろうか。
あたしの笑みを見たクラウドは軽く目を見開いたあと、少し照れくさそうに微笑んだ。
そして、その頬の緩みを引き締めるように咳払いをし、彼は言葉を続けた。
「…それに、パイロットは俺だ。今までみたいに安心して乗っていられないからな。寂しがっている暇なんてないぞ、きっと」
少しでも明るく。少しでも前向きに。
そうして空気が和らいできた頃、あたしはいつも皆が集まっていた操縦室の方を見つめた。
…ゲームの通りなら、そろそろ。
そう思った瞬間、ガタンと揺れが走り、耳に大きなエンジン音が響いてきた。
「あれっ!?」
「動き出した…」
目を見開いたクラウドとティファ。
ふたりの視線はそのままあたしにへと向けられる。
あたしはそんなふたりにコクンと頷いた。
「あたしの知ってる最高の未来、ひとつ実現したみたい」
あたしたちは操縦室へと駆け出した。
期待に胸を高鳴らせ、この艇が動き出した理由を確かめるため。
操縦室に足を踏み入れれば、3つの影がそこにはあった。
「バレット!シド!レッドXIII!」
そこにいた彼らの名前をクラウドが呼ぶ。
すると彼らは振り向いた。
どこか清々しく、笑みを浮かべて。
「おう!」
「どうして声掛けてくれなかったの!?」
記憶と同じ。
あたしたちより先にハイウインドに乗り込んでいた皆の姿。
手を挙げたバレットにティファが詰め寄ると、皆はにやりと怪しい気な笑みを浮かべた。
「なんつーか、サプライズってやつだな」
「おうよ。わかってんのか、おめーへのだぞ。おめーへの!」
「え、あ、あたし?」
シドがぴしっと指差した先。
それはあたしに向けられていた。
突然の名指しにちょっとびっくり。
「シド、指差すの失礼だよ〜」と突っ込みつつ、ナナキがあたしの足元に歩み寄って来てくれた。
「えへへ、ナマエは未来を知ってるでしょ?だから、オイラたちが戻ってくるのもなんとなくわかってたんじゃなかなって。だからそっと戻ってビックリさせちゃおう!って思ったんだよ」
「え?あー…なるほど」
意味に納得してポンと手を叩いた。
折角のサプライズ…。
こうなると…うーむ。ちょっと反応に困ったなあ。
あたしがそう思ったのもつかの間。
後ろから、ふたつの手に肩をトンと叩かれた。
「ふっ、それは残念だったな。な、ナマエ」
「え?」
「ふふっ、ナマエのこと舐めてもらったら困るわよ。ねー、ナマエ!」
あたしの両サイドに立ったのはニブルヘイムのお二人さん。
クラウドとティファはなぜか得意げに笑っている。
でもその反応を見て、仕掛け人の3人は意味を察したようだった。
「ああ!?なんだ!?もしかして飛空艇に乗ってんのバレてたってのか!?」
「あー…あはは、普通に声掛けられてた方がビックリしてたりして…?」
「ああー!?」
提案したのはシドだったのだろうか。
答えたら、なんか物凄いショックそうな声を上げられた。
バレットも「まじかよ…」と呟き、ナナキも「ええー!」と驚いている。
これは…!
なんだか微妙に申し訳ないような気が…。
「やったな、ナマエ。勝ったぞ」
「ええ、完全勝利ね!」
「か、勝ち負けなのかな、これ?」
でもなんかクラウドとティファは喜んでる。
その顔を見たら、なんか…まあいいかなあ、なんて気持ちになってきた。
あたしもいい加減だなあ…なんて。
そんな風にワイワイと騒がしくなってきたところに、またひとつ足音が聞こえてきた。
皆の視線がそこに集まる。
そこに現れたのは、足音にあわせてなびく真っ赤なマントだった。
「ヴィンセント!」
「何だ、その驚いた顔は。私が来てはいけなかったのか?」
ヴィンセント。
現れた彼に駆け寄ったクラウドは、ヴィンセントの言う通り驚いた顔をしていた。
指摘されたクラウドは首を横に振る。
そして後ろ頭を掻きながら、素直にそのわけを話した。
「いつも冷めてたから…。関係ないって顔してただろ?」
「冷めて?フッ……私はそういう性格なのだ。悪かったな」
ヴィンセントはわずかな笑みを零した。
冷めている。
確かにヴィンセントは、一見はそう見えるのかもしれない。
物事を少し引いた位置から見ているような、そんな姿勢が多いから。
だけど案外、熱い人だったりするんだけどね。
心の中でそう呟き、あたしはひとりふっと笑った。
すると今度は、艇内にいつかみたいな怪電波が流れてきた。
「帰ってきたみてえだな。神羅の部長さんがよ」
バレットがそう言って視線を向ける。
すると、黒い頭に乗った王冠がひょこっと入口から覗いた。
そのまま大きなモーグリと共に、おずおずと入ってくるケット・シー。
彼はどこか気まずそう。
でもそこには、仲間と共に戦おうという意思が、確かに存在していた。
「あの〜…ボクも、本体で来ようと思たんですけど、色々やらなあかん事があって…。ほんで、ミッドガルの人達ですけど一応避難してもろてますのや。すんませんけど、この作りモンのボディで頑張らせてもらいます」
モーグリロボと共に、ぐっとガッツポーズを見せたケット・シー。
リーブさん。
誰よりも市民のことやその活動に積極的な人。
神羅は終わった。
だけど、残されたものは沢山あって…その中で今まともに動けるのはこの人だけだから、それだけでもきっと凄く大変だろうに。
最初はスパイだった。
でも今は、本当に…仲間だから。
「さて……全員揃ったな」
ケット・シーが来たところで、バレットが息を一つ置く。
全員。
その言葉を聞き、ナナキがおずっと呟いた。
「ユフィ、いないよ」
あとひとり。
まだ、ここにはいない彼女の姿を考える。
ユフィ…。
皆のマテリアを狙って、旅に同行する強かな女の子。
「アイツは……来ねえだろ、きっと。でもよ、俺達のマテリアを盗んでいかなかった。それだけでも良かったんじゃねえのか?」
己の武器にしっかりとはめられているマテリアを見て、バレットは首を振った。
…ユフィ。
彼女の目的はウータイの再建に必要なマテリア。
この旅自体には、特にこれと言って目的がない。
現に最初は、本当にマテリアのことしか考えていなかっただろう。
でも、旅する中できっと変わった。
「ひっどいな〜!!」
その時、しゅた…と身軽に艇内に着地した小さな人影があった。
皆の視線が集まると、その姿は立ち上がる。
そしてバレットに抗議するように、いつものあのシュシュシュッという仕草が見えた。
「船酔いに負けないでここまで来たんだよ!最後の最後に抜けちゃって、美味しいとこぜ〜んぶ持ってかれるなんて絶対イヤだからね!」
べーっと舌を出すユフィ。
すると、そんなユフィにクラウドが優しく声を掛けた。
その隣に立っていたから、あたしも一緒に。
「おかえり、ユフィ」
「待ってたよ。おかえりなさい」
「お。んふふ、クラウドとナマエやっさしー。ナマエはわかってたの?あたしが帰ってくること」
「んー、どうかなあ。最後はユフィ次第だったはずだけど、でも皆がこうして帰ってきたなら、ユフィだって帰ってくるって信じてたよ」
ニコッと笑って見せた。
クラウドたちに比べれば、旅をはじめる動機の薄かったユフィ。
他の皆の抱えているものだって、理解しきれていない。
ユフィの中にもその自覚はきっとあるだろう。
でも、彼女はきっと…彼女なりに仲間の事を想っている。
マテリアを抜きに、ちゃんと、ね。
「ま、いっか。じゃ、あたしは通路の指定席で待機……ウッ!……ウップ!」
酔いに負けず、つまりユフィの酔いは相変わらずだ。
ユフィは口を押え、いつもの通路に駆けていった。
彼女の賑やかさに、呆れてやれやれと大人たちは息をつく。
そんな中、クラウドは今度こそ全員集まったその顔を、ひとりひとり見渡した。
「みんな、ありがとう」
独りじゃない。そうは言うものの、やっぱりみんなが来てくれれば嬉しい。
クラウドとティファの表情は、先ほどよりも柔らかくなっているのが見て取れた。
「お前のために戻って来た訳じゃねえ!俺の大切なマリンのため。それと同じくらい大切な俺の…俺の気持ち…ってのか?俺はよ…今、ここにはいねえ……」
バレットは首を横に振った。
そして、思い浮かべた。
きっと…ここにいる誰もが。
それは、ここにいる誰もが持つ共通の想い。
大切な…もうひとりの仲間。
「……ここにはいないけどオイラ達にチャンス、残してくれた…」
「このままって訳にはいかねえよな」
ナナキが呟き、シドがタバコの煙と共に頷く。
…あの時、腕の中で冷たくなっていった。
それを思い出すかのように、クラウドは手をぎゅっと握りしめた。
「…エアリス、最後に微笑んだんだ。その笑顔、俺達が何とかしないと張り付いたまま、動かない。みんなで行こう。エアリスの想い…星に届いた筈なのに邪魔されて身動き出来ないでいる…エアリスの想い、解き放つんだ!」
強い声でクラウドは言う。
エアリス。
あたし、エアリスに何度も助けてもらった。
貴女の願いを叶える。
それもきっと、この旅を見届けたい理由のひとつだ。
「気が変わったって奴、いねえよな?」
最後に、シドが手を挙げながら確認する。
その時見渡した皆の顔は、とても真っ直ぐだった。
勿論、誰ひとり手を挙げることは無い。
「頼む、シド」
クラウドがシドを見た。
シドは頷き、そしてハンドルに手を掛ける。
そしてニッと笑い、クラウドに促した。
「ヘヘ……ここに、ずっと気になってたレバーが2本あるんだが…。ちょっと試させてくれよな。じゃ、何だ。クラウドさんよ、いっちょ決めてくれ」
皆が、クラウドを見る。
そこにあるすべての視線が彼のもとに。
あたしも勿論見つめる。
するとクラウドもこちらを向き、目があった。
あたしは頷いた。
クラウドも、頷きを返してくれた。
そして彼は顔を上げ、志気を高めた。
「俺達の最後の戦いだ!目標は北の大空洞。敵は…セフィロス!! 行くぜ、みんな!」
その瞬間、その声に応えるようにハイウインドが大きく唸る。
旅の果て。
この瞬間に…今、遂に辿りついたのだった。
To be continued