Grip | ナノ



しん…、とする。
陽は落ち…薄暗く、優しい月明かりだけが窓から差し込む。

あんなに賑わっていたハイウインドの中。
だけど今は、こんなにも、しん…としている。





「静かだなあ…」





小さな呟き。
きっといつもなら、簡単に掻き消えてしまうであろう声。

でもそれが鮮明に聞こえた。

ひとりきり。
ハイウインドの窓の、手すりに腰掛ける。

クラウドとティファに頼んで作った…とても静かな、ひとりの時間だった。





「………。」





じっと黙って…月を見つめ、明日の事を思った。


明日…クラウドとティファは、セフィロスと戦いに行く。
他の皆も、きっと…。

あたしの知っている物語では…皆、戻ってくる。

もしかしたら、何かが変わって…戻ってこない、なんてこともあるのかもしれないけど。

そんなことを考えて、小さく笑った。

まあ…それは、仕方の無い事…なんだよね。

あたしがこの旅の終わりを見届けたいと思ったように、皆も…自分の選択を自分で見つけ出す。
その答えを口を出し、咎める権利など…誰も持たないのだ。

あたしも、この決意だけは変えない。
この旅の最後まで…。

…全滅という言葉はどこかでチラつく。

だけど、あたしは未来が存在していることを…知っている。
その可能性が、確かに存在していることを知ってるよ。

皆が生きている未来…。
あたしはそれを望み、信じて…自分が少しでも、その未来を実現する力になれるなら、精一杯やってみたいと。

…その覚悟は決まっている。

だけど、そう信じるからこそ…思う。





「…何も、変わらないけどな…」





掌を伸ばして、月明かりに照らす。

紛れても、気づかれない。
見た目は何も変わらない。

だけど確かに、あたしはこの世界の人間ではないのだ。
旅をして、それを幾度となく実感した。

マテリアを…魔法を使うことが出来ない。
ライフストリームに落ちたとき、自分が異物であるのだと…くっきりと感じた。





《マテリアがまったく使えない特異な体質。それは、この世界の者と体を成形する物質と貴様の体の物質が異なるからだ。この世界の者は皆ライフストリームから生まれる。クックック、貴様は…異物として、その流れからは外れているのだ》





宝条博士にも言われた。
特異、異物…流れから外れたもの。

異物は…何をもたらすだろう。

よく…あるでしょう。
例えば…ほんの小さな、一滴の水。

ぴたん…と、たった一滴落ちるだけで…そこから腐りが広がっていくこと…。





《…クックック、それはこの世界にどんな影響をもたらすのか。もしくは…貴様自身にか。それとも、単なる塵に過ぎないのか》





博士の言葉を頭で繰り返す。

単なる塵に過ぎない。
彼は確かに、そうも言っていた。

現に今の今まで、何もない。
あたしがいて変わったのは、きっと…多少の歴史の流れ方。

本当、考えすぎもいいところなのかもしれない。

だけど…そんなことを考えてしまうのは、きっと…怖いからだ。





「…はあ…」





すっ…、と肺に空気を入れる。
そしてゆっくり吐き出した。

そう…漠然と、怖いの。
違うと言う事実は、そこにごろんと横たわっている。

異世界から来たと言うのは、変わらない事実だから。

違うから、どうなってしまうのか。
そんなことを考えてしまうのも…そのせい。

考えすぎだと思っても、やっぱり…人と違うのは、ちょっと怖いと思った。





「………。」





元の世界に帰る。
…それはきっと、正しい事なんだろう。

だって…帰る、だ。

目を閉じて、思い浮かべる。





《かわいいブレスレット…》





あの日の、ひとつ前の日。

一目惚れして、ブレスレットを手に取った。
包んでもらった袋を手に、明日さっそく付けていこうって頬を緩ませていたっけ。

家に帰って、家族と何気ない会話をする。
中身なんてない。本当に他愛ない…いつでも出来る、そんな会話。

夕飯は好物だった。
でも、別にそう贅沢なものじゃなくて…食べたいって言えば、いつでも出してもらえるような。

それからお風呂に入って、ぽかん…と、何も考えずに湯船につかった。

だけど、そうゆっくりもしてられない。
毎週楽しみにしてるドラマが始まって、クッションを抱いてテレビにかじりついた。

時計の針が一周したら…ぼすっ、と布団に倒れこんだ。

携帯を見たら、友達からの連絡が来てた。

内容は、期限が近付いてたレポートのことだった。
今度一緒に資料を借りに行こうって…そんな話だったっけ。

ありふれた…どこにでも転がっていそうな…ふつうの日常。
当たり前だった日々…。

胸が…締め付けられる。
懐かしい…。

代わり映えなんてしない…平凡な時間。
なんでもない日常が…、ひどく…眩しく見える。

…家族がいた。友達がいた。
自分が思う分だけ、相手にも…きっと、思われていた。

それを…あたしは知っていた。

人に語れる程のものではないけれど…ありふれた、平凡なものだったけど…それなりに幸せに生きていたと思う。





「ナマエ…」





その時、声がした。

閉じていた目を…ゆっくりと開く。
目の先に映ったのは、月明かりに照らされた…金色の髪。





「クラウド…」





目の前にいたその人と、大切な名前を…そっと呟いた。

クラウド。

ずっと、大好きだった。
この世界に来る前から、ずっと、ずっと。

あたしの大好きな…この物語の主人公。

その物語を、あたしは画面を通して疑似体験して…。

強くて、クールで冷静で、何事にも興味なさそうで。
だけど本当は…そんなに強くもなくて…ちょっとだけ情けなくて…でも、格好いい。





「悪い…まだ、考え事してたか?でも、あれから大分経ったからな…。一応、ちょっと様子を見に来た」

「…そっか。うん、ごめん。ちょっとぼーっとしてる時間も多かったかも」





気をくれる彼に、あたしはそっと微笑んだ。

画面越しに、見ていた彼。
でも今は、目の前にいる。

大好きだった。
…そしてまた、大好きになった。

自分を守って、支えて、助けてくれる人…。
自分も守って、支えて、助けたいと思える人…。





「…なんか、大丈夫か?」

「うん…?」

「いや…なんとなく、な」





穏やかな足音が、ゆっくり近づいてくる。
傍まで来ると、さら…っと、あたしの髪を優しく撫でた。

そのぬくもりに、何か…溢れそうになった。





「クラウドの手、あったかいね…」

「……ナマエ」





あたしはクラウドの手に上から触れ、そっと頬に押し当てた。
そして、ここにあるぬくもりを確かに噛みしめた。

クラウドが…好き。大好きだよ。
息苦しくなるくらい、この人のことが好き。

前は…ずっと、目隠ししてたね。
だっていつか、絶対離れてしまう日が来ると…自分が異物で、本来抱くことのない感情だと思ったから。

誰も大切に思わない。
心に鍵をかけることは、そう難しい事じゃないと思っていた。

目隠し、の時点で…気持ちの答え、出てたんだけどね…。

…クラウドは、手を伸ばしてくれた。
あたしもその手を…掴んでみたいと思った。

目隠しするより、与えられた時間の限り…精一杯想って、大切にしたいと考えるようになった。





「…ナマエ」

「うん…」





頬からゆっくり、手が離される。
重ねていた手を握られて、それを優しく引かれ…そのまま抱きすくめられた。

いつもある堅い肩当てが外されていて、そこにぐっと顔をうずめる。

そして、応えるように…ぎゅっと、クラウドの背中に手を回した。

与えられた時間…。
誰にとっても、時間は無限ではない。

だからきっと、思った時に想いを伝えて、大切に思うのは…間違いじゃない。
そのことに気が付けて、目隠しを外して…良かったと思う。

…あたしが選ぶ、未来の答え。
沢山悩んで、もしかしたら…どこか、先延ばしにしてしまった部分も、あるのかもしれない。

でも、もともと…悩むのは、此処までと決めていた。
最終決戦の前夜まで…と。





「…あの、クラウド」





彼の名前を呼ぶ。
回した背から手を放し、ゆっくりと離れて。





「あたしね…」





そして、青い瞳と確かに視線が絡んだ瞬間…答えを伝えようと口を動かす。





「待ってくれ」

「…え」





だけどその言葉は…クラウドによって止められてしまった。

ちょっと…びっくりした。
まさか止められるとは思わなかったから。

どうしたの、と首を傾げると…唇にクラウドの唇が触れた。

また…びっくり。

でも、拒否する理由は無い。
だからあたしは目を閉じて、じっとそれを受け止めた。

どれくらいだっただろう。
それは…何度も何度も、離れては触れ…軽いものだけど、それを繰り返すようなもの。

しばらく続いたそんな口づけ。

だから、クラウドがそれを止めた時…ちょっとした名残惜しさみたいなものを感じた気がした。





「…嫌がったり、しないんだな」

「どうして?」





離れた彼からの第一声。
嫌がったり、なんて思ってもみない言葉。

あたしが目を丸くすると、クラウドは「いや…」と小さく笑って首を振った。





「嫌がると思った?」

「…なんだろう。…確認、みたいなものかな」

「確認?」

「ああ…受け入れてくれるんだな、って。ナマエに触れて、拒絶されない…。それが、夢みたいでさ…」

「……。」

「こんなに嬉しい気持ちがあるのかと思う…。ナマエと過ごした思い出は、きっと全部…俺にとっては宝物になる」

「………クラウド」





過ごした時間が、宝物になる。

あたしはクラウドを見つめた。
そしてその言葉に、あたしも頷いた。





「…あたしにとっても、クラウドと過ごした時間は何物にも代えられない宝物になるよ」





もっと早く、クラウドの手を掴んでいたら。

振り返ると、そう思う事が多々ある。

もっと変えられることがあったかもしれない。
もっともっと…宝物をあげられたかな、と。

手を伸ばして、彼の頬に触れる。
少し髪が絡まって、それをふわりとなぞる。

白くて、金が映えて…綺麗。





「ナマエ…。ナマエは、俺たちの未来を望んでくれているんだよな」

「うん…」

「何より、一番…願ってくれているんだな」

「うん」





クラウドは頬に触れた手を受け入れたまま、優しい声で言った。
あたしはその声にひとつひとつ、丁寧に頷いた。

すると彼はまた、優しく…唇に短く触れた。

そして、離れて傍で…囁いた。





「…俺は、その願いを叶えるよ。ナマエの一番の願いを俺が叶える」

「……。」

「だから、さっきの…あの先は、終わったら教えてくれ」

「クラウド…」





さっきの続き。
クラウドが止めた、あの言葉の…。

あたしの決めた、最後の答え…。





「俺はナマエを守る。俺も…ナマエが望むのなら、絶対死なない。俺たちに未来があると…ナマエは、信じてくれているんだろ?」

「…うん」

「だったら、絶対…聞ける、だろ?」

「……。」

「…今は、そう信じて…前を見たいんだ」






あの日…。
クラウドが自分を取り戻し、あたしがクラウドにすべてを打ち明けた…あの時。

彼は、後悔をしたくないと言った。

クラウドは…失うという意味を、知りすぎている。

もっと話せたんじゃないか、もっと…出来る事があったんじゃないか。
そう思うのが嫌だから…傍にいて、大事にしたいと…言ってくれた。

だからきっと互いに…大切に思う気持ちを、抑えることはしなかった。





「…わかった。クラウドが、それでいいなら」

「ああ」





ただ、今だけ…。
なにかひとつ…未来への約束が欲しい。

信じているけど。
信じているから。

そこには、色んな感情が混じり合う。
やっぱり…思う事は色々とあるね。





「クラウド…。あたしのこと信じて、受け入れて…味方でいてくれて、ありがとう」

「…ナマエ」

「あたし、明日…クラウドの為に精一杯尽くすからね」





いつも助けてくれた。
信じてくれた。受け入れてくれた。





「クラウドに会えて…良かった。一緒に旅が出来て、大変だったけど…でも、楽しかった。あんまり自分を卑下しないで。あたしは君が大好きだよ」

「………。」





そんなクラウドだから…こう思う。

してあげられることは、してあげたい。

その気持ちは、確かだから。





「ありがとうな…ナマエ」





彼はそう言って、また唇にあたたかさを教えてくれた。

…それは、傍にいる時間が…嘘じゃないという証。

あたしは目を閉じる。

そして…導き出した最後の答えを…そっと、心の箱に再びしまう。
全てが終わったあと、開く時を待って…。



To be continued


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