《ホーホウ!ならば、その声に呼ばれたのかもしれんな。その誰かの願いが、ナマエの中にある何かと上手いこと共鳴をした。人には波長と言うものがあるという。その誰かとお主の波長がとても近いもので、異世界に呼び寄せられた。ふむ、有り得る話じゃと、わしは思うのう》
ブーゲンハーゲンの言葉。
ナマエがこの世界に来た理由を予想したその声に、俺も色んなことを考えていた。
《…視界が揺れた時、あたし、誰かの声を聞いた気がする…。どんな声か全然覚えてないけど…》
《…誰か、助けてくれ…。心細そうな声で、助けを求めてた》
ミッドガルから脱出して、ナマエが今後の身の振り方を考えていた時…俺たちに教えてくれたこの世界に来てしまった切っ掛けらしきもの。
聞いたときは、変な話だなって思った。
いや、ワープ云々の時点でよくわからないとは思ってたんだが。
でも、今は信じてる。
ナマエが、記憶がないと言ったこと以外は本当だと教えてくれたから。
ナマエが聞いたその声…。
それは、誰の声だったのだろう。
それを漠然と考えたとき…俺は、一瞬…はっと頭に過ったものがあった。
《誰、か…。誰か…、助け…て…くれ》
暗い世界。
わけがわからなくて、自分すら見失って。
恐くて、もがいて。
誰でもいい。助けてくれ。
ただ、がむしゃらにそれだけを考えた。
混乱の中、それだけを心が叫んでた。
…あれは、いつだ。
魔晄中毒になって、ザックスに助けられて…。
喉がはち切れそうなくらいに叫んで…。
「…っ、」
頭を押さえた。
俺は、もがいてた。
助けを求めてた。
誰かに。誰でもいいから助けてくれって。
《ナマエ!逃げて!!》
そういえば…古代種の神殿で、俺はナマエに叫んだんじゃないか。
ジェノバに意識を蝕まれる中で、かすかに残った自分の意識が…黒マテリアを握るナマエに逃げるように呼びかけた。
俺から逃げてくれ。
頼むから、俺の手から早く。
だけどそんなの、普通に考えて届くはずなんかなかった。
俺が心で叫んだだけ。そんなもの…聞こえるはずないのに。
だけど…ナマエには届いていた。
《俺、ナマエに逃げてって言ったよね》
《…やっぱり、あれ…クラウドだったんだね》
ライフストリームの中で、自分を探していた時…。
ナマエは、俺にそう微笑んでくれた。
…ナマエには、俺の…本当の心の声が届いてた。
そういえば、ナマエはこの世界に来て、しばらくは神羅に捕まっていた。
…時期も、ぴったり合うんじゃないのか…?
「…ナマエっ…!」
気が付いたら、呼んでいた。
コスモキャニオンで、飛空艇に戻る途中。
渓谷に吹く緩やかな風を受けて…長い階段を下りる、俺の前を歩くナマエ。
彼女は振り返った。
俺の声を聞いて、微笑みながら首を傾げた。
「どうしたの、クラウド?」
「あ…」
振り向いたその笑みに、詰まった。
段を一段降りて、そして…足と共に、言葉も止まる。
俺…何を、言えばいいんだろう…。
ただ、思い当たった事実に動揺して、順序も何も考えずに呼び止めていた。
「クラウド?」
「…あ、いや…」
少し、口ごもった。
ナマエが不思議そうに俺を見ている。
…呼び止めておいて、だんまりってのは、ないよな…。
何も、頭の中が整理できていないけど…。
とりあえず、俺は思い浮かんだまま…手探りで口を開いた。
「いや…さっき、話してた…ナマエが聞いた声について、なんだが…」
「…うん?」
「それ…、もしかしたら…、」
そこまで言って、少し…言いよどむ。
だって、それだけ言って…その後の事が、まったく思い浮かばなかった。
俺が呼んだのか?ナマエを…?
もし、もしもそうだとしたら…。
そう思ったとき、その先を口にしたのは…ふっと笑みを浮かべたナマエの方だった。
「その声、もしかしたら…俺かもしれない…とか?」
「…え…!」
不意を突かれた。
言い当てられて…。
俺は思わず目を見開く。
すると、ナマエはくすっと笑った。
「ふふ…っ、そっか。やっぱりかあ。ちょっとそんな感じ…したんだ」
とん、とん…と階段をひとつ、ふたつ軽快に降りるナマエ。
そして彼女は足を止め、くるっと振り返る。
俺はその姿を見ながら、ゆっくり降りてナマエに近付き、そして恐る恐る尋ねた。
「やっぱり…って、気づいてたのか…?」
「んー…なんとなく、かな…。そういえばクラウドの声、聞こえた事あるなあ…って思って。確証がなかったから、聞かなかったんだけど」
ナマエは気が付いていた。
…いや、というより…ナマエも、俺の声だと思っていたのか…。
だとしたら、もう…それは確定だった。
…無自覚とは言え、俺が…。
「…すまない…」
そう思ったら、俺は謝罪を口にしていた。
だって、ナマエをこの世界に呼んで、迷い込ませたのは…俺だということになるのだから。
「どうして謝るの?」
「…どうしてって…」
「あたし、この世界に来れたこと嬉しいって思ってるよ」
「……ナマエ」
「ふふっ、なんていったって、大好きな物語の中だもんね」
「……。」
「それに、波長が合ってるなんて、なんか凄いよね」
ナマエは笑顔を向けてくれる。
冗談をいくつか交えて、軽くして…。
前向きな言葉をいっぱい探して…。
明るく、楽しい感情を俺に見せてくれる。
「…クラウドにも会えたしね」
「………。」
そして、優しく微笑んだ。
俺に向かって…俺にだけ、見せてくれる…優しい顔。
…俺に会えて良かったと、そう言ってくれる。
ナマエの声に、俺は何度も救われた。
「…元の世界の手掛かり、少し…見えてきたな」
「そうだね。今まで何の手がかりもなかったから、そう考えると凄く進歩だよね」
そして、そんな話をした。
話を振ったのは俺だ。
…俺は、どんなことを考えて…その言葉を口にしたんだろう。
正直…自分でもよくわからなくて…。
「でもね…今はまだ、今すぐ帰ろうとか…そういう事は考えてないんだ」
「え…?」
俺が、自分の言葉と感情に悩む中…ナマエはそう言って笑った。
彼女はきちんと…言葉を返してくれた。
「ねえ、ブーゲンハーゲンさんの言ったこと思い出して。あたしをここに呼んだのは…クラウドだった。でも、あたし自身もきっとこの世界に来てみたいな…とかって思ったんだよ。それが共鳴っていうか…タイミングよくかみ合っただけ。だから、別にクラウドがそのことを負い目に感じる事なんてないんだよ」
「…けど、」
「言われてみてね、少し…この世界に来た日のこと、考えたんだ。あたし、その日は朝にだけ用事があってね、それが終わって…のーんびり、帰り道を歩いてたんだ。帰ったらどうしようかなって」
「…ああ」
「…何気なく思っただけだったけだったから、気にも留めてなかった。でもね、確かにちょっと考えてた気がする。この世界のこと…久しぶりに、ゲーム…やろうかな、とか」
「…この旅のゲーム、か」
「うん…。買い物に行こうかな、映画でも見ようかな、他にも色々考えてたから…忘れてたんだけどね」
ナマエは、この世界がゲームであるということを話してくれた。
だから分岐があるのだ、と。
そしてナマエはそう言いながら、鞄からあるものを取り出した。
「それで…あともうひとつの手掛かり。鍵になった物…なんだけど」
「え…?」
「思い浮かぶ限りだと…これ、かな」
「…それは?」
「ブレスレット…」
ナマエは見せて、俺に手渡した。
それは、女性用のブレスレットだった。
いくつかの鮮やかな石があしらわれ、純粋に綺麗だと思う。
「ここに来る前の日にね…お店で見つけて、買ったの。ほかに身に着けてるものは…特に新しいってこともないし…。前日ってことを考えると…」
「…これが?」
「可能性は…高いのかも。買ったばっかりなのに金具が甘くなってて…旅するのに落としちゃうと嫌だったから、ずっと鞄の奥にしまってたんだけど…」
実際は…まだ、ブーゲンハーゲンの話すら…信憑性があるのか、わからない。
それが原因なのか、さえも。
他にも、条件はあるのかもしれない。
でも、これで…今思いつく限りの材料は揃った。
俺の手の中にある、このブレスレット…。
そして、ナマエがこれを手に元の世界に思いを馳せ…、ナマエの世界の誰かが、ナマエを望む。
それでナマエは…この世界から、消えるのかもしれない…。
いや……元居た場所に、帰るだけなんだろう。
消える、とか…嫌な考え方をしてると思った。
でも、…今はまだ、今すぐ帰ろうとか…そういう事は考えてないとナマエは言った。
その言葉に…ちょっと安心している、そんな自分はいたのかもしれない。
「ねえ、クラウド。お願いがあるんだけど…聞いてもらってもいい?」
「…なんだ?」
そして、ナマエは俺にそう言ってきた。
俺に願いごと。
それに断る理由などあるわけもなく、むしろ聞いてやりたい気持ちが強くて…俺は頷く。
すると、ナマエは俺の手の中にあるブレスレットを見つめた。
「…あの、そのブレスレットなんだけど…預かっててもらってもいい?」
「え?」
「…いや、なんか…思いっきり願ったらってわけでもなさそうだから。もし、何かの拍子に間違って…とかあったら嫌だなって思って」
あはは、とナマエは小さく笑った。
もし…何かの拍子に間違って元の世界に戻ってしまったら。
ナマエの願いは、それを危惧しての物だった。
「…いいのか?」
「うん。クラウドに預かってて欲しい。あたし、今は帰りたくない。それは絶対だから。もしどんな問題があって、誰に反対されても…。クラウドと一緒にこの旅を終えるまで、それまでは絶対に帰りたくない」
「…ナマエ」
「…正直、色々…考えることはあるよ。ちょっとずつ、考えなきゃって…。だけど、今はやっと、この知識をどう使いたいか、やっと見えたばかりだから」
「…ああ」
「…お願い、してもいい?」
ナマエはこう見えて、意志が強い奴だと思う。
いつだって、ひたむきに…俺たちのことを考えて、必死になってくれる。
今だって、俺たちの為に。
そしてそれが、一番に自分のしたいことだと言う。
《…あたし、決めた。あたし…クラウドの力になりたい。クラウドが、皆が…もっともっと、より幸せになれる未来を進めるように、尽くしたい》
俺はきっと、一生忘れる事が無いだろう。
ナマエがあの日…想いが届いたあの日に、ナマエが言ってくれた言葉。
ずっと、耳に残ってる。
自分の幸せを、幸せな未来を願ってくれた…ナマエ。
だから俺も…ナマエの幸せを、願えたらいいって…思うんだ。
「…わかった。預かるよ。俺が持ってる」
「ありがとう…」
俺は、ナマエから受け取ったブレスレットをぎゅっと握りしめた。
ナマエはほっとしたように頷いて笑った。
「こんなこと頼んでごめんね」
「いいさ。大事なもの、俺に預けてくれるんだろ?」
「うん…」
こんな重要なものを、俺に預けてくれた。
そう考えると、こんなに嬉しいことは無いだろうと思う。
「クラウドを、一番信頼してるからね」
「…!」
それで…そんなことを言ってくれるのだから。
ああ…なんだか、満たされる。
単純かもしれない。でも…たまらなく、嬉しいと思う。
「…そうか」
「うん」
確かに頷いてくれるその仕草が、本当に嬉しかった。
…実際、今は…何かに迷っている時間は、ないのだろう。
この旅のことを、一番に考えなくてはならない…。
日に日に、メテオは迫ってくる。
残された時間は…少ないのだから。
ナマエは誰より、そのことを知っているのかもしれない。
だから…自分を二の次に、しているの部分もあるんだろう…と。
ナマエは傍観を苦しがっていた。
だから勿論、やっとはっきりした自分のしたいことに向き合いたい気持ちも嘘ではないんだろう。
だけど…自分のことに誰かを振り回さないように。
…優先順位をはっきりさせている。
そんな気持ちも、あるのかもしれないと思った。
だけど…もしも、メテオを止めることが出来なかったら。
それでも…ナマエだけは助けることが出来るかもしれない。
帰らないと言ったナマエに安心を覚える一方…。
その可能性に少し、ほっとした自分がいたのも確かだった。
色んな感情が、混ざる。
複雑で…凄くぐちゃぐちゃだ。
先を考えて、思うことはいくつもある。
いつかこの手を放す日が来るんだろうか。
ずっと、握ったままでいられるだろうか。
…どちらだったとしても、決めたのは自分だ。
ナマエの望むようにしたいと思う…。
…嘘じゃない。
それまでの間、ナマエと一緒にいる時を大事にしたい。
もう、失ってから後悔するのは…御免だから。
自分に出来る一杯のことを、ナマエにしたい。
その方がきっと、後悔しない。
ナマエが自分に出来る一杯をしてくれるのだから、俺も応えたいんだと。
「…ナマエ」
「うん?」
「…ありがとう、な」
「…なんのお礼?」
「…なんだろうな」
「なーに、それ?」
「ははっ…」
軽く、笑う。
隣を歩く、ぬくもりに。
今は…こんな時間と、この気持ちを…精一杯に大事にする。
全ては…その先にあるのだから。
その先にある結果だから…答えとして、納得出来るだろうから。
To be continued