「俺…あんたの事が、ナマエの事が好きだ」
深い、不思議な青色の瞳があたしをまっすぐに映す。
優しい声。
大好きなその音が、囁いた言葉。
それは…しっかりと、あたしの耳に届いた。
「…クラウド…」
「…すまない」
「…え?」
ゆっくり彼の名を呟くと、彼は小さく目を伏せた。
「…正直、今の話の後で、こんなこと口にしていいのか…とは思うんだ。でも、自分を偽り続けた俺が…その中で抱いた本当の気持ちだから。それに、後悔は…もうしたくないからな。だから、聞いて欲しかったんだ」
彼は、あたしを見つめたまま…確かに言葉を伝えてくれた。
彼が、あたしに聞いて欲しいと言う言葉。
…もう、耳は塞がない。
だってあたしは、彼の話を聞くと約束したから。
だからあたしも…素直な気持ちをきちんと彼に返したかった。
「ねえ…クラウド。あたしね、元の世界のこと…ずっと、気になってるの」
「……。」
ぽつ、と零した…自分の本音。
もう、決めていた。
そして、伝えたかった。
クラウドには…全部、話したい。
…伝えたいと。
「家族や友達…あっちの世界に残してきた人がいる。それとやっぱり…あたしはこの世界の人間じゃなくて、帰らなきゃいけないんじゃ無いかって気持ち、消えない。ううん、それに…もしかしたら、ふっと…突然消えちゃうかもしれない。ずっと…心のどこかで、気になったまま…」
「…ナマエ…」
よく、ふと…思ってた。
夢に見る事だってあった。
覚えてる…此処に来る前の、当たり前の日常。
心のどこかにいつも居た…自分の本来いるべき場所…。
「だから、そんな気持ちに…クラウドのこと、振り回せない…」
この世界にとって…異物である変わらぬ事実。
不安定で、地に足の着かない…そんな存在。
だけど、迷うのだ。
もし、そこに今…帰る道があっても、あたしはきっと…足を留める。
突然に消えてしまうなんて…そんなのは嫌だって、思ってる。
だけど…、だけど…。
そんな気持ちが、胸に絡まる。
「……迷って、くれてるのか…?」
「………。」
おずっと聞く彼。
あたしはそれに、言葉にがまった。
それは、この世界を終わらせたくない思い。
…そして、今目の前にいる彼に対する…大きな気持ち。
「なあ、ナマエ…確かに俺、いつか別れが来るかもしれないって考えたら…辛くなる」
「……。」
「でも、別れって、いつか必ず来るものなんだ、遅かれ早かれ…。その別れが来た時、俺…このまま何もしなかったら、後悔すると思うんだ。もっと話せたんじゃないか、もっと伝えられることがあったんじゃないかって。そんな風に思うくらいなら、ナマエとの思い出たくさん作っておきたい。ナマエと一緒にいる時間…大事にしたい。その方がきっと…後悔しないはずだから…」
「なんだか…前向き、だね?」
「俺が前向きなの、変か…?」
「…ううん」
「…でも、前向きというよりはきっと…経験談だな。…今思うと、もっと話せたんじゃないか…出来ること、あったんじゃないかって…思う人がいる」
「…そっか…」
少し悲しげ目な目をするクラウド。
あたしはそんな彼の言葉に、ただ…頷いた。
彼の言う言葉の意味は…よくわかる。
クラウドは…今までにいくつも、張り裂けそうな出来事にぶつかった。
すると彼は、そんなあたしを見つめて言った。
「…なんだか、お見通し、か?」
「…ごめん、やっぱり…気分良くないよね…?」
「いや、気にすること無いって、言ってるだろ?」
クラウドはあたしに優しい顔を向けてくれる。
「…ナマエはさ、俺達の抱えてるものとか…思ってること、なんとなくもともと知ってたのかもしれない。だけど、その気持ちに探して掛けてくれた言葉は…ナマエが考えてくれたのものだろ?」
「…それは」
「ナマエが考えて、掛けてくれた言葉に…俺達は安心を覚えた。だから、俺は…ナマエが好きなんだ」
ああ、じわじわと胸に溢れる。
なんだか…目の奥のほうも熱くなった。
だから…。
「…あたしで、いいの…?」
小さく、恐る恐る尋ねた。
すると、クラウドは一瞬目を見開いた。
ちょっと…驚いたみたい。
でも…すぐ、こくっと頷いてくれた。
「ナマエが、ナマエがいいんだ」
優しい声の、優しい言葉。
その瞬間、あたしは手を伸ばした。
そして、彼の胸にすっと頬を擦り寄せた。
「っ、ナマエ…?」
クラウドの戸惑う声が耳に届く。
でも、あたしはそのまま…ぐっとクラウドの胸に顔を埋めた。
そして、まっすぐに…自分の気持ちを返した。
「クラウド…、…好き」
「…えっ…?」
耳を疑うような。
傍に聞こえたクラウドの声は…そんな音をしてた。
でも、今ならば。
聞こえるまで、届くまで…何度だって言ってみせよう。
「…好きだよ、クラウド」
「え…」
「クラウドが好き」
「……ナマエ…」
やっと、口にした。
やっと、吐き出せた。
口にすることなんて、絶対無いと思ってた…そんな想い。
いつからなのか…自分でもよく、わからない…。
だって、この世界でそんな気持ちを抱くはずが無いって思ってた。
抱いても仕方ないことを知っていた。
だから、目隠しをして…抱くはずが無いと、思い込んでいた。
でも…言葉を交わすと、嬉しかった。
傍にいる時間を、もう少しと望んでいた。
「…ナマエ…、俺の事…好きって…言ってくれたのか?」
「…言ったよ。何度だって言うよ。クラウドのことが、好きだよ」
「…っ…」
繰り返された。
夢じゃないかと、幻じゃないかと確かめるように。
だからあたしは、少し甘えるように彼の胸に寄り添った。
「…ナマエ…、好きだ…!」
すると、まるで溢れそうなのを必死で抑えるかのような…そんな声が聞こえた。
そして肩を包まれ、ぎゅっと抱き寄せられる。
最初は戸惑うように控えめな手…、でも、徐々に…確かめるように強くなる。
あたしも…自然と笑みを零した。
「なあ…ナマエ。思い出を残したいって言うのは…あくまで俺の考えだから…。ナマエが辛くなるから嫌って言うなら、仕方ないけど…、でも、その中で、ナマエは答えを探してみてくれないか…?そして出した答えに…俺はちゃんと頷くから」
「……クラウド」
クラウドは、あたしの肩を抱きしめたまま…自分の考えと気持ちを教えくれる。
あたしが向き合わねばならない…。
この世界と、元の世界への気持ち…。
彼は、ゆっくり…言葉を選んでくれているのがわかった。
「俺は、ナマエと一緒にいたいよ。でも、だからって無理にナマエの気持ちを押し殺してまでそばにいて欲しいかって言うと…わからない…。傍にいてくれたとしても、ナマエが気持ちを殺すなら…俺は、後悔しないと…言い切れないから。だから、ナマエの選んだ未来を、俺は肯定する」
「クラウド…」
「ナマエが帰りたいと望むなら、それを尊重したいと思う気持ちも嘘じゃない。だから…時間、多くないけど…選んでくれ。俺はその道に従う」
「……。」
「だから…それまでは一緒にいてくれないか?正直、離れてしまったら…思い出は辛くなるかもしれないけど、でも俺はナマエと沢山話したいし、もし別れることになっても、あの時もっと話せたんじゃないかって思うの…嫌だから。だから、それだけは許してくれ。…俺、ナマエのこと大事にするから…」
あたしのわがままを…彼は懸命に考えてくれる。
こんなに身勝手なのに…大事にすると言ってくれる。
だからあたしも…彼に返せるものを返したい。
「…わかった。あたしも、クラウドのこと大事にする」
ぎゅっと、しがみつく。
彼のぬくもりを確かめるように、彼の想いに応えるように。
「正直な…今の俺は、頼ってくれって言えないんだ。俺にはそんな力量も無いし、自分がいかにちっぽけかわかってるから」
「……そんなこと、」
「そうだろ…?でも、それでも俺がナマエに出来ることは、何でもしたいと思う。だから、ナマエが頼ってくれるなら…俺は全力で力になるよ。それは変わらない。それに、もう…何も失いたくないから…。だから、ナマエも力を貸してくれ。俺が、大切なものを守れるように…ナマエを、守れるように」
そして、彼はあたしを頼ってくれる。
必要としてくれる。
ああ、気持ちが溢れる。
あたしはクラウドに…自分の出来ること、何でもしたい。
「…うん!」
クラウドの胸の中で、何度も頷く。
まだまだ、考えなきゃならないことはたくさんあるけれど…。
でも今、この時…この瞬間は…。
あたしは確かに、幸せを感じてた。
To be continued