Grip | ナノ



「……行ってみる?…封じ込められた秘かな…願い…。大切な想いは…誰にも知られる事なく…」





幼いクラウドは導いた。
自ら鍵をかけ、そっとしまい込んでいた大切な過去へ。

あたしとティファは、彼に導かれるまま…その小さな背中を追いかける。

たどり着いたのは…ひとつの窓だ。





「この窓が何処に通じているかわかる、ティファ?」





クラウドが問いかけると、ティファは首を傾げて振った。
次に彼は、あたしに目を向ける。





「じゃあ…ナマエ。ナマエは…これも、知ってるの?」

「…知ってるよ」





あたしは小さなクラウドに頷いた。

ふたりの幼少期とは、あたしは何の関わりも無い。
そんなあたしが知っているって言うのも…変な話ではあるよな…とは思うけど。

すると彼は、少し照れたように笑った。





「…あはは、それはそれで…なんだかちょっと恥ずかしい気もするね」





クラウドはあたしの言葉を信じ、優しく笑ってくれた。

だからあたしも「ふふ、大丈夫だよ」と笑みを返した。
それは自然に零れ出た、穏やかな笑みだった気がする。





「それじゃ…行くよ」





クラウドが指差した窓。
あたしとティファは目を合わせ、一度頷くとその窓の中を共に覗き込んだ。

その窓が繋がる…その先にあった部屋。

それは、ティファにとってはとても馴染み深い場所だっただろう。





「私の部屋?」





ティファは辺りを見渡した。

可愛らしい小物に溢れた机、温かみのある木で出来たクローゼット。
そして、奥に置かれたアップライトピアノ。

辿りついたその場所は…ニブルヘイムの、ティファの部屋だった。





「俺、この日、初めてここに来たんだ」





クラウドは、その日を懐かしむよう小さく呟いた。
その言葉を聞いたティファは、少し戸惑いがちに彼の顔を見る。





「そう……だった?」

「いつもは外から見上げてるだけだった」





クラウドは頷き、そして部屋の隅に目を向けた。

すると、そこに4人の子供の姿が現れた。
その中には膝を抱えてうずくまる、髪の長い女の子が居る。

ティファも、勿論それが自分の姿だとすぐにわかっただろう。

ただ、そこにはクラウドの姿は…ない。





『おい、見ろよ!クラウドが来るぞ!あいつ入ってくる気かな?』





その時、窓の外を見てひとりの少年がそう叫んだ。

…無邪気なものだ。
でも、少し…残酷かな。

こういうのって…この世代特有の感じがあるのかもしれない。
今の一言で、当時のクラウドの立ち位置というのが…なんとなくわかる気がする。

一方で、幼いティファはその言葉にあまり反応を見せず…ただ、元気がなくうな垂れていた。
まあ…この日のティファの感情を考えれば、それも無理のないことだけど…。





「この日、クラウドが初めて私の部屋に?」





目の前の光景を見たティファは、ゆっくりと過去の記憶を辿っているようだった。

実際…ティファにとって、クラウドとはどういう存在だったのだろう。
…クラウドにとっては…ティファという村のアイドルは、それは眩しい存在だったはずだから。





「……そうだったよね。家は近所なのに、私…クラウドの事、あまり知らなかったんだよね。ずーっと小さな頃から仲良くしていたと思ってたのに…。そう言えば……クラウドが私の部屋にいる風景って記憶に……ない。一緒に遊んだ記憶も……ない。私のクラウドとの思い出はいつでも星空の給水塔が始まり」





ティファは、自分の記憶にほとんどクラウドの思い出が無いことに気が付いた。

また、少し酷な話をする…。
…だけど、それを思い出せないくらい…当時のティファの中では、クラウドという存在は薄いものだったのだろう。





「ティファはね、いつでもこの仲良し3人組と一緒だった」

「……そうだったね」

「俺は……みんな馬鹿だと思っていた」

「えっ!?」

「いつもどうでもいいような事でケラケラ笑っててさ、子供っぽかった」

「だって、子供だったんだもん」





思わぬクラウドの言葉に、ティファは少しムキに答える。
クラウドは首を横に振った。





「……わかってる。馬鹿だったのは俺なんだ。本当はみんなと一緒に遊びたいのに…どうしても、仲間に入れてって言えなかった。そのうちさ…俺はみんな違うんだ…。あんな子供っぽい奴らとは違うんだって思うようになったんだ」





自分から壁を作る。
自分は特別なんだと言い聞かせて、弱い自分の心を守る。

素直になれない、どこかプライドの高い…そんな自分を潰さぬように。





「でも…もしかしたら。…もしかしたら声を掛けてもらえるかもしれない。そう考えてみんなの周りをうろついていた…。どうしようもなくひねくれてた。そして…弱かった」





つまらないプライドが邪魔して、自分からはどうしても「一緒に遊びたい」と言う事が出来ない。
だから彼は自分を特別視し、大人ぶって、孤立を正当化した。

だけど…欠片ほどの、一縷の望みが捨てられない。

孤独とプライド。
彼は…その板ばさみとなり、心がささくれていく。





「…わからなくは、無いけどね。自分から声を掛けるって、凄く勇気のいることだもんね」

「…ありがとう、ナマエ」





あまりに自分を卑下するクラウドに少し寂しくなって、ちょっとだけ口を挟んだ。
その声に、クラウドは小さく微笑んでくれた。





「給水塔にティファを呼び出したあの夜も俺は考えていた…。ティファはきっと来てくれない…。こんな俺の事なんか嫌ってるって」

「そう…あの時は突然だったね。私も…ちょっとビックリした」





5年前の、給水塔…。
クラウドは…憧れていたティファを思い切って呼び出した。

呼び出されたティファは、クラウドのソルジャーになるという言葉を聞き…自分がピンチになったら助けに来て欲しいと約束を残した。

今までそんなに仲の良くなかったクラウドにそんな約束をさせたのは…小さなお姫様願望に過ぎる事はない。

だけど…その約束から、ティファの中でクラウドの存在は大きくなった。





「でもね……確かに私達はそれほど仲良しじゃなかったけど…クラウドが村を出てからはあなたの事、本当によく考えたのよ。クラウドはどうしてるかな?クラウドはソルジャーになれたのかなって。クラウドの記事、載ってるかもしれないから新聞だって読むようになったの」

「ありがとう、ティファ。後で、こいつに言ってやって。きっと喜ぶよ」

「うん!」





ティファと、クラウドの心が…ここで少し噛み合った。

ふたりの嬉しそうな顔を見たら、あたしも少し嬉しくなった。
そう、心が穏かに…自然と笑みが零れてた。





「…あれ?」





でもその時、ふと…ティファが気が付く。





「ねえ、この日、何があったの?何か特別な日?」

「…この日はね…」





尋ねてきたティファに、クラウドは少し言いにくそうに言葉を濁す。
気まずそうに逸らした瞳が、あたしのものとぶつかった。

あたしはその彼の瞳に、眉を下げて笑みを作った。





「…この日は、ティファの…ね」

「…私の…?」





あたしの呟きに、ティファは首を傾げる。
そこに、少しの静寂……そして。





「ティファのお母さんが…」





クラウドが呟くと、ティファも…記憶の糸が繋がる。





「ママが…死んじゃった日……」





この日は…ティファのお母さんが亡くなった日だった。
彼女が膝を抱え、蹲っている理由はそこにある。





『ママに……会いたい……』





泣いていた幼いティファは突然立ち上がると、部屋の外に飛び出していった。

小さな体で村を走りぬけていくティファ。
そして辿り着いたのは…ニブル山のふもとだった。





『ニブル山は怖いよ。何人も人が死んでるからね』

『生きては越えられない山……』





彼女のあとを追ってきた友達は、次々に恐れを口にする。
だけどその言葉は…ティファにとっては山を登る後押しになる。





『じゃあ、死んだ人は?ママは山を越えて行っちゃったの?私、行ってみる!』





先に進み出したティファ。
友達もそれにつられて後を追っていく。

だけど、だんだん…山への恐怖のほうが勝っていく。

ティファを残し、ひとり…ふたり…どんどん減って…。

でも、そんな中で…最後までついてきてくれたのは…。





「…ねえ、クラウド…あたしはさ…この後に起こることも、知ってるよ…」

「…ナマエ」





あたしはクラウドに、そっと声を掛けた。

この後…幼いクラウドとティファの身に何が起こるのか。
その事件が、クラウドにとってどんな意味を持つのか。





「…だからね…クラウドは、きっと…ずっとこの時のこと、後悔してるんだろうけど…」





そう、あたしはここを見るとき、いつも思ったのだ。
この時…最後までティファを心配し、ついて来てくれたのは…。





「…最後までついて行ったクラウドは、誰よりも優しいと思うよ」

「………。」





ニブル山のつり橋…。
今にも崩れそうなその橋を、ティファはどんどん渡っていく。

でも…その途中、ティファは…。





「…何処をどう歩いたのか覚えてないんだ。ティファが足を踏み外して俺は慌てて駆け寄って、でも間に合わなかった。ふたりとも……崖から落ちたんだ。この時はヒザ擦りむいただけですんだけど…」





クラウドはティファを助けようとして、でも一緒に落ちた。
落ちた二人は…その後、大人たちに発見される。





『クラウド!どうしてこんなところへティファを連れ出したりしたんだ!まったく!お前が何を考えてるのか全然わからん!ティファにもしもの事があったらどうするつもりだったんだ!!』





クラウドはティファのお父さんにこっ酷く叱られた。
クラウドは小さな怪我で済んだけど…ティファの方は、ずいぶん意識が戻らなかったから。

奥さんを失って、それに続いて娘まで失ってしまったら…。

クラウドの事情を知っていれば、理不尽に思えるけれど…。
ティファのお父さんも、きっとこの時は余裕が全然無かったのだろう。

そして…クラウドは自分を責める。





「ティファは7日間意識不明だった。死んでしまうかと思った。俺がちゃんと助けていれば…。悔しかったんだ…。何も出来なかった自分の弱さに腹が立った。それからはティファがいつも俺を責めているような気がしてさ。俺は荒れていった…。誰かれ構わず喧嘩を仕掛けて……。そんな時だ。セフィロスの事を知ったのは。セフィロスのように強くなりたい。強くなれば、みんな俺の事を……強くなりさえすれば……ティファだって、俺の事、認めてくれると……」





そう…だからクラウドは、セフィロスに憧れた。
だから、ティファに認めて欲しかった。





「…クラウド。大丈夫?」

「ああ…」





傍で漠然と光景を見ていた大人の姿のクラウドにあたしは声を掛けた。

あたしはゲームをしていたときは、どんどん明かされていくその事実に…凄くワクワクしてたのを覚えてる。

だけど実際は…ここまで赤裸々に自分の感情を語り、自分すら逃げていた姿と向き合うのは…きっと凄く大変な事だと思う。
現にクラウドは、何度も胸を押さえ…頭を抱え、でも決して目を逸らしてはいけないと前を見続けて…。

月並みな言い方だけど、頑張っていると思ったから。

でもその甲斐あって、彼の中で、少しずつ…自分の心が取り戻せつつあるのだろう。
クラウドの瞳には、少し光が宿ってきたような気がした。





「…御免ね、クラウド。あの時の事、私がちゃんと覚えていればもっと早くに……」

「ティファのせいじゃないよ。俺のせいだ」





ティファは、自分の失っていた記憶に対し、クラウドに頭を下げる。
クラウドはそんなティファに首を振った。

でも、この時の記憶は…とても重要な意味を持っていた。





「でも、あれは、確か…私達が8歳の時よね!そうよ!見つけたわ!クラウドは、5年前に創られたんじゃない。幼い日の、その思い出は創りものなんかじゃないもの!」





ティファは確信する。

自分が知らない、クラウドと自分の過去。
それを確かにクラウドは知っていた。

そしてそこには、クラウドの大切な、秘かな想いが隠されていた。

それは…クラウドにしか抱けない。
クラウドだけの、クラウドの本当の気持ち。





「もうすぐだよ。…クラウド、ティファ」





あたしは言った。
もう、そこまで来てる。

クラウドの真実は、もう目の前。

ふたりは頷く。





「そうよ!クラウド、頑張って!あと少しよ!本当のあなたを、捕まえるの!行きましょう、もう一度ニブルヘイムへ……!」

「真実は、すぐそこにある。もうすぐ答えが、手に入る……」





見据えた先は、5年前のニブルヘイム。
そこには…クラウドの本当の真実が待っている。





「なあ、ナマエ」

「…うん?」





見据えたニブルヘイムから、クラウドは一度…あたしに振り返った。
あたしが首を傾げると、彼は歩み寄り、そして…願った。





「…信じてねって、言ってくれるか?」

「え…?」

「…いや、ちょっと女々しい気もするけど…背中、押して欲しいんだ。…言っただろ?安心する、ってさ。ナマエの声を聞いてると…大丈夫だって、思える気がするんだ…」

「…クラウド」





その、小さなお願い。
あたしはそれが…いつかのやり直しのように思えた。

セフィロスの幻の中、あの時…逸らした、クラウドの頼み。

あたしは頷き、今度はきちんと…目を見つめて伝えた。





「大丈夫だよ、クラウド。自分のこと、信じてね」





あたしの言葉でいいのなら、いくらでも伝えよう。

すると彼は、ホッとした表情を浮かべた。
それは…自惚れではなくて、本当に…あたしの声に安心してくれたのだ。





「…ありがとう」





そうして彼は、再び前を向く。
本当の真実が眠るニブルヘイムへ…ゆっくり足を動かし始めた。



To be continued


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