Grip | ナノ



とてもとても長い時間…。
どのくらいなのか、自分でもよくわからない。

ただただ…凄く長い時間…。
あたしはひたすら、眠り続けていた。





「…まぶ、し…」





ゆっくりと目を開く。

すると飛び込んできた白い光。
それは酷く眩しくて、まともに目が開けなかった。





「ナマエ…!?ナマエ…!!」





すぐ傍で声がした。
あたしの名を呼ぶ、女の人の声。

彼女はあたしの顔を覗き込んでいるのだろう。

だんだん目が慣れてくる。
白い光の中、少しずつ見えてきた艶やかな黒髪。





「…ティ…ファ」





名前を呼んだら、凄く声が掠れた。
喉が渇いてるみたい。

だけどそんな声でも、彼女の耳には届いたらしい。
彼女の顔が今にも泣き出しそうに歪んだ。





「よかったっ…!」





あたしはゆっくり、自分の体を起こした。
するとティファはあたしの手を握り、ぎゅっと祈るように…その手に泣きついた。

その時…感じた体温に、夢の終わりを感じた。
…現実に、彼女は…あたしに泣きついている。

…ああ、この子はあたしの身を案じて泣いてくれている。
良かったと、無事を喜んでいるのだ。

その事実に、ぎゅっと胸がいっぱいになった。





「ティファ…あの、」

「あっ…ごめんね。でも…ずっと心配してたから…」

「うん…ありがとう」

「おやおや。目が覚めたようだね」





ティファと言葉を交わせると、その時、白衣を着た眼鏡の男の人が部屋に入ってきた。

恐らくお医者さんだろう。
その人はあたしの傍にやってくると顔色を伺い、安心したように頷いた。





「うむ。顔色は悪くないね。目もしっかりしているし、もう心配は無さそうだ」

「良かった…!ありがとうございます、先生!」





ティファがお医者さんに嬉しそうに頭を下げた。

その様子を見ながら、あたしはまだ少しぼーっとする意識を集めて考えていた。

このお医者さんの風貌には…どことなく覚えがある気がする。
そして、今あたしが寝ていたこの部屋…。

消毒のにおいから、診療所のような場所だとわかる。
そして、木を基調とした作りの建物…。

きょろきょろと辺りを見渡すあたしに気が付き、ティファが笑って教えてくれた。





「此処はミディールっていう村なのよ、ナマエ」

「…ミディール…」

「そう。ねえ、ナマエ…。星の、あのクレーターでの事…ナマエは覚えてる?」





クレーターでの出来事…。

ティファのその問いに、あたしは頷いた。
それを見たティファは「」それなら話は早い」と、簡潔に状況を教えてくれた。





「あの後ね…私達は神羅の飛空艇であの場所から脱出したの。でも…ナマエと、クラウドだけは助けられなくて…」

「……うん」

「その後は私もアバランチとして神羅に捕まっちゃったから…助けて貰った後に話に聞いただけなんだけど、飛空艇の艇員さんたちがシドを慕っててね、神羅から飛空艇…ハイウインドを奪う手伝いをしてくれたんだって。それで、その飛空艇でナマエとクラウドを探したの。そして見つけたのが…この村だった」





ミディールは、ライフストリームが地上に噴出す場所…。
北の大空洞でライフストリームに落ちたクラウドは、そのままライフストリームに揺られて…ミディールにたどり着く。

どうやら展開は、あたしの知っているものと同じようだった。





「ねえ、ティファ…。クラウドは…?」

「…クラウドは…、」





ティファに尋ねると、彼女は少し辛そうな顔をした。

そのままゆっくり、あたしの後ろの方を指差す。
彼女の指先を視線で追い、あたしは後方に振り向く。

すると、そこにあった…金髪の彼の姿。





「クラウド…」





名前を呟く。
でも、反応はない。

部屋の隅に居る彼は、俯いて…車椅子に座っている。





「…クラウドはね…重度の、魔晄中毒なんだって…」





ティファの声が震えた。

魔晄中毒…。
よく知っているその単語を聞きながら、あたしは彼をじっと見つめた。

クラウド…。
車椅子に座る彼は、何処も見ていない。何も見ていない。

長い間ライフストリームにさらされた彼の心は、その苦痛に耐え切れなかった。

ライフストリームに落ちれば、その中にある圧倒的な知識が一変に流れ込んでくることになる。
それは…小さな人間がそのひとりの身にとても抱えられるようなものじゃない。

あたしは横になっていたベッドから足を下ろし、地につけた。





「……あ…」





でもその時、あたしは足に力が入らないのを感じた。
そのまま立ち上がったら、かくん…と倒れてしまいそうな。

立つ感覚を体が忘れていたみたい。

やっぱり数日眠り通しだんだな…って、体でも実感した。





「…ナマエ、大丈夫…?」

「うん。平気。…ありがと、ティファ」





その様子を見ていティファが気遣って手を貸してくれた。

あたしは素直にその手を掴み、足に力を入れて立ち上がった。

あたしは…その手を穏やかな気持ちで掴むことが出来た気がした。
厚意に甘えて、頼る事…。

抵抗や、戸惑い…躊躇する気持ちが薄れてるみたいに。





「…クラウド」





そしてあたしは彼に歩み寄り、その膝元にしゃがんで彼を見上げた。

やっぱり呼んでもこちらを見ない。
宙を仰いで…曇っている。





「ねえ…怖かった…?」

「…うう…あ…」





声を掛ける。
だけどクラウドは…ただ、唸るだけ…。

…ライフストリーム。
その中で襲い掛かってくる、膨大な知識たち…。

沢山の知らない声が大量に流れ込んできて、錯乱しそうになって…。
それできっと…彼は魔晄の中に心を落としてしまった。

…きっと、酷く恐ろしかっただろう。

あたしは…その苦しみは、よくわからない…。
一緒にライフストリームに落ちたけど、あたしは…無事だった。

それはきっと、あたしがこの世界の人間じゃないから…。

もともと…この世界のモノのはじまりはライフストリームだ。
そこから生まれ、そしてまたそこに還っていく。

だけどあたしはそこに当てはまる事がない。

例えるなら、水の中に落ちた油…。
その存在は溶けることなく、くっきりと…そこにある。

つまりは、そういうことなのだろう。





「…ごめんね、クラウド…」





謝罪の言葉は…きっと、彼には届いていない…。

失う事がないのなら…それが一番だと思ってた。
死んでしまう以上に、怖い事なんか無いって。

勿論…それは一番怖い事だろう。

でも、こんな風に心を失うほどの恐怖に貴方を落として…。
見捨てて、突き放して…。

……色んなことに、見ない振りして。





「…クラウド」





謝ったって、許してもらえないかもしれない。
エアリスやザックスは大丈夫って言ってくれたけど、やっぱり不安な気持ちはある。

未来を変えてしまうことにだって…怖い気持ちは残ってる。

だけど…より良い未来を望む希望が、少し見え始めた気がするのだ。

いつかエアリスを助けようと思ったときも、ちょっと思ったこと。
エアリスが生きていたって誰も困らない。それならより良い未来を望みたいって。

でも、あたしひとりじゃ結局ダメだった…。
結局助けられなくて、苦しくて、逃げたくなって…。

…全部諦めて、あたしは逃げてしまった…。

だけど…もし、ひとりじゃなかったら…。
皆が、クラウドが…力を貸してくれたら、その未来を掴めるんじゃないだろうか…。

まだ、手を差し伸べてくれるのなら…。





「ナマエ、皆が来てくれたよ!」





その時、ティファに声を掛けられてあたしは顔を上げた。

皆が来てくれた。
そのティファの声は、心なしか嬉しそうで、疲れた表情もさっきより和らいだ気がする。

あたしが立ち上がると、ティファの脇からひょこっとふたつの顔が覗いた。





「あー!ナマエ!」

「ナマエ〜!」

「ユフィ、ナナキ…!」





覗いた顔はユフィとナナキだった。
目が合うと、ふたりは顔をぱぁっとさせ、こちらに駆け寄って来てくれた。





「よかった!目が覚めたんだね!」

「もー!あんま心配させんなってのー!」

「わっ…」





ユフィに抱きつかれ、あたしはそのままポスッとベッドに尻もちついた。
ちょっとビックリしたけど、そのユフィの顔が嬉しそうだったから…なんだか心がほっとした気がする。

…あたしのことを、心配してくれる人が…此処に居る。





「おいおいコラ、ガキども!診療所でぎゃーぎゃー騒ぐんじゃねえよ!」




抱きついてきたユフィと、傍で尻尾をゆらゆら振っているナナキを撫でていると、また扉のほうから注意の声が聞こえてきた。





「あ…シド」

「おう。ナマエ、目ぇ覚ましたんだな!」





その声はシドで、彼もあたしを見るとニッと笑みを向けてくれた。

そして、そのほかにもぞろぞろと皆が顔を覗かせてくれた。
どうやら今回ミディールに顔を見せに来てくれたのは旅の面子全員のようだった。





「…ナマエ、目が覚めたのだな。お前は眠っているだけだと聞いてはいたが…」

「ホンマですよ〜!そやのに全然目ぇ覚ましてくれへんから、ボクたち、えらい心配しとったんですよ〜!」

「あはは、ありがと…。ヴィンセント、ケット・シー」

「ああ、ナマエの目が覚めたってのは本当に良かったぜ。なのに、おめーは相変わらず上の空かよ」





バレットが目をむけ、雑にクラウドの頭に触れる。
わしゃわしゃと…頭を揺するくらいに。

だけど、クラウドは…やっぱり返事をしない。

確か…この時のバレットの心情は複雑なものだったような気がする。

バレットは、クラウドと初めて会った時からどことなく疑心を抱いていた。
何にも興味ないって顔して、いけ好かない…そんな感じ。

それに…黒マテリアをセフィロスに渡してしまったのは紛れも無いクラウドで…。

でも一緒に行動してきて湧いた情があるのも事実。

クラウドは、エアリスが攫われた時に助けに行った。
マリンが神羅の人質にとなっているとわかった時だって、その身を案じてくれた。

決して冷たい人間じゃないって…そう、わかっているから。

バレットはヒュージマテリアを見せてクラウドを驚かせてやろうと口にしたはず。
だから…きっと、帰りを望んでくれてるのと思う。

…そしてそれは、皆も同じ。
皆、クラウドがまた自分を取り戻す事…待っていてくれてるはずだ。





「ナマエ…なんか、元気ない?目、覚めたばっかだから…まだ体調悪いとか?それとも…やっぱ、クラウドのこと…気になる?」

「え…?」





その時、ユフィにこそっと尋ねられた。

クラウドのことが…気になるか、か。

あたしは…こうなることを知っていた。
ううん…。ちょっと前までは、こうなることを望んでいた。

でも…こうして魔晄中毒を目の前にしてみると、凄く…恐ろしい気持ちになった。

…そういえば、今は、時期的にはいつなんだろう。

確か…ミディールにクラウドとティファが滞在している時期は、シドが臨時でリーダーを務めていたはずだ。
クラウドとティファが此処に居るという事は、つまり今はその時期ということになる。

ヒュージマテリアは…?
ミディールが、ライフストリームに飲まれてしまうのは…?





「ねえ、ユフィ…。今、ユフィたちは何してるの?」

「え?ああ、うん。飛空艇の事はティファに聞いた?」

「うん。聞いた。ハイウインドだよね」

「そ。もう酔いまくって大変なんだから!…とと、今何してるかだよね。今はね、あたしたちはヒュージマテリアってでっかいマテリア集めてんの。すっごいでかいマテリアなんだけどさ、あたしたちがこれからも戦っていくなら必要なものだからって。神羅も狙ってんだけど、神羅に渡すのもなーんか癪だしね!」

「…ヒュージマテリア」

「どこだっけな。確か、コレルとコンドルフォートのをゲットしてきたとこだよ」

「!」





コレルとコンドルフォート…。
ユフィにそこまで聞いて、あたしは思わず息をのんだ。

思い出せ…。
確か、コレルとコンドルフォートのヒュージマテリアの件が終わったあとにミディールに様子を見に行こうという話になるはずだ。

つまりミディールがウェポンに襲われ、そしてライフストリームが噴出すのは…今。

それに気が付いた瞬間、急に大きな揺れがその地を襲った。





「わっ…!」

「な、何!コレ!?」





突然の揺れにユフィがひしっとあたしの腕を掴み、あたしも同じようにユフィにしがみついた。

揺れは収まらない。
むしろ、悪化するくらいの勢いだ。





「…奴らが……奴らが……来る!!」





そしてクラウドが怯えるようにそう言った。

予想は当たった。
これは…ライフストリームが噴出す前兆…!





「ちくしょー!一体どーなってやがんだ!?おい、てめーら!行くぞ!」





シドは皆に声を掛け、診療所の外に出て行った。
他のみんなもシドに頷き、その後ろに続いていく。

ユフィもあたしの手を離し、嫌な顔をしながらも「ナマエはクラウドとティファと此処にいなよ」と声を掛けて立ち上がった。

…今、外にいるのはアルテマウェポンだ。

心配したティファが少し外の様子を伺うものの、シドに心配するなと中に戻されていた。





「皆、大丈夫だよね…ナマエ」

「…うん。大丈夫」





ティファは不安を抑えながら、あたしの手を握った。
あたしも応えるように頷いた。

そう、皆は大丈夫。

むしろ危険なのは…この診療所のほう。
だけど、クラウドのためには…その危険に飛び込まなければならない。

だから、あたしはまた…見て無ぬフリをする。
…でも、コレが最後だ。





「何かマズイよ…。揺れが、どんどん酷くなってくる。先生!ここにいるより何処か外へ逃げた方が…?」

「うむ…。開けた場所へ避難した方が安全かも知れんな」





事態の悪化に気が付いたティファが避難を促す。
先生や看護師さんもそれに賛同し、この場から避難する方向で話は纏まった。





「ナマエ、大丈夫!?」

「うん、平気だよ。あたしは大丈夫ですから、早く逃げてください!」





目覚めたばかりのあたしを気遣い、ティファが振り返り、お医者さんも手を貸してくれようとする。
だけどあたしはきちんと自分の足で立てることを伝え、気遣いは無用だと笑って見せた。

正直足は少し重いけど…今の場合、それはあまり関係なかった。
…だって、あたしには逃げるつもりがないからだ。





「いい、クラウド…?行くわよ!!」





ティファがクラウドの車椅子を押し、診療所の外に駆け出す。
あたしもそれを追って外に出た。

揺れが酷い。体が重くなくても、きっと全力で走るのは困難だろう。

道の途中、あたしは足を止めた。





「ナマエ!?何してるの!早く!」





足を止めたあたしにティファが振り返る。
急げと叫び、酷く焦った顔をしてる。

でも、あたしは首を横に振った。





「…走ったって、間に合わないよ」

「っ、そんな!諦めちゃっ…!」

「諦めたわけじゃない」

「…えっ…、きゃっ…!」





まっすぐ言い切れば、ティファが言葉を詰まらせた。
そして、揺れにガクッと足を取られてしまう。

あたしは辺りを見据え、ぎゅっと手を握り締めた。

…大丈夫。
クラウドはちゃんと…本当の自分を取り戻すよ。





「大丈夫…!」





ティファに、クラウドに言っているつもりで…本当は、自分に言っていたのかもしれない。

崩れていく。
淡い色が、ミディールを包んでいく。

口を開くように、吸い込むように…地の下へと落ちていく。





「きゃああああああーっ!!!」

「…っ」





ティファの悲鳴を聞きながら、あたしも覚悟する。

あたしとティファとクラウド。
三人は、ライフストリームの中へと落ちていった。



To be continued


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