《ナマエ…、来てくれ》
一面がマテリアの世界。
星の中心…リユニオンの、終着点。
その場所で、自我を失ったクラウドはあたしにそう手を伸ばした。
《あの人が…ナマエの事をを望んでる。ナマエの事を…欲しがってる》
言葉の意味が、わからなかった。
あの人…?あたしを欲しがってる…?
わからないけど…何かとても、不吉な事を聞いているように思えた。
だからあたしは頭の中で必死に考えた。
どういうことか、何が起ころうとしているのか。
《…そうか。そういうことか。賢い選択だな》
《……なに、言って…》
セフィロスは笑った。
ニブルヘイムでの幻の中、あたしはクラウドから目を逸らした。
これ以上、何も失わないように…誰も、死んでしまわないように。
だけど…そんなあたしを見て、セフィロスは笑っていた。
《…今更何を考えようと無駄な事だ。何をしようと、もう意味など無い。クックック…まあ、今くらいはこのまま乗ってやるのも悪くない》
わからない…何を言っているのか、全然…わからない。
だけど…見透かされてる気がした。
何か、見抜かれているような気がした。
………何を?
《違う…っ、違う…!》
《俺は人形じゃない…!ちゃんと心だって持ってる!…だって…俺はっ、たとえ応えてもらえなくても…俺はっ…》
《これは俺の感情だ…!俺のだけの、大切な気持ちだ…!》
クラウドは足掻いた。
あたしの知る彼より…セフィロスに抗った。
でも…セフィロスは、そんな彼をあざ笑った。
《いいか、クラウド。頭ではわかっているだろう?私をこうして追うことが、いかに厳しい道であるか》
《っそれが何だ…!》
《クックック…ここまで来て尋ねるか。…まあいい、教えてやろう。厳しい旅路だと知っているのに、お前はナマエを傍に望んだ。自分が手を掛けてしまうかもしれないのに、傷つけてしまうかもしれないのに。そして…あの古代種の娘が死んだとき、その思いはより一層強くなったはずだ》
《そ、れは…っ!》
《人形であるお前が、それでも強くナマエを傍に望んだ理由…考えれば、ひとつしかないだろう?》
頭の中で、何かがツン…と、音を立てた。
クラウドが…あたしを望んだ…。
…傍にいて欲しいと、そう言ってくれた…。
自分がおかしくならない様に…見張っていて欲しいと…。
でも、それは間違いだった。
《そうだ…クラウド。それを望んだのは…お前ではない》
セフィロスは言った。
望んだのは、クラウドじゃないと。
じゃあ…本当に望んだのは…?
《お前はただ、導けばよかった》
クラウドは…ただ、導けばよかった。
なにを…あたしを?
どこに?
…セフィロスの、元へ…?
《クック…気づいたのなら、もう楽になれ。認めてしまえ、クラウド》
…クラウドは、ジェノバに…セフィロスにずっと呼ばれていた。
それが、ひとつの場所に集まろうとする…ジェノバのリユニオンだから。
クラウドの中にあるジェノバが、セフィロスに呼ばれていた。
だから旅の中…クラウドが強くセフィロスを追わなくてはという思いに駆られるのは、ジェノバがリユニオンしようとしていたから。
そんなジェノバを、強い意志で支配下に置いたセフィロス…。
だからセフィロスは…自分の望むものを、クラウドに…運ばせた…?
黒マテリアと…あたし、を…?
《それより…私の計画に、多少とは言え狂いを与えたのは…まさか、あの娘か?》
思い出したのは、エアリスが死んだとき…セフィロスがあたしを見て言った言葉。
あの時…あたしは、彼女の死に呆然として…セフィロスの言葉を上手く理解できなかった。
よく考えたら…あの時、奴はとんでもない事を言っていたのではないか…。
《単なる微細な異物と捉えていたが…娘、貴様まさか…》
まさか…知っていたのか。
あの時セフィロスがあたしを見て、言った台詞。
あれは…そうやって続くんじゃないだろうか。
つまりセフィロスは…あたしがどういう存在なのか、気づいた…。
この世界の、あらゆる物事…未来を知っている。
そういう存在だと言う事に。
だから…欲した…?
そう考えれば、辻褄があっていく気がする。
そして同時に…それがいかにとんでもない事であるか。
《い、や…嫌ッ…!!》
だからあたしは逃げた。
差し伸べてくる、クラウドの手から。
あんなに優しかったクラウドの手…。
でも、それが酷く恐ろしいものに思えた。
あたしは知っている。
この先のこと、未来に何が待っているのか。
メテオも、ホーリーも。
セフィロスの運命…、誰が…彼を倒すのかまで。
そんなことセフィロスが知ったら…全部、おしまいだ。
《嫌っ…やだっ…やだっ!離して…!クラウドッ!》
だけど、気づくのが遅かった。
あたしはあっという間にクラウドに捕まって…意識を失って…。
そして…今、全てに気づいて…目が覚めた。
「……クラウ…ド…」
覚ましてすぐ目の前に映ったのは…眩しい金色と、ふたつの青。
腹部にじわりと痛みを感じながら、あたしはクラウドに抱きかかえられている。
そして彼は…ゆっくりと、あたしを何かに押し込めようとしていた。
「…セフィ…ロス…」
クラウドがあたしを差し出そうとしている先…。
振り向くと、そこには巨大なマテリア。
…そして、その中で眠るセフィロスがいた。
「…や…だ…」
状況を理解して、もがいた。
身体は気だるいけど、そんなこと言ってられない。
このままじゃ、セフィロスの眠るマテリアに沈められてしまう。
「やだよ…クラウド…」
必死に手を伸ばす。
足掻いて、もがいて…。
彼に、嫌だと訴える。
でも、クラウドと目が合う事は無い。
今…彼はどこを、何を見てるんだろう…。
こんなに傍に入るのに…。
それなのに、ちっとも視線が絡まない…。
「ク、ラ…っ…」
押し込められる。離れていく。
あんなにあたたかいと、優しいと思った手が…酷く、遠くに感じる。
それは凄く寂しくて…、悲しくて…。
そしてその時、頭に過ぎった。
《…もし、本当に助けが欲しい時は、迷わず助けを求めてくれ。ナマエがそう言ってくれれば…俺は》
色鮮やかなライト。
それに照らされるいくつもの風船たち。
そして…空に美しく輝く花火…。
ごとごと揺れる、ゴンドラの中…。
クラウドが…言ってくれた、言葉…。
《何を振り払ってでも…俺は全力で、あんたのことを助けるから…》
ぎゅっと、包み込むように握ってくれた手。
そして掛けてくれた…優しい声。
とてもとても…あたたかかった…あの言葉。
なんで…今…。
あたし…何、考えてるんだろう…。
酷く、虫が良いと思った…。
なんて…勝手なんだろう…。
自分から離したくせに。
自分から、見捨てたくせに。
だけど…怖い…。
恐怖が、溢れて…止まらない。
怖いよ…。
嫌だ…嫌だ…。
…助けて…。
助けて…!
「助けて…クラウド…っ…!」
叫んだ。
いや、喉がからからして…叫ぶなんて、程遠い声だったかもしれない。
でも、その瞬間…。
「っ…!?」
ぐっと、腕を強く引っ張られた。
引き寄せられて…そして、ぽすっ…と、あたたかいぬくもりに包まれる。
それに驚いていると、ぽん…と、後頭部にそっと手が触れた。
そして…ぎゅっと包まれる感覚。
一瞬、よくわからなかった。
でも…目が、熱くなって。
その時やっと…クラウドに抱きしめられているのだと気がついた。
「…はじめて…だ」
「…え…?」
耳元で声がした。
凄く…優しい声…。
クラウドの…声…。
ゆっくり聞き返すと、彼は呟いた。
「はじめて、助け…求めてくれた」
「…!」
言われてから、気がついた。
…確かに、そうだったかもしれない。
いっぱいいっぱい助けて貰った…。
此処まで来るのに、何度も何度も助けて貰ったのに…。
でも…助けて、って言いなれた言葉じゃない。
そうだね。
はじめて…だったかもしれない。
「…あっ…!」
でもその瞬間、ガラガラッと頭の上で凄い音がした。
同時に強い揺れも感じる。
そうだ…ここ…北の大空洞…。
ライフストリームが吹き出して…そのあとクラウドはミディールまで…!
そう思い出して、ぞっとした。
きっと、あたしたちは為す術もなく、このまま流されてしまう。
だけど、その時…ぎゅっと身体をさらに強く引き寄せられたのを感じた。
「…クラ…」
包むように、優しく。
でも…とても強く。放さないでいてくれるかのように。
正直…すごく、不安だ。
とても怖くてたまらない。
だけど…そのぬくもりだけは、安心できた。
そう…全部ゆだねても良いと…そう、思えるくらいに。
ぶわっと、ライフストリームに包まれる。
それでもあたしは…そのぬくもりにだけ全てを任せ、そのままゆっくり目を閉じた。
To be continued