「古代種、こちらへ来い」
エアリスがこの部屋にやってきて数時間が経った頃、ガチャリと扉のカギが開いた。
入って来たのは白衣を来た若い男性。
恐らく、宝条博士の部下…科学部門の人間だろう。
彼はエアリスを呼び、彼女の手を引いた。
「…行ってくるね、ナマエ」
今まで一緒に談笑していたエアリスは、あたしに一度だけ微笑むと部屋を出ていった。
あたしは少しの不安を感じながら、その背中を見送った。
妨害したり、反抗すれば…何をされるか正直わからない。
多分…大人しくさせる程度の暴力は許可されているのだと思う。
何度か、はたかれたりすることはあったから。
だからあたしはそれ以降大人しくしていることが多かった。
ぱたん…と閉まる扉。
でも少し思った。
今は…その機なんじゃないか、って。
エアリスが連れさられて…クラウド達はすぐに助けに来たはずだ。
ならもしかしたら…今。
「………。」
ぐっと自分の手を握りしめた。
なら…そのチャンスは逃せない。
エアリスが言ってくれた様に、ここから逃げるチャンスは…クラウド達に連れだして貰う他に無いと思う。
たぶん自力で神羅から逃げるなんて…あたしには無理だから。
それにずっと、こんなところで飼い殺しなんて…絶対御免。
すうっ…と息を肺にためる。
そして一気に吐き出しながら、あたしは扉を強く叩いた。
「いやあああああ!!!出して!ここから出して!!早く!!いやあああ!!!助けてー!!!」
だんだん!強い音を鳴らしながら、喉が痛くなるほど。
ずっとずっと大人しくしてたあたしが騒ぎたてたら、きっと何事かって…思うと思う。
その証拠に、足音が聞こえてきた。
ガチャリ…と鍵が開く。開いた瞬間、あたしは賭けた。
「どうしっ…ぐうっ!!」
「……っ」
ドン!!!
勢いよく体当たりをした。
今まで何もしなかったあたしの抵抗。
油断を突かれたその人は、いくら男性と言え、あたしの力でも簡単に突き飛ばせた。
それに、あたし的には…運が良かった。
背を打ちつけたその人は、気絶してしまったみたいだ。
少し…ぞっとした。
でもあたしは「ごめんなさい…」と一言だけ残して走り出した。
あの、大きな大きなガラス。
ビーカーのある部屋に向かって。
「エアリス!!」
「ナマエ!?」
走った先、見覚えのある桃色を見つけて叫べば彼女は振り向いた。
そして、そこに来て気付いた。
というより…状況はかなり急変しているようだった。
まずは、どう考えても神羅の側じゃない人達の姿。
金色の特徴的な髪に、大きな剣を背負った男の人。
艶のある長い黒髪の、美貌をもった女の人。
片腕に銃を取り付けた大柄の男性。
見知った姿にあたしは少し、息をのんだ。
クラウド、ティファ、バレット…!
そして、もうひとつ…揺らめく炎の赤い獣。
その獣はグルルと喉を鳴らしながら、誰かに飛びかかっていた。
下敷きにされているのは、宝条博士…。
そこで確信した。…大当たり、だ。
「ナマエ…!大丈夫?どうして外に…!」
「エアリス…」
記憶を手繰り寄せ、その通りの事が起きたのなら…エアリスは今、レッドXIIIと同じビーカーに閉じ込められ、怖い思いを開いたはずだ。
最も…レッドXIIIに襲う気など微塵も無いのだけど。
でもそんな恐怖より、エアリスはあたしの心配をして駆け寄ってきてくれた。
だからあたしもそんな彼女の元に駆け寄った。
と同時にその時、思いだした。
だから叫んだ。
ビーカーの中にある動き出したエレベーターをじっと見つめる、金髪の彼の背中に向かって。
「あぶない!!」
「!」
あたしが叫んだ瞬間、彼はその声に反応したように飛び退いた。
彼が飛び退いたとほぼ同時に、ぶわっ…と毒々しい霧がエレベーターから噴き出しビーカー内を包んだ。
「今度はこんな半端な奴ではないぞ。もっと凶暴なサンプルだ!」
その霧を見ながらそう言ったのは宝条博士。
赤い獣、レッドXIIIの下から抜け出した彼は、高笑いをしながら走り去って行った。
押さえつけるものっが無くなったレッドXIIIはゆっくり振り向き、エレベーターから現れたサンプルを見つめる。そして一言。
「あいつは少々手強い。私の力を貸してやる」
獣の操った人語に、あたしを除く全員が目を見開いた。
いや、あたしも凄い…って思ったけれど。
だって彼が喋れることは知っていたけど、やっぱり獣が喋る姿なんて初めて見たし。
まあ…凄いって思ってるのは、今目の前にある状況全てに…が正しいか。
でも今はそんなことを考えている場合じゃない。
現にレッドXIIIに目を見開いたひとりであるクラウドも、サンプルに向き直り剣に手を伸ばしていた。
「あの化け物は俺達が片付ける。誰かエアリスを安全なところへ…、それと」
「…!」
剣を構えたクラウドはエアリスを見た後、その隣にいたあたしに目を向けた。
青い、不思議な色に染まった瞳を視線がぶつかった。
う、わあ…本当にクラウドだ…。
クラウドと目があってしまった…!
空みたいな…綺麗な色…。
ちょっとでもそんなこと思ったあたしは呑気っていうか…どうしようもないかも…。
でもやっぱり凄いものは凄い。感動するなって言う方が無理な話。
だけど勿論、そう思ったと同時に戸惑いもある。
そんなあたしを助ける様に、間に入ってくれたのはエアリスだった。
「クラウド。この子はナマエ。敵じゃないわ。むしろ、私と状況、同じ。神羅に捕まってたの。ねえ…お願い、ナマエのことも助けてあげたいの」
「…神羅に捕まってた…?」
クラウドは少しだけ考える素振りを見せた。
でもすぐ、サンプルの叫びを聞いてハッと目を細めた。
「わかった。とりあえず話は後だ。…あんた、ナマエって言ったな」
「え、あ、はいっ…」
「あんたもとりあえずエアリスと一緒に安全なところへ行け。ティファ、ふたりを頼む」
「わかったわ!」
クラウドの言葉に頷いたティファに「さ、こっちへ!」とあたしとエアリスは肩を引かれた。
そうして駆け出しながら、あたしはもう一度振り返った。
そこに見えたのは、クラウドとバレット、レッドXIIIがサンプルに向かっていく姿。
とても慌ただしくて、めまぐるしい。
でも、これが。
彼に…クラウドに初めて出会った、瞬間だった。
To be continued