Grip | ナノ



強く、しん…とした風が頬をさす。
そして、大きく渦巻くのは…強大な星のエネルギー。





「大昔に出来たクレーターか。かつて空から何かが落ちてきてここにぶつかった…。星に傷が出来たんだ」





クラウドが景色を見つめ、そう言った。

絶壁を越え、辿りついたクレーター。
ライフストリームが大きな渦を巻き、気が遠くなっても足りないくらいの時をかけて…星が自らの傷を癒している場所。





「セフィロスはあの大切なエネルギーを奪ってメテオを使おうとしている。今度は、この程度の傷ではすまない」





この程度…確かに、この地に落ちてきた災厄…ジェノバの衝撃は、アイシクルエリアだけで留まっている。
それでも、人の力で歩くには険しい道のりだ。

だけど…彼らは、進むしかない。





「ナマエ…」

「え…?」

「その、危ないだろ…?」





その時、目の前に手が差し伸べられた。
それはクラウドの手で、足場が危険だからと手を貸してくれているものだった。

…でも、あたしはそれを掴む事を躊躇った。
なんとなく…どんな小さなことでさえ、異分子であるあたしが…何かを頼ってしまうことに抵抗を感じる。

雪の中の絶壁は、どうしてもそう強がってもいられなかった。
だけどこれくらいなら…まあ、慎重にいけばなんとかなるかもしれない。





「ううん…、大丈夫だから…」

「…そう、か」





首を振る。
本当…我ながら、素っ気無いと思った。

でももう…あたしは…何も、しない…。
もう、こんなにも時は近づいているのに…何もせず、何も口にしない。

ただ、傍で見ているだけ…。

そんな自分は…酷く、愚かだと思った。

だけどそうして、ただ…黙って進み続けていく。
奥へ、奥へ…ひたすら奥へ。

時間はよく覚えてない。
長かったのか、あっという間だったのか…。

遂に…あの銀と黒の背中は、見えてしまった。





「セフィローーース!!」





クラウドは叫んだ。
己の因縁のあの背中へ。

大剣に手をかけて、じっと睨む。





「ここまでだ!」

「そう、ここまでだ。この身体の役目はな」





クラウドに酷く意味深な言葉を返したセフィロスは、突如そこから姿を消した。
その出来事にクラウドをはじめとした皆は神経を済ませ、辺りをうかがっていた。

…この身体の役目。
そう…これは、セフィロスの本当の身体じゃないから。

すると…姿は無いのに、どこからか声だけが聞こえてきた。





『我らの役目は黒マテリアを主人の元へ運ぶ事』

「……我ら?」





クラウドは声に尋ねる。





『ジェノバ細胞を持つ者達…』

「主人は…」

『勿論……セフィロス』





その瞬間、ぐんっと嫌な衝撃が辺りに走った。
セフィロスに扮したジェノバが、こっちに真っ直ぐ迫ってくる。

集中していたクラウドは、その動向をすぐに察知した。
手にかけていた剣を構え、一気に振る。

すると…べちゃっという嫌な音とともに、クラウドの足元にうごめく何かが落ちた。
そして、同時に…ころんと転がった、黒い球体。





「ジェノバ細胞……なるほどな。そういう訳か。ジェノバはリユニオンする、か」

「セフィロスじゃない!?今まで私達が追ってきたのはセフィロスじゃなかったの?」





ひとり納得を見せたクラウドと、今までのセフィロスが偽者だったかもしれないという事実にうろたえるティファ。

だけどクラウドは前だけを見つめていた。





「説明は後だ。今はセフィロスを倒す事だけを考えるんだ」

「でもセフィロスは……」

「セフィロスは、いる。本当のセフィロスはこの奥にいるんだ。どうしようもなく邪悪で、どうしようもなく残忍…。しかし、途方もなく強い意志をこの星の傷の奥底から放っている」





そしてクラウドは転がった黒い球体…黒マテリアをそっと拾い上げた。
少し安堵したような表情を浮かべ、ぎゅっとそれを握り締める。





「……黒マテリアは俺達の手に戻った。後はセフィロスを倒せば全てを終わらせる事が出来るんだ」





そう…黒マテリアは確かに戻ってきた。

だけど…あたしは知っている。

それは再び、セフィロスの手に渡ってしまうこと…。
あろうことか、それを渡してしまうのは…他でもないクラウドだということ。





「バレット、頼む」

「おっと!責任重大だぜ」

「誰にも渡さないでくれ。頼んだぞ」





自分が黒マテリアを持っているのは危険だと判断したクラウドは、バレットに黒マテリアを預けた。
バレットは快くその役目を引き受け、黒マテリアを受け取った。

だけど…それも、全部無駄なこと…。





「よし…それじゃあ、俺と…誰か、一緒に来てくれ。残りはここで待機して欲しい。黒マテリアをセフィロスに渡さないために」





クラウドはそう言いながら一度みんなの顔を見渡した。
そこにすぐに上がった手がひとつ。





「セフィロスと決着を付けるときが来たのね。私もセフィロスのせいでいろいろ無くしたわ。だから、私も行きたい」

「…わかった」





名乗りを上げたのはティファだった。

自分と同じようにあの事件を体験したティファの気持ちはクラウドもわかるのだろう。
だからその申し出をクラウドが拒むことは無かった。

…ここで、ティファが進むのはありのままの未来…。
ひとつ、ひとつ…彼の心が壊れる時が近づいている。

あたしはきゅっと自然と身体が強張ったのを感じた。
そして…俯いた。





「ナマエ…」





だけどその時、クラウドに名前を呼ばれた。

ぴくっと肩が跳ねる。
そっと顔を上げると、クラウドが少しずつこちらに歩み寄ってきていた。

……なんだろう。
あたしはゆっくり首をかしげた。





「…なに?」

「いや…その…、無理強いするわけじゃないんだが、もし…ナマエさえよければ、一緒に来てくれないか?」

「…え…」





予想外の申し出に、少し固まった。

一緒に来てくれないか…?
なんで…そんなこと、あたしに頼むんだろう。

その意味がわからなかった。

だから少し訝しむように尋ねた。





「…どうして?」

「…いや、危険なのはわかってるんだ。あんたはきっと…行きたがらないだろうっていうのも」

「……。」

「だけど…、他のみんなも心当たりがあるかもしれないけど、…心強いんだ。あんたがいると、不思議と気が楽なんだ」

「…あたし、別に何も…」

「…もう、これがきっと…最後の戦いだ。…こんなときに冗談は言わない。だから頼んでる。…頼みたい」

「……。」





酷く、困った。

だって…出来るだけもう、流れを乱したくは無いから。

それに…もし、クラウドの言う事に意味をつけるのなら…それはあたしが、未来やみんなの抱えるものを知っていたからに過ぎない。

それももう…何もしないことを決めている…。

あたしはもう…傍観しかしない…。





「ナマエ、私も一緒に来て欲しい」

「…ティファ」





すると、ティファも。
ティファはあたしの手をとり、優しく包むように握り締めた。





「クラウドの言う通りだよ。…私もね、クラウドの言うことわかるんだ。言ったでしょ?ナマエと話すと、何だか気持ちが楽になるって」

「……。」

「だから、お願い。一緒に来てくれないかな」





手から伝わる体温に胸が痛んだ。

正直…買いかぶりすぎだと思った。

あたしの今までの行動は…そこまで信頼を得られるものだったのだろうか。
確かに前は、知っているのだから…力になりたいと思ってた。

未来を知り…、心情を知り…。
何を求めているのか…、心の闇を…知っている。

でも…それは、ずるい信頼…。

…頼ってくれてる。
それが…凄くわかる…。

大げさだと思うけど、でも…本当に。

…その感情は…本当は、抱くはずなんて…ないものなのに。

クラウド…ティファ…。
…もう、あたしは何もしないよ。

もう、見てることしかしない。

ついて行っても…何も。





「…あたし、一緒に行っても何も出来ないよ…。戦えもしないし…」

「いいんだ。戦わなくったっていい」

「うん。傍にいてくれたら、それで良いの」

「………。」





本当に…何もしない。
本当に…傍にいるだけ…。

クラウドが壊れていくのを…ティファが泣き崩れてしまうのを…あたしは知っているんだよ。

だけど…頭を過ぎる。

ぐんっと手を引かれ、あたしがいた場所に代わりに立っていた彼女…。
冷たい水に飲み込まれながら、あたしは長い刀が彼女の身を貫くのを見た。

…淡い、愛らしいピンク色が…赤く…赤く…。






「…っ…」





もう…嫌だ…。
思い出したくない…。

二度と…あんなの見たくない…。

ここにいる誰かが冷たくなっていくなんて…。

このまま行けば、誰かが死んでしまうことは無い…。
どんなに辛い目にあっても…命が尽きてしまうことだけはないのだから…。






「……わかった」





あたしは頷いた。
するとクラウドとティファの表情が少し緩みを見せたように感じた。





「ナマエ…!」

「いいのか…?」

「……うん。本当に、何も…出来ないけど…」





きっと…どこにいても、何もしないのは同じだ。
誰と一緒にいても余計なことをしない、言わないのには変わりない。

すると、とん…とクラウドに肩をたたかれた。





「すまない…でも、助かる」

「……ううん」

「…大丈夫だ。あんたのことは…守るから」

「……いいよ。クラウドはセフィロスのことだけ、考えて進んで」





首を横に振る。

そう…守らなくていい。
そんなこと、しなくていい。

あたしのことなんて、ほっといてくれて良いから。

あたしのせいで…、あたしを庇って…。
もしもクラウドが、皆が…死んでしまったら…。

あたしはそれが…一番怖い…。





「よし…それじゃ、ナマエ、ティファ。行こう。皆、黒マテリアは頼んだ」





クラウドは前を向く。皆は頷く。
こうしてあたしはクラウドとティファとともに、竜巻の迷宮の奥へと…足を進めていった。



To be continued


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