「この雰囲気だから気になってたんだけど、結構美味しいね。ここのお料理」
「あ…うん、そうだね」
ゴーストホテルで迎えた朝。
用意された朝食を口に含み、向かいに座るティファは微笑んだ。
あたしも、それに笑みを返した。
でもそれはどちらも、どこかぎこちないもの。
だけどそれは当然と言えた。
仲間の裏切り…。人質の存在…。
爽やかな朝とは…どう考えても言い難かった。
「今日、これから古代種の神殿に向かうのよね?」
「うん。ケット・シーが場所、教えてくれるって」
「そう…。ナマエ、行くんでしょ?さっきクラウドに頼んでたよね?」
「うん…ちょっとね」
朝食は準備が整った人から好きな時間に取っていってる。
多分、クラウドはとかはもう食べたんじゃないかな。
あたしはティファと時間があって、一緒に食べに来たところ。
食べながら、今後の予定について話してた。
古代種の神殿…。
そこは、この物語が大きく動き出す…重要な場所。
あたしはそこに連れて行って欲しいとクラウドに頼み込んだ。
《神殿に?》
《…うん》
《自分からそんな事言うなんて珍しいな。古代種の神殿というからには中は多分ダンジョンだぞ。侵入を拒むようなもので溢れてるはずだ》
《その…故郷の手掛かり、全然ないから…》
《…古代種の神殿にそれがあると思うのか?》
《いや…正直可能性は限りなく低いと思うんだけど、でも…その、あのさ、あたしが神羅に捕まった経緯、覚えてる?》
《どこからかワープしたって話か?》
《そのワープしたって話が本当なら、なんか不思議な力が働いてそうというか…。一応、確かめてみたくて…。ごめんね、足引っ張るかもだけど…》
《だから…気にしなくていいって言ってるだろ。…構わないよ。一緒に来てくれ》
結構、無茶苦茶…。凄く、我儘だ。
でもクラウドはわりとすぐに了承してくれた。
古代種の神殿に元の世界に帰るきっかけがある…なんて、それはあくまで言い訳にしか過ぎない。
と言うか…きっと無いと思う。
説得しといて何言ってるんだって話しだけど。
本当の理由は…誰よりも早く黒マテリアを手にしなければならないことだ。
そして…クラウドに、セフィロスに渡してはならない…。
あたしは…より良い未来を見ると、そう決めたから。
「そっか…。気をつけて。くれぐれも無茶しないようにね」
「うん、わかってる。気をつけるよ」
心配してくれてるティファの気持ちを有難く受け取り、あたしは頷いた。
黒マテリアさえ渡さなければ…エアリスは、忘らるる都に行く必要もなくなる。
それに…クラウドも、自分に怯える事もない…。ゆっくり、もっと別の切っ掛けで自分を取り戻す事が出来るかもしれないから…。
「ねえ…ナマエ」
「ん?」
「昨日、ありがとうね」
「え?」
突然、ティファにお礼を言われた。
思わずきょとんとしてしまう。
そんなあたしを見て、ティファは笑った。
「ふふふ、昨日…ナマエは言ってくれたでしょ?」
「何を?」
「私の不安」
「え…?」
「不安ばかり数えないで…どーんと構えてみろってね。それ聞いて…なんだか少し、気が楽になった気がしたの」
穏やかな表情。
ティファの顔は、そんな風に見えた。
「私ね…ずっと不安な事があるんだ。でも、それを口にするのが怖いの…」
「……うん」
あたしは深く聞くことなく、ただ頷いた。
本当に、彼はクラウドなのか…。
口にしてしまえば、クラウドがどこかに行ってしまうのではないか。
そんなティファの不安を、あたしは確かに知っている。
「でも…不思議。ナマエと話すと、何だか気持ちが楽になる」
「そんな大したこと言ってないよ…?」
「ふふ、そんなことない。少なくとも私にとってはそうなの。ナマエと話してると…ホッとするんだ」
ティファの不安。その理由は知ってるけど…本人の口から聞いたわけじゃ無いから、直接支えてあげることは出来ない。
でも…、わかっているから…。
少しくらい、力になってあげられたらと思う。
ナナキにも、ティファにも…。
「うーん、そう言ってもらえるのは嬉しいけど…ちょっと大袈裟じゃないかな?」
「ふふふ、いいじゃない。ありがとう、ナマエ」
「…じゃあ一応、どういたしまして…?」
「うん!」
ふたりで笑った。
今、ティファは…ちゃんと笑ってる。
でも…このまま進んだら、ティファにとって…一番恐れてた展開になるんだろう…。
本当は…悩む必要なんて何も無い事なのに…。
クラウドは…本当に、ティファの幼馴染みのクラウドなんだよ。
そう言えれば、きっと楽…。でも流石に、そんなに急いだら…駄目だ。
…ゆっくり、ちゃんと黒マテリアの事…解決して、そうしたら。
なにか…機会を作れないかな。
そう…あたしが上手くことを運べれば…ティファの不安も、きっと拭って上げられるかもしれないなんて…そんなことを思った。
「ねえ、ナマエはさ…」
「ん?」
「まだ、何の記憶も戻ってないんだよね?」
「え…あ、うん…」
ティファに問われ、一瞬言葉に詰まった。
ああ…嘘が、少し後ろめたい。
でも頷く事しか出来ないのも事実。
だから少し良心を痛めながらも、あたしは頷いた。
「そっか…。うーん、そろそろ何か手掛かりが欲しいところよね」
「あー、うん…だねえ」
「そうだなあ…。何か…印象に残りやすい事とか、そういう話題…。あ!ねえ、じゃあ、好きな人とか、いなかったの?」
「へっ?」
「そういうの、何か手掛かりになりそうじゃない?」
「ああー…うーん、どうかなあ」
「私…ナマエにちょっと救われたから、私もナマエに出来ることあればいいなって…」
「ティファ…」
微笑むティファ。
ティファは優しい。
ティファは…本当に、記憶が無いっていう事…本当に心配してくれてるんだなって思った。
だけど…あたしは、そんな仲間にいつまで隠し事…するんだろう?
「んー…いなかったと思うな」
「…そうなの?」
「うん」
「結構はっきりだね?」
「あ、あはは…確かに、記憶無いって言ってるのに、信憑性に欠けるよね」
ちょっと笑って、思い出した。
そう言えば…エアリスにも「言い切っちゃうの?」って、言われたっけ…。
ていうかあっちは凄いストレートに、クラウドがどうのって話だったけど…。
「少なくとも今は…好きとか、よくわかんないから」
あたしは、小さく笑って呟いた。
そう…それは、本当だ。
本当に、よく…わからない。
ううん…。でも…わかりたいとも、思ってない…。
誰も…好きになんて、ならない…。
「そっか…。まあ、今、色々と忙しいもんね」
「…うん」
ティファはそう頷きながら、ティーカップの中をスプーンでくるりと混ぜた。
…そこに出来た渦を見て…なんだか心の中にも渦を感じた気がした。
「ねえ、ナマエ?でも本当に、私に出来そうな事があったら言ってね?」
「うん…?」
「私ね、本当に…ナマエと話すと、心が安らぐ。ナマエがいなかったら…もしかしたら、不安に押しつぶされてたかもしれないから」
「…ティファ…」
呟くティファを、じっと見つめる。
そんなことはない。
ティファは…少なくとも、あの場所に行くまでは大丈夫だ。
確かに…多分ティファは、そんなに強い子でも無いのだと思う。
一歩、引いてしまうと言うか…。
あたしは…ティファにそんな印象を抱いている。
クラウドが離脱する頃の彼女を見ると…何となく、そんな印象を受けるから。
でも…弱いってわけでもない。
「…ティファは、そんなに弱くないと思うよ?」
だから、零したティファにそう答える。
そう、竜巻の迷宮に行くまで、ティファはちゃんと立っていられる。
あたしの言葉を聞いたティファは眉を下げて笑った。
「ふふ…そうだったらいいなって思う」
「本当だって。あたし、初めてティファに会った時、神羅ビルで戦ってくれたでしょ?同じ女として凄いな〜って思ったもん」
「ふふ、ありがとう。お褒めにあずかって光栄です。…でもね、ナマエがいてくれて良かったって、本当に思ってるの」
「あの…なんか、照れるよ…?」
「えへへ…。ゴメンね、変な事言って。私もちょっと恥ずかしくなってきちゃった」
何度もそんなことばかり言われたら、流石にくすぐったい。
どうやらティファも同じみたいで、くすっと笑う。
でも、こうやって言ってくれるのは、素直に嬉しいと思う…。
純粋に、ティファは良い子だと思った。
…このまま、しゃんとしたティファで、いて欲しいと思う。
泣き崩れる姿なんて、見たくない。
大丈夫…。
クラウドのこと助けて、そんな不安、蹴散らしてみせるよ。
あのクラウドはね、本当に貴女の幼馴染み。
星空の下、給水塔で約束を交わした…あの、男の子だよ。
だから…絶対に大丈夫。
……クラウド…。
…いつも、助けてくれるクラウド。
守ってくれるクラウド…。
頭に巡る…昨日のこと。
《助けが欲しくなったら…ちゃんと言え。それだけ覚えててくれれば、それでいい》
…そうやって、優しく言ってくれたクラウド。
凄く…有難いけど、でも…。
甘えてばかり、いられない…。
だって、あたしは…本当はここにはあるはずのない存在だから…。
喜びも、悲しみも、怒りも、嫌悪も、厚意も。
全部…。
あたしに抱く感情は、全部……虚ろ。
きっと…いつか、さよならだって来る。
だいたい、あたし…クラウドに、甘えっぱなしだしな。
頼っていいって言っても、やっぱ限度があるし…。
だからこれ以上…深く、関わらないように…。
もう少しずつ…距離、考えてみよう…。
昨日だって…ただ…ちょっと、お散歩しただけ…。
「………。」
でも…つきつきと…胸が痛かった。
To be continued