ケット・シーを残し、脱出した古代種の神殿。
…とっても、不思議な光景だった。
少しずつ、少しずつ…。神殿はその姿を小さくしていく…。
そして最後には、ころん…と小さな小さな球となって転がった。
「これが…黒マテリア…」
神殿のあった場所にぽっかり空いた穴。
あたしは誰よりも早くその穴に飛び込み、そして黒マテリアの前までやってきた。
…真っ黒。まさに漆黒とでも言おうか。
見た目は小さな球だけど、でもそれには言い表せない何かを感じた気がした。
メテオを呼ぶ、恐ろしいマテリア。
あたしなんかじゃ呼べるはずもないけど、なんとなく触れるのをためらってしまう。
うん…出来れば、触りたいものではない…かな。
だけど、あたしは黒マテリアに手を伸ばした。
そのために一番に降りてきた。
…渡さない。渡しちゃいけない。
これは…あたしの望む未来のために、絶対に守らなきゃならないものだった。
「ナマエ」
その時、背中に声を聞いた。
黒マテリアを抱え振り向くと、穴に下りてきたクラウドとエアリスの姿があった。
ちなみに…ヴィンセントは穴の上から、こちらを覗いてる。
「どうしたんだ、そんなに急いで」
「ううん…」
尋ねてきたクラウドに何事もないように首と振る。
多分、すごく不自然な行動だったと思う。
でもクラウドにもエアリスにも特に追及をするような事はされなかった。
そうしていると、あたしが胸に抱いたそれをエアリスが覗きこんだ。
「真っ黒、だね?」
「うん…。そうだね。これが…星を壊しちゃうんだね」
「させないさ。これを俺達が持ってる限りセフィロスはメテオを使えない。ナマエ、俺が持つよ。それを持ってると狙われるかもしれない」
「あ、あの…クラウド」
「ん…?」
自分が持つと言ったクラウド。
だけどあたしは、ぎゅっと黒マテリアを抱く力を強めた。
「これ、あたしが持ってるよ」
「え?」
「皆は戦うでしょ?あたしはせめてこれを守るよ」
「…また、戦えないって気にしてるのか」
「えと…まあ、そんなとこ…かな」
上手い理由が見つからなかて、そのまま頷く。それを見たクラウドは大きな溜息をついた。
「…気にしなくていいって言ってるだろ」
「…あ、あはは」
笑って誤魔化すしか出来ない自分がもどかしい。
でも、クラウドには渡しちゃいけない…。
今のクラウドに渡すことは…セフィロスに渡してしまうことと等しい。
「これ、俺達は使えるのか?」
「ダメ、今は使えない。とっても大きな精神の力が必要なの」
クラウドの何気ない質問にエアリスは首を振った。
古代種たちが知恵を込めて隠した黒マテリア。
それだけでも十分に入手が困難ではあるけれど、手に入れたところで普通なら使う事は出来ない。
…そう、普通ならば。
「たくさんの精神エネルギーって事か?」
「そう、ね。ひとりの人間が持ってるような精神エネルギーじゃダメ。何処か特別な場所。星のエネルギーが豊富で…あっ!約束の地!!」
「約束の地だな!!いや、しかし…」
「セフィロスは、違う。古代種じゃない」
「約束の地は見つけられない筈だ」
ふたりは少し安堵したように、そう頷き合った。
確かにセフィロスは古代種じゃない。
だけど…、その安心は続かないと、あたしは知っている。
でも早くしないと…そろそろ、来る…。
あたしはぎゅっと黒マテリアを胸に抱き、ふたりを急かすように口を開いた。
「ねえ、ふたりとも…!」
「…が、私は見つけたのだ」
でもそれと、ほぼ同時に響いた。
背筋をぞくりと震わせる…冷たい声。
「私は古代種以上の存在なのだ」
ゆらり…現れた。
なびく銀の糸、黒いコート。
目の前に現れた彼は、酔いしれる様に…語る。
「ライフストリームの旅人となり古代の知識と知恵を手に入れた。古代種滅びし後の時代の知恵と知識も手に入れた。そして間もなく未来を創り出す」
くつくつ笑うセフィロス。
そんな彼を睨み、言い返したのはエアリスだった。
「そんな事、させない!未来はあなただけの物じゃない!」
「クックックッ……どうかな?さあ、目を覚ませ!」
セフィロスが呼びかける。
あたしは視線を彼に向けた。
金色の髪が、彼自身の手によって乱れていく。
「だ、黙れ!う……うるさ……い……」
頭を抱え、呻くのはクラウド。
クラウドの中のジェノバが…彼を人形に変えようとしてる。
壁画の前。妖しく笑うクラウドは…怖かった。
肩を震わせ、何かが憑いた様に笑う様…。
そうなった彼には…何をされるか、わからない…。
だけど、あたしはちゃんと知ってる…。
本当のクラウドが今、必死になって押さえてる事。
だめだよって、自分に叫んでる。
だから…怖がるな。
もう、迷わないって決めた。助けるって…決めた。
「さあ、クラウド……良い子だ」
「クラウド!セフィロスの声なんて聞かなくていい!自分の声をちゃんと聞いて!」
セフィロスの声をかき消すように、あたしはクラウドに叫んだ。
そんな声、聞かなくていい。
あたしの声と、今、まさに戦っているはずの本当の自分の声。
それだけに耳を傾けてくれるように。
「う……あ…ぁ…ナマエ…ぁ…」
ゆらゆらと、クラウドがこっちに近づいて来る。
狙っているのは、勿論…あたしが抱いている黒マテリアだ。
…叫ぶくらいじゃ、止められない。
だけど、どうしたってこれを渡すわけにはいかない。
あたしはキッと、視線を奴へと向けた。
「セフィロス、こんなの間違ってる…。黒マテリアもクラウドも…絶対、渡さない。クラウドは、貴方やジェノバの人形じゃない!」
そう睨んだ途端、重い通りに動くクラウドを見て覚えていたらしい笑みがフッ…と、あたしを捉えて、消えた。
「……ちっぽけな異端者が。貴様に何が出来る」
「………。」
「…目ざわりだ」
視線がぶつかりあう。
…なんて、強すぎる思念だと思う。
思わず逸らしたくなる。
目が合っているだけなのに、恐ろしく体が震える。
…異端者…。
やっぱりセフィロスは、あたしがこの世界の人間じゃない事に気がついてる。
あたしは確かにちっぽけで、なんの力もない。
だけど…それだけで諦めるわけにはいかない…。
「さあ、クラウド…。その娘から黒マテリアを…。私の元へ…」
「…うっ…あ…」
「っクラウド…!」
ゆっくりゆっくり、クラウドが近づいて来る。手を伸ばしてくる。
あたしは黒マテリアを抱いたまま、逃げる様に後ずさる。
『ナマエ!逃げて!!』
「っ…!?」
その時、声がした。
誰…?
誰か、わからない。
でも確かにあたしに逃げろと言った。
その声に、ふっと足が軽くなった。
ハッとして、あたしはクラウドに背を向け、ただ黒マテリアを守るように走り出そうとした。
「あっ…!」
「よこ、せ…」
だけどそれは叶わない。
逃げろと言われたのとほぼ同時。
その瞬間に、クラウドはあたしに手を伸ばしていた。
肩を掴まれ、そして…。
「っう…!」
ガンッ!!
凄い勢いで、背中を打った。
痛みに顔を歪め、瞼を開ければそこにあったのは金と青。
あたしは一瞬にして、クラウドに押し倒されていた。
「クラウド…!」
「…クロ、マテリア…」
「うぐっ…!」
首を押さえつけられた。
グッと、喉が締め付けられる。
人は首に手を当てられると、反射的にその相手を離そうとするように出来ているのだと昔聞いた事がある。
あたしも例外ではない。
つい、思わず…首に触れるクラウドの手をつかみ、黒マテリアを握る力が緩んでしまった。
「ナマエ!きゃっ!!」
「エ、ア…っ」
首を絞められるあたしを見て、エアリスがクラウドにしがみついた。
だけど今のクラウドは容赦ない。
エアリスはいとも簡単に、クラウドの腕に突き飛ばされた。
「…ク…ラ……」
息が苦しいよ…。
視界が虚ろになっていく…。
わかるのは…綺麗な金と、ふたつの青。
クラウド…なに、見てるの…?
その目に、映ってる…?どう、映ってるの…?
自分でも何を考えてるのかよくわからない。
でも…あまりに強く締め付けるから…。
今、この人にあたしの姿は見えているのか…なんて、そんなことを思った。
でも、その時…ふっと…首が軽くなった。
「がっ…はっ…けほっ!!」
「ナマエ…落ち着いて息を吸え」
落ちてきた、静かな低い声。
目の端に揺れたのは、深紅の…マント。
「ヴィ…ンセ…っけほ!けほっ!」
「落ち着け…」
背中をさすってくれるヴィンセントの手。
見れば、クラウドとの距離が出来ている。
どうやらヴィンセントがクラウドを突き飛ばしてくれたみたいだった。
だけど、その時見えた。
あたしの手から転がり落ちた黒マテリアを、クラウドが拾い上げる姿。
そして、ゆっくりセフィロスに差し出す…。
「っ、だめ…!」
落ち着いてなんかいられない。
あたしはヴィンセントの元を離れ、急いでクラウドに向かって走った。
だけど…。
「御苦労」
手を伸ばした瞬間、まるで風のように…セフィロスの姿は消えた。
残されたのは…あたしとエアリスとヴィンセント。
そして…心の壊れかけた、クラウド…。
持って行かれた…。間に合わなかった…。
何も出来なかったあたしは、へた…と足の力が抜けて、その場に座り込んだ。
「クラウド、大丈夫?」
消えたセフィロスの傍…、そこに茫然と立ちすくむクラウド。
そんなクラウドに声を掛けたのはエアリス。
エアリスの声を聞いたクラウドは、ゆっくり己の手のひらを見つめた。
「……俺はセフィロスに黒マテリアを……?」
そう呟くと、今度はあたしに視線が向く。
多分、首筋…。あたしの首筋を見つめ、そして表情を酷く歪めた。
「…ナマエの首を…締めた…?」
クラウドの手が震え始める。
ガタガタと震えながら、クラウドは傍らに立ったエアリスに振り向いた。
「お、俺は何をしたんだ……エアリス、教えてくれ」
「クラウド……しっかり、ね?」
「ウヘヘヘヘ……俺は何をした!」
「クラウド……貴方、何もしていない。貴方のせいじゃない」
「俺は!俺はーーーッ!」
クラウドが叫ぶ。
そして…エアリスを突き飛ばし、錯乱のまま、彼女に拳を叩く…。
「クラウド…っやめて!やめて!!」
あたしがしがみ付いて、ヴィンセントが引き離して…。
その時ちょうどやって来たケット・シー2号機が、皆に通信を入れてくれた。
「真っ白だ……。俺は何をした?覚えていない…。記憶…いつからなのか…?すべてが夢なら覚めないでくれ」
そのクラウドの呟いた願いに対し…。
現実は、酷く残酷だった。
To be continued