部屋に設置されていたベッド。
あたしはそこに横たわり、静かに眠りについた。
目が覚めたら、自分の部屋であることを祈りながら。
実験なんて…サンプルなんて…、きっと悪い夢なんだって願いながら。
「……おんなじ、か…」
でも実際に目が覚めた時、そんな一縷の望みは…あっけなく崩れたのだけれど。
「朝食だ」
目が覚めてしばらくすると、カチャリと扉が開いて誰かが入って来た。
男の人だ。でも顔はよくわからない。
だってマスクに隠れてしまっているから。
でもあたしの意識は彼の顔より、その格好の方に向いていた。
そう。顔より、そのマスクの方がよっぽど重要だった。
青を基調とした服装…。
目元を隠すようなマスク…。
この格好も…連想させるのは、やっぱりゲームの世界だった。
神羅…、神羅兵の格好だ。
手にトレイを持ったその人は、あたしの前までやってくるとそのトレイを置いた。
トレイの上にはパンとスープ。そして水があった。
こんな調子で昨晩も夕食を運んできてくれた。声からして、たぶん同じ人。
「……。」
神羅兵らしき人は、朝食を置くとすぐに出ていった。
カチャン…と鍵のかかる音を聞いた。
あたしは目の前に置かれたトレイを見つめた。
でもあたしは口をつけることは無かった。
夕食も、今目の前にある朝食も。
大袈裟、かな。
でも口に出来ない。
だって、何も入っていない保障なんてないから。
コテン…と、壁にもたれかかって瞳を閉じた。
そう言えば…ここがあの世界だって言うなら時期はいつなんだろう。
神羅があるって事は…本編?
それともCC?もっともっと前だろうか。
どうせならクラウド達のところが良かったな…なんて。
少しだけ、薄く笑った。
だって、これって一番最悪な展開じゃないだろうか。
よりによって神羅のサンプルだなんて…。
そんなことをずっとずーっと考えて、何時間経ったのだろう。
時計が無いからわからないけど、でも凄く長い時間。
何もすることがない暇なこの空間でよく耐えられたなって感心しちゃう。
それは、何をされるのかわからないという張りつめた空気のせいなのかもしれない。
だから再び、カチャン…と鍵が鳴った時、びくりと肩が震えた。
「あ…、」
でも、開いた扉の向こうに真っ先に見えた人物にあたしはつい声を漏らし、そして目を見開いた。
目が合うとその人物、彼女は優しい微笑みを浮かべた。
綺麗な綺麗な、花の様あたたかい空気感。
……エア、リス…!?
胸の奥が強く波打ったのを感じた。
「私、エアリス。ねえ、貴女は?」
神羅兵に連れられ、この部屋に閉じ込められたピンクの似合う彼女。
栗色の柔らかい髪を揺らし、愛想よく声を掛けてくれた。
わあ…やっぱりエアリスだ。本物、だ…。
「あ、…ナマエ、です」
あたしは少し緊張しながらも、ぺこっと頭を下げて名乗り返した。
「そっか。よろしくね、ナマエ!」
ふわり、とまた綺麗に微笑んだ彼女。
あたしはそんな彼女にちょっと、見惚れてた。
ピンクのリボンとワンピース。
エメラルドの瞳に、栗色のツイストの髪。
うわあ…、本当に本当にエアリスだ…。可愛い…。
ちょっと呑気な事考えてるな、と思った。
でもエアリスの登場は、あたしの心には大きな救いだった。
あたしは彼女を絶対的な味方だと知っているからか。
大好きなキャラクターに逢えたという嬉しさか。
よく、わからないけど…なんとなく、不安が和らいだような気がした。
「ナマエ。ナマエはどうしてここにいるの?」
「どうして?」
「だって…こんな部屋に閉じ込められてる」
「それは…、」
「うん…、まあ、私も同じ、なんだけどね」
気さくに話しかけてくれたエアリス。
でも、そんな彼女は少し…寂しそうだった。
「あたしは…、よく覚えてないけど…街で倒れちゃったみたいで。気がついたら此処に連れて来られてたの」
「倒れた?具合、悪いの?」
「ううん。そんなことない。今は平気」
「なら、いいんだけど」
「でもなんだか、実験体にされそう、なんだよね。博士に興味深いとか言われちゃって…。そんな心当たり、全然ないんだけどな…」
「そう…。でも街って、何番街?ナマエ、ミッドガルに住んでるの?」
「あ…、えっと…」
どうしよう…と思った。
だってミッドガルになんか住んでない。
でも言えない。言えるわけがない。
戸惑っているあたしを見て、エアリスはまた微笑んだ。
そして首を振ってくれた。
「ふむふむ。まあ、なにか事情、あるなら…無理には聞かない」
「あ、あはは…。えっと…その、ミッドガルでは…ないんだけど…ね」
「ミッドガルの、外?」
「えっと、うん。そんなところ、かな」
「ふうん。そうなんだー」
「でも…どうやって帰ればいいのか、わかんないや」
苦笑いして、俯いた。
そうだ…あたし、どうやって帰ればいいんだろう。
それより、ここからどうやって逃げれば…。
「……あ」
「ナマエ?」
そんな風に考えていると、ふと…思う事があった。
顔を上げたあたしを見てエアリスは首を傾けた。
そう言えば…エアリスが此処にいるという事は、今の時間は…。
エアリスは幼い頃、神羅の研究施設に母親と捕らえられていた。
その現状から必死で逃げだして、でもその途中、駅のホームでエアリスの母親は亡くなった。
そのあとエアリスはその時助けてくれた女性の養子となり、その間はずっと捕まることなく過ごしていたはずだ…。
なんだか…あれだけ熱中した知識が思わぬところで役に立ってる。
こんな日がこようとは夢にも思わなかったなあ…。
でも…ともかく、この推理があたっているのなら。
今、此処に彼女がいるという事は…この時期はもしかしたら…。
その確信を得るために、あたしはエアリスに問いかけた。
「あの、エアリスは?エアリスはどうして…」
「あ、うん。私はちょっと訳ありでね、神羅に追われてるの。ずーっと逃げ切れてたんだけど、捕まっちゃった。優秀なボディーガード、頼んでたんだけどな」
「ボディー…ガード」
えへへ、と笑うエアリス。
あたしは今の会話で確信を得た。
これは多分…ビンゴだ。
ずっと逃げ切ってた。
そして、ボディーガード…これはクラウドのことだ。
だから今はきっと…FF7の、本編の時間。
「でもボディーガードとか、なんだか凄いね」
「ふふふ。でしょう?依頼料、高かったんだから」
「そうなの?」
「うん。デート一回!」
「…あははっ、本当だ」
依頼料はデート一回。
この表現をエアリスから聞けるなんて。
この世界に来て、まだ一夜明かしただけ。
でもなんだか久しぶりに笑った様な感覚だった。
「じゃあ大丈夫だよ。そのボディーガードさんがきっと助けに来てくれるよ」
それは事実。
知っていたから言えた。
エアリスはコクン、と頷いた。
「うん。私もそう思う。きっと、助けに来てくれる」
「そうだよ、きっと。いいな、そんな優秀なボディーガードがついてて」
くす、と笑う。
するとエアリスは、そんなあたしのことをじっと見つめてきた。
え…、っと?
あまりにまじまじ見られて困惑した。
「あ、の…エアリス?」
「じゃあ、ナマエも一緒に逃げよう?」
「え?」
「彼、クラウドって言うんだけど、クラウドが助けに来てくれたら一緒に。ね?」
「あたし、も?」
「そう。そしたらきっと帰れるよ。ナマエの家に!」
ぎゅう、とエアリスはあたしの手を優しく両手で包んでくれた。
「ね!」
「……うん…、そうだといいな」
そう言ってくれたエアリスの手は、とてもとてもあたたかかった。
To be continued