握られた手。
優しく注ぐ青い視線。
優しく、そっと動いた唇。
その瞬間、辺りを支配するように…響き渡った。
ひゅー…………どんっ!!!
「あ…」
「………。」
思わず目を奪われた。
それは、今夜一番の…大きく色鮮やかな、光の花だった。
「……。」
「あ…、クラウ…ド…?」
ふいに、す…と放された手。
視線を彼に戻せば、クラウドは後退してストン…と向かいの椅子に座った。
そして何か悩まし気に両手で顔を覆う。
かと思えば、顔をあげて、ちらっとこっちを見てくる。
…一言でいえば、落ち着きがない…。
「…聞こえた、か…?」
「え…?」
そして尋ねられる。
控え目に、恐る恐る。
あたしはこてん…と首を傾けた。
「…なに、を…?」
「え…、あ、いや…」
「…うん…?」
「…そうか、い、いいんだ。大したことじゃない。聞こえなかったなら…それで」
「………。」
「……花火、凄かったな」
「…うん。そうだね」
クラウドはまた、窓の外に視線をやった。
あたしはその横顔を、ただ…眺めてた。
《……あんたの事が、―――》
握られた手と、3文字の言葉。
…花火の音に消されて、本当によく…聞こえなかった。
でも…口の動きは、見えた。
前後の言葉を考えると…その、答えは…。
「………。」
…そんなわけ、ない…。
そんなの、あるわけない…。
そもそも…聞こえてないよ…。
クラウドも…そう思ってる。
あたしも…何も知らない。
それが本当で…事実。
っていうか、あたし何…考えてるのかな。
だって…あるはずない。
…ううん、絶対…抱くはずなんて、ないものだよ…。
うん…あたし馬鹿だ。
だって、絶対にないもの。
あたしは、この世界にあるはずないものなのだから。
万一…そうだとしても。
聞いたって…、誰も…幸せにはならない。
…必要以上に、引っ掻き回しちゃいけない…。
って、本当…そんな風に想われてるなんて…無いんだから…。
考えるだけ、不毛なことだって。
大切な、仲間…。
それ以上でも、それ以下でも…。
あるわけ、ない…。
あたし、本当、馬鹿…。
本当に、こんなの、ただの自惚れだよ。
「…ナマエ」
「うん?」
すると、窓の外を見つめたまま、クラウドは口を開いた。
クラウドは、少しほっとしたような顔をしてたように思う。
さっきの言葉をもう一度言う事は無く、ただ…言葉を掛けてくれた。
「…報酬、何もいらないから」
「え…、でも…」
「…何も、いらない…。だって、仲間だから助けるんだ。雇われてるからじゃない…。俺がしたいから、ナマエを助ける。俺が…守りたいから守ってる」
「…クラウド…」
「だから…変に遠慮することもいらない。悩み事も、言えないならいい…。けど、もし言える時が来たり、ひとりじゃどうしようもなくなって、助けが欲しくなったら…」
「………。」
「ちゃんと言え。それだけ覚えててくれれば、それでいい」
不器用で、でも優しい声。
…クラウドは、本当に優しい人だね。
「……うん」
あたしは小さく頷いた。
…クラウドが仲間だって言ってくれて、凄く嬉しい。
あたしも…仲間のために、出来る事したい。
仲間が悲しむこと、いなくなることなんて…阻止したい。
だから…頑張ろう。
まずは…セフィロスに黒マテリアを渡さない…。
今は、それだけを考える。
そうすれば、メテオは発動しない。
エアリスは忘らるる都に行かない…。
そうしたら貴方の、これから抱く…不安な事。
…クラウドの、自分自身への不安を取り除く事…考えよう。
クラウドの手は…とてもあたたかくて…体温を感じて、生きている、ここにいると実感した気がした。
ごとんごとん…と穏やかに揺れる。
もうすぐ、ゴンドラでの一時は終わりを迎えようとしていた。
「結構楽しかったね」
「ああ」
一周してきたゴンドラ。
降りると結構な時間になっていた。
ゴンドラで最後にしようって話してたわけだし、当たり前と言えば当たり前なのだけど。
でも、あたしはちゃんと覚えてた。
まだ…夜は終わらない。
もうひとつ、重大なイベントが残ってる。
「おい、ナマエ…あれ」
戻ってきた分岐点。
ホテルに戻ろうとしたクラウドが、そこで一度目を細めた。
それは怪訝そうな顔。
あたしは確信しつつ、彼のその視線を追う。
「…ケット・シー、だね」
…勿論、そこにはあの黒猫の姿があった。
こんな夜中にひとりで何をしているのか。
クラウドは特に深くも考えず、そんなことを思っていただろう。
でも、そんな彼の表情も…ケット・シーが手に持っていた玉に気がついた瞬間、その色を変えた。
「あれは…!」
小さな手に光る、不思議な色の玉。
それはクラウドがここの園長から譲り受けた古代種の神殿の鍵…キーストーン。
そんなものを何故ケット・シーが持っているのか。
クラウドはその小さな背中に慌てて声を掛けた。
「おい!ケット・シー!!」
「…!!!」
その声を聞いた途端、ケット・シーはビクッと跳ねあがり、そのまま凄い勢いで逃走していった。
その瞬間、クラウドは事の重大さに気がついたようだった。
「まさか…あいつ…!ナマエ!追うぞ!」
「…うん!」
駈け出したクラウドに頷き、あたしたちは逃げていくケット・シーを追いかけた。
ゴールドソーサー中の、大がかりな鬼ごっこ。
でもこの鬼ごっこは結果、あたしたちの負けという形で終わる事…あたしは知っている。
というより、ケット・シーがキーストーンを盗むところから知っていた。
だけど、此処は言わない。
…だってこうしないと、きっとクラウド達は古代種の神殿に辿りつけない。
着けるとしても、余計な時間を浪費するだけ。
遅くなったしわ寄せが、どこに影響してくるかはわからない。
キーストーンが神羅に渡るのは…きっと必須。
「ほら!これや!キーストーンや!」
チョコボスクェアにある大きなの階段。
そこにはケット・シーを待つかのように、神羅のエンブレムが描かれたヘリ待ち構えていた。
ヘリに向かってケット・シーはキーストーンを投げる。
それをキャッチしたのはタークスのツォン。
「ご苦労様です」
ツォンは、ケット・シーに一言そう言うと、ヘリを飛ばし早々と去って行った。
残っているのは立ちつくすデブモーグリの上に座る黒猫だけ。
クラウドは駆け寄り、デブモーグリの肩を掴むと強く睨みつけた。
「ケット・シー…!」
「ちょちょ、ちょっと待って〜や。逃げも隠れもしませんから」
降参するように両手を上げたケット・シー。
そんなふたりの元に、あたしも階段をゆっくり下りて歩み寄った。
「確かにボクは、スパイしてました。神羅のまわしモンです」
あっさりした白状。
まあ…ここまで来て言い逃れも出来ないだろうけど…。
相変わらず強い目付きのクラウドに対し、ケット・シーじゃ首を振った。
「しゃあないんです。済んでしもた事はどないしょうもあらへん。な〜んもなかったようにしませんか?」
「図々しいぞ、ケット・シー!スパイだとわかってて一緒にいられるわけないだろ!」
そう。クラウド達から見れば一緒にいられるわけがない。至極最もだ。
だけど、クラウドは…頷かざるを得なくなる。
「ほな、どないするんですか?ボクを壊すんですか?そんなんしても無駄ですよ。この身体、元々玩具やから。本体はミッドガルの神羅本社におるんですわ。そっから、この猫の玩具操っとるわけなんです」
「それならお前は誰なんだ」
「おっと、名前は教えられへん」
「…話にならないな」
「な? そうやろ?話なんてどうでもええからこのまま旅、続けませんか?」
「ふざけるな!」
怒鳴るクラウドにケット・シーはやれやれを言うように肩をすくめた。
この時、リーブは何を思っていたんだろう。
遠くからケット・シーを操る彼は…。
スパイだとバレて、少しは心を痛めたのかな?
「…ナマエさん、なんやボク…貴女にじっと見られんの、苦手やなあ…」
「え…?」
「色んな事、見透かされてるように感じんのや」
「………。」
ケット・シーを通して、遠くにいる彼の事を考えていると、ケット・シーは少し目を伏せた。
見透かしている…か。
そんな目で見たつもり、無かったけど…。
もしかしたら、無意識に見ていたのかもしれない。
最後にはちゃんと仲間として戦ってくれるケット・シー。
あたしはそれを知っている。
「……確かにボクは神羅の社員や。それでも、完全に皆さんの敵っちゅう訳でもないんですよ」
だから、今この時、彼がクラウド達を裏切った事に…何も感じていないわけではないこと。
この言葉がきっと真実だってことも、ちゃんと知っていた。
「……ど〜も、気になるんや。みなさんのその、生き方っちゅうか?誰か給料はろてくれる訳やないし、だぁれも、褒めてくれへん。そやのに、命賭けて旅しとる。そんなん見とるとなぁ…自分の人生、考えてまうんや。何や、このまま終わってしもたらアカンのとちゃうかってな」
そうはいってもクラウド達にとっては今目の前の事だけが現実。
その言葉の真偽などわかるはずもない。
自分たちを油断させるための嘘、そう捉える方が当然だ。
「正体は明かさない。スパイは辞めない。そんな奴と一緒に旅なんて出来ないからな。冗談はやめてくれ」
「…まぁそうやろなぁ。話し合いにもならんわな。ま、こうなんのとちゃうかと思て準備だけはしといたんですわ。これ、聞いてもらいましょか」
ケット・シーが取りだしたのは小型通信機。
スイッチを押せば、ノイズの向こうに可愛いらしい声が聞こえてきた。
『父ちゃん!ティファ!』
幼い女の子の声。
それを聞いたクラウドは目を細め、思い当る少女の名前を口にした。
「…マリン?」
『あ!クラウドの声だ!クラウド!あ…』
ぷつん、そこで通信は切られた。
それを聞いたクラウドは事を察し、低く吐き捨てた。
「…最低だ」
「そりゃ、ボクかってこんな事やりたない。人質とか卑劣なやり方は…」
ケット・シーは俯く。
その黒猫の姿は、クラウドには嘘に見えているだろうか?
「まぁ、こう言う訳なんですわ。話し合いの余地はないですな。今まで通り、仲ようして下さい。明日は古代種の神殿でしたな? 場所知ってますから後で、教えますわ。神羅の後になりますけど、まぁ、そんくらいは我慢して下さいな」
ケット・シーは顔を上げると、そう言い残してあたしたちの横を過ぎ、先にホテルへと戻って行った。
残されたクラウドとあたしには、静かさが残る。
クラウドは痛みを押さえる様に、頭を抱えた。
「…さっきの、バレットの娘なんだ」
「…うん。知ってるよ。マリンだね」
「ああ……仕方ないな。言う通りにしよう。バレットと皆に、説明しないとだ…」
「…うん」
この先にある未来のために、何も言わなかった。
ちゃんと皆の事を考えてるし、結果を見てこれで良い。
そう思うしわかってるけど…でも。
クラウドは悔しそうな顔をする。
それを見たら…、申し訳ない気持ちになった。
To be continued