Grip | ナノ



「うわあ…綺麗…」





色とりどりのライト。
駆け抜けるチョコボに、きらめくコース。

そして…鮮やかに咲き誇る、大きな花火。

静かに揺れるゴンドラからは、その夜景のすべてが見渡せた。





「花火、綺麗だね…クラウド」

「ああ…そうだな」





一緒に小窓を眺めるのは、金髪で青目の彼。

クラウドと一緒にゴールドソーサーのゴンドラを堪能か…。
ああ、なんとも贅沢な話だなあ…。

なんだか可笑しくて、自分の中だけで少し笑った。





「…ナマエ」

「うん?」





名前を呼ばれて窓から視線を外す。
クラウドはまっすぐにあたしを見ていた。

何だか少し真剣な雰囲気。
例の、話を始めるつもりなのだろうか。

なんの話か見当はつかない。
だけどきちんと、あたしは彼に向き直った。





「なに、クラウド?」

「…何に悩んでるんだ?」

「えっ…?」





それは、突拍子もない質問だった。
でも少し…どきりとしたのは、それが図星だったからだろうか。





「な、なに、急に…?」

「…すまない。でも、急じゃない」

「え…」

「いつも…なんでもないって笑う。けど…あんた、ずっと何かに悩んでるよな…?」

「……。」





また、どきりとした。

視線がまっすぐで、上手にかわせない。
それは見事に的を得ていた。

そんなこと…わざわざ聞いてくれるなんて思わなかった。

少し…雰囲気に酔ったみたい。
あたしは小さく笑うと、そっと頷いた。





「あはは…ばれちゃってるか」

「ああ…」

「…そっか。うん…そうだね…、悩んでる…かな」





なんだか口が自然と動く。

勿論全部を話すつもりはないけれど…。
でもなんだか少しだけ…吐きだしたくなった。

もしかしたらクラウドは、これを聞くために誘ってくれたのかなって、そんな風にも思ったからかもしれない。





「…それは、俺には…俺たちには言えないことなのか?」

「うん…。言えない」

「…即答なんだな」

「…うん」

「そうか…。…なら、無理には聞かない…。さっきナマエ、ティファに言ってただろ?俺も思う。言いたくない事は…誰にでもあるだろうから、な」

「…クラウド」





言いたくない、わけじゃない…。
でも言うわけにはいかない。

未来のことなんて、言って良いはずがない。

明日になったら…あたしたちは古代種の神殿に向かう。
そこからは…この物語が大きく動き出す事になる。

クラウドが、自分という存在に疑問を覚えて…。
究極の攻撃魔法を宿した黒マテリアが動き始める。

そして…忘らるる都での悲劇が起こる…。

その悲劇を、あたしは見たくないと考える様になった。
日々を過ごして、皆と言葉を交わして…その気持ちは膨らんだ。

でも…未来を変える事なんて、していいのか…。
その気持ちが…足を滞らせた。

だって…此処に来るまで、いくつのも戦いを見た。
そう…人の血を、傷を、…死を…。





「人の死を…たくさん見たよ」

「え?」

「神羅ビル…、運搬船、此処ゴールドソーサーでも…沢山、人が死んでしまったね…」

「…ああ」

「全部、凄く怖かった。全然知らない人だけど…、でも、悲しいね…」





あたしは…有難い事に、死と隣り合わせみたいな経験をしたことがなかった。
安心して、命の危機感なんて持たずに…暮らしてきた。

だけど人の傷つく姿が…こんなにも近くにあって、近くなって…。

もし未来が変わって、メテオが落ちてきたら…。

世界中の人が、ああなるかもしれない。
今傍にいてくれる皆も…みんな、死んじゃう。

あたしが何かして、何かが変わって、それがどう転んでいくのか…その時になるまでわからないから…。

でも…あたしはやっぱり知っているのだ。
忘らるる都で起こる出来事…。

あたしの大切な友達に降りかかる事…。
大切な仲間達に、深い傷を残す事…。

だから…やっぱり…変えたいと思う気持ちが強かった。





「詳しいことはわからない…。ただ、俺が言いたいのは…」

「うん…?」

「もう少し…俺に、俺たちに寄りかかってくれてもいいって事だ」

「え…?」





クラウドは少し迷ってるように見えた。
ふと、考える様に間を空けて…言葉を探して、選んでくれていた。

それは凄く伝わった。

だけど、そうして探してくれた言葉に、あたしはきょとんとした。





「寄り、かかる…?」





聞き返すとクラウドは頷く。
そしてまた、言葉を探しては掛けてくれた。





「…遠慮、してるだろ」

「え…?」

「迷惑を掛けないように、頼らないように。そう、過剰に思ってる」

「過剰って…、迷惑掛けないようには…普通の事じゃない?」

「ああ、でも、あんたは気にしすぎだ」

「そんなこと…」





そんなこと、無いよ。
そう言いたかったのに…何故か気持ちはしぼんでいった。

頼らない…頼り過ぎちゃいけない…。

そう思った事があるのは…きっと事実だから。

未来のことなんて、話せない。
そんなこと相談できない。

それに…あたしは、この世界の人間じゃないから…。
心を許して踏み込んだら、抜け出せなくなりそうで…。





「言いたくないことなら、さっきも言った通り、無理には聞かない。でも、もっと寄りかかってもいい。ひとりでどうしようもない事なら、ひとりで抱えなくていい。迷惑だなんて思わない。いや、掛けていいんだ。俺たちはそう思ってるから…それだけはわかってて欲しいんだ」

「…………。」





胸が、痛くなった。
クラウドの声と言葉は…優しくて、あたたかくて。…だけど、辛い。

嬉しくて、痛い…。

思わず俯いてしまった。

ねえ…クラウド、あたしは…。





「…ごめん。あたし…確かに、クラウドに…クラウド達に秘密にしてる事、あるよ」

「…うん」

「たくさん…ある。でも、やっぱ言えないや…」





零した言葉は本当に本音。

もし、此処で言ってしまったら…どうなるのだろう。

クラウドはエアリスを全力で助けてくれる。
ナナキの不安も、ティファの不安も、全部取り除ける。

クラウドは…本当の自分を、取り戻せるのかな…?

ううん…。
今…本当の自分を知ったら、クラウドは受け止めきれないかもしれない。

ましてや皆は世界の命運を握るような存在だ。
ジェノバ、古代種、メテオ、ホーリー…。

セフィロスは倒せなくて…メテオが星を壊すかもしれない。

積み重ねた時間が未来を作る。
だから、なにかを変えたら…全てを破壊するかもしれない。

それが…あたしは凄く怖い…。
自分の行動ひとつで、何もかも壊してしまうかもって考えたら…怖いよ。

でも、エアリスを助けたい…。
クラウドが自分を責め続けるような未来…なんとかしてあげたい。





「…ナマエ…」

「ごめん…ごめんね…、信頼してないわけじゃないんだよ…。クラウドの事、皆の事、大切に思ってる。だけど…だから、」

「ナマエ…悪い、追い詰めてるわけじゃないんだ」

「…えっ…?」

「だから…そんなに辛そうな顔しないでくれ…」





そう言ってくれたクラウドも、辛そうな顔に見えた。
…なんで、クラウドまでそんな顔…。

でも、あたしもクラウドのそんな顔、見たくないのに…。

クラウドが、皆の事が…本当に大切だから。
ゲームじゃなくて、此処にいて、話して、笑って…だから。

だから…素直な気持ちは…やっぱり助けたい…。





「ねえ…クラウドは皆が好き?」

「えっ…?」





それは、唐突に尋ねた質問。
視線を窓からずらしてみると、クラウドはきょとんとした顔してた。

…でも、あたしは彼に、ちゃんと聞いてみたいとどこかで思ってた。





「ティファにバレット、エアリスにナナキ、ユフィ、ケット・シー、ヴィンセント、シド。皆の事、大切に思う?」





ごとごと揺れる、静かなゴンドラ。

…きっと、あたしも、ゆっくり話したかったんだ。
だからクラウドが誘ってくれて良かったと、今更ながら思った。





「…そう、だな。皆、大事な仲間だと思ってる」

「…そっか。…そうだよね」





唐突にも関わらず、クラウドはきちんと答えてくれた。
そしてその答えは期待通りのものだった。

じゃあ何故、こんな質問をしたのか。

それはあたし自身を後押しさせるためだった。





「なあ、…でも足りない」

「え?」

「…あんた自身。入れ忘れてる」

「………。」





大切な皆の中に、自分を入れなかった事。
クラウドに言われて初めて気がついた。





「…ナマエも含めて、だから…な」

「…そっか」





律儀というか…優しいというか…。
わざわざそう言ってくれたクラウド。

でも彼は視線を窓の外にやっていた。

今更照れ隠ししてるみたい。

それが何だか少し可笑しかった。





「クラウド、ゴンガガで言ってたもんね。俺は皆を信じるよ…って」

「そんなことも…あったけな」

「あはは、本当はちゃんと覚えてるんでしょ?」





未来の事、一杯悩んで、考えた。

未来を変えたら…何が起こるか分からない。
セフィロスの事、止められなくなるかも…とか考えた。

でも…もっともっと、スムーズに事が進める事だって出来るかもしれない。
そう…ちょっとずつ、ちょっとずつ、あたしの頭では未来をもっと良い形に持っていく想像と、それを肯定する考え方を探すようになっていた。

エアリスが生きていて…誰が困る?
クラウドだって、あんなにも辛い形で自分を見失わないかもしれない。

そもそも、メテオを発動させなければ…。

だからこそさっき…ナナキやティファに、悩む事ないと諭す事が出来たのかもしれない。

そして、それを決定づける後押しに…クラウドの気持ちを知りたかった。

……誰かの為になる未来なら。
クラウドが望むのなら…。





「いきなり変なこと聞いてごめんね」

「いや…別に構わないが。今の…何か役に立ったのか?」

「うん。すっごく」





クラウドが大切な皆。
あたしが大切な皆。

あたしも…その中にいるんだって、ちゃんと教えてくれた。





「クラウド…、やっぱり…話す事は出来ない…。でも、あたしは…皆の事、本当に大切だよ…。あたしも、それだけは知ってて欲しいな」

「…ナマエ…?」

「…それは絶対、嘘じゃないから…」

「…うん。わかってる。大丈夫だ、信じてるよ」




クラウドは優しく頷いてくれた。
その顔を見ると、なんだか凄くホッとする。





「…ありがとう」





だからあたしも、頷き返した。

要は…星を守れればいい。
みんなが無事でいてくれればいい…。

なら、そうしよう。

セフィロスに黒マテリアは渡さない。
そうすれば、エアリスは忘らるる都にはいかない…。
メテオも使えない…。

未来は変わるけど…、もっと良い未来になると…信じればいい。

なんだか少し、楽になった。
頬が緩んでクラウドにそっと…小さく小さく笑って見せた。





「悩み…解決したのか?」

「うん…。そうかも。少なくとも、少し…気は楽になったよ」

「そうか…」





笑うあたしに、クラウドは頷いた。

大事だ、皆のことが。
それは、どうあっても嘘じゃない。

助けたいって、本当に思うよ。





「クラウド…これからきっと、また大変なこと…一杯あるかもしれないけど」

「うん…?」

「…信じてね。皆と、自分の事も…」

「…ああ」





仲間と、自分の事…。
そう、クラウドは…ちゃんと自分を信じて良いのだから。

クラウドは、自分の存在を…ちゃんと信じて良い。

今のところ…伝えられるのはこれくらいだろう。

伝えられることは伝えられ、あたしは胸の中が少しスッとしたのを感じてた。

窓の外には、花火が美しく咲く。
その光も、なんだか心から楽しめているような気がした。





「…ナマエ」





そんな時、クラウドが席を立ちあがった。

まだゴンドラの時間は残ってる。降りるにはまだまだ早い。
どうしたんだろうと見上げれば、クラウドはあたしの前まで来て膝まついた。

そして、手を握られた。





「クラウ、ド…?」





じっと見つめられてる。
あまりにじっと見つめられて、心臓が波打つのを感じた。





「楽になったなら良かった。ナマエが大丈夫なら、それで…。でも、」

「でも…?」

「でも…もし、本当に助けが欲しい時は、迷わず助けを求めてくれ。ナマエがそう言ってくれれば…俺は」

「……クラウド…?」





ぎゅっと握られた手が更に強く包まれた。





「何を振り払ってでも…俺は全力で、あんたのことを助けるから…」





優しくて、嬉しくて、心強い言葉。
でもそれを聞いた時、あたしは一瞬、息詰まりを感じた。

そんなの、ありえるわけがない。
そうだ。そんなの、ありえないよ。

…あっちゃ、いけない…。

ううん。
こんなの自惚れだ…。

でも、続きを聞くことに、臆する気持ちが生まれた。
だから、逸らそうとした。





「あ、あはは、クラウドって、本当に律儀」

「え…」

「ボディーガード、サービス満点だね」

「…違う」





目の前の金糸がゆっくり揺れた。
クラウドは首を振る。横に、否定するように。

そして後ろ頭をゆっくり掻いた。





「慣れてないんだ…」

「え…?」

「こういうの、慣れてない…。どう言えば、ちゃんとナマエに伝わるんだろうな…」

「え、あの…」





少し、迷ってる。
どういうべきか、何を言うべきか…。

口にする、べきなのか。

でもクラウドは覚悟を決めたように、ゆっくりあたしを見据えた。






「…ボディーガードなんて関係ない。いや、もうそんなものどうでもいい」

「え…でも、それじゃ…」

「報酬もいらない。なにも、対価なんかいらない…。俺が、守りたいから守るだけだ」

「クラ、」





クラウドは何を言うつもなのだろう…?
なに…そんな真剣な顔、してるの…?

どうしよう…どうすれば、いいんだろう…。
頭の中で、あたしが必死に探してた。





「ナマエ…俺は、」

「……クラウド、あの…」





クラウドの唇の動きが、やけに鮮明に見える。





「……あんたの事が、」



To be continued


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