Grip | ナノ



「わあ、おいしい」

「でっしょー?ここのデザートは最高なんだよね!」





夕食の後の小さな至福。

目の前にあるのは甘いモノ。
そっと掬ってひとくち食べれば、思わず顔が綻んだ。

そんなあたしの反応を見て、満足そうにユフィは笑う。





「料理も美味しいし、雰囲気もいいね。あたし、ウータイ好きだな。なんかちょっと落ち着く」

「ふーん。ま、そう言われると悪い気はしないもんだね」





ユフィは少し、嬉しそうに笑った。

穏やかな水の音。
カコーン…と鳴るのは、ししおどし。

古風な宿での静かなひととき。

ユフィのマテリア騒動が一段落したのち、あたしたちはウータイでの宿泊を決めた。

ああ、なんだか本当に穏やかだ。
デザートの甘さに頬を緩めながら、あたしは今の雰囲気を存分に満喫していた。





「ふふ…、ナマエってば幸せそうな顔してる」

「え、そう?」

「うん。それ、気にいった?」





そんなに顔に出ていただろうか。

今度、エアリスはあたしを見て笑う。
クス…と、綺麗に、楽しそうに。

それは見慣れた笑顔だった。

ああ…あたしは、これを見慣れたと感じるほどに彼女達と時間を共にしたのか。

なんとなく、今更すぎるようなこと。
でもふと…今、あたしは彼女の笑顔にそんなことを考えた。





「だけど気持ち、わかる。本当、美味しいね、これ」

「うん。いくらでも食べられそう」

「太っちゃうよ?」

「う…。それは言っちゃいけないよ…」

「ふふふっ」





そんなことを思ったからかな。
今日はやけに、エアリスの笑顔が目について、耳に残る。

いや…、違う。
本当は理由なんてわかってた。

でも、考えたくなかった。
だからあたしも笑ってみたりして。

だけど…少しずつ、ゆっくり影が近づいて来る。

もう…そろそろ、逸らせないところまできてること。

ちゃんと…気がついていた。











「こんな時間に何してるんだ」

「あれ、クラウド?」





気掛かりなことがあると、人は眠れなくなるものだ。

そっと布団を抜け出して、亀道楽の前にある橋のところまでやってくる。
手すりに手を掛け、流れる川に映し出された満月を眺めていれば、程なくクラウドがやってきた。





「うーん…そのまま返して良いかな。クラウドこそ何してるの?」

「…あんたが宿を出ていくのが見えた。昼間あんなことがあったのに一人で出歩くなと小言を言ってやろうかと思ってな」

「ええっ、それはやだな」





本当、くだらないやり取り。
そう言えば…クラウドとも、こんな風に話せる事が自然になってるんだ。

積み重ねて、刻んでいった時間が…より一層に感じられた。





「…なにかあったのか」





クラウドが隣に立って、同じように川を眺めながら尋ねてきた。
あたしはその質問の傍で、この先の未来を思った。

まず、明日になったら皆と合流だ。





「ねえ、クラウド。明日、皆と合流したら…ゴールドソーサーに行くんだよね?」

「ああ。シドがルーファウスから聞いた古代種の神殿という場所…。そこに入るには鍵が必要で、その鍵は園長のディオが買い取ったらしいからな」





皆と連絡を取り合い、集めた情報を繋いで得た新たな情報。
こちらもマテリアと取り返したことだし、セフィロスを追う旅は再開される。





「園長か…。ちょっとトラウマだな、あたし」

「出会いが冤罪だからな」

「ねー。ちょっと憂鬱かも」

「気持ちはわかるけど、我慢だな」





知っていた展開だったとはいえ、凄い剣幕で追いかけられコレルプリズンに落とされたのは、なかなかのトラウマ体験だった。
クラウドも少し嫌そうなのが、なによりの証拠だろう。

…でも、憂鬱になる理由はそれだけじゃない。
むしろそんなの可愛いものだ。

本当に憂鬱になるのは、止まることのない現実。
逸らす事の出来なくなった、無情な運命。

ああ…もう2回目のゴールドソーサーなんだな…なんて、胸に何かのしかかるものを感じた。





「…ナマエ…?」

「ああ…ごめんね、ぼーっとしてたよ」





急な沈黙に戸惑ったのだろう。
クラウドに声を掛けられ、あたしは我に返された。

ふと…川の音が耳につく。

畳と、布団…。
古風な雰囲気…。

今の時代、洋風のものだって多いし、そうそう和風なもので溢れてる…てわけじゃないけど、畳の匂いとかって落ち着くから不思議だ。

ああ、ちょっと懐かしいな…なんて。





「…ナマエ。やっぱり何か…」

「ああ…うん、ごめん…本当、なんでもないんだけど…」





さっきまでは皆で騒いでたから、あんまり気にならなかった。
今までも…憧れてた世界への興味とかが強くて、ちょっと麻痺してた。

でも、ああ…なんか少し、寂しいかもしれない…。

俯いて、少しこらえる。
ちょっと気を抜くと、震えて何かが溢れてしまいそうな感覚…。

ああ…なんだか情けない。

あたしはこの世界で、ひとりきりじゃないけど…。
ここは大好きな世界だけど…。
今だってクラウドがすぐ傍にいるけれど…。

でも、ひとりっきりで、帰れないんだよな…なんて。

まるで矛盾してる。
だけどそれは…紛れもない事実だった。





「…ちょっと、ホームシック…ってやつかな」

「記憶…戻ったのか?」

「…ううん、でもなんかね…ひとりぼっちみたいで。なんか、ちょっと寂しくなった」





コスモキャニオンで、あたしはこの星においての異物だと感じた。

この星のものは、もとは大きなひとつのもの。
ライフストリームから生まれ、還り、巡って行く。

でもあたしはそこから生まれたわけじゃないし、そこにも還らない。





「…寂しがる理由なんてないと思うが。あんたは…ひとりじゃないだろ。皆…、俺も、ナマエの事…仲間だと思ってる。…あんたは、違うのか?」

「違く、ないよ…」

「なら…」

「うん…、そうだね、そうだよね…」





頷きながら、あたしは考えていた。

あたしは今まで、なるべく未来を変えないようにと心掛けてきた。
未来が、あるべき姿のままであるように。変わることのないように…と。

でも…この先に待つ未来も、今までみたいに無視をする…?





《ナマエ!》





過る笑顔はエアリスのもの。

ふわっとした髪と、リボンを揺らして、柔らかく笑う。
あたしの名前を呼ぶ声は…ほっとする程、優しい。

でも…このまま進めば、それは二度と見られなくなる。聞こえなくなる。





「…クラウド」

「…?」





指先がチリチリする。

口の中はカラカラだ。

目の奥が熱いんだ…!



思い出す台詞は、隣に立つ彼のもの。
エアリスを抱きかかえ、震える彼をあたしは知っている。





「…ナマエ?」

「ううん。ごめんね、なんか変だね、あたし…」





気をくれるクラウドに首を振った。

あたしは、未来に干渉することが出来る。
今までもいくつか…ほんの小さなことだけど、未来に影響をもたらした。

でも、それが取り返しのつかないことになるのが嫌で、押さえてた。

じゃあどうして今は悩んでいるのか。
それはきっと…あたしが、その未来を変えたいと願っているからだ。

コスモキャニオンでは…早く帰ったほうがいいのかもって、そんなこと思った。

今だって、元の世界の事、気になる…。
帰りたい…会いたい人だっている…。

だけど…もし、今此処に帰る手段があったとしても、あたしは手を伸ばすのかな?





「おい…ナマエ。どうした?本当に、何かあったんじゃないのか?」

「ううん…。あはは、ごめん。なんか意味不明だね、あたし。そろそろ戻ろっか、クラウド」




そっと橋の手すりから手を離し、クラウドに向かって笑みを向ける。

するとどこか腑に落ちなさそうな顔を返された。
でももうこれ以上に何を聞く事もなく「ああ…」と言ってくれたクラウドは優しい。

そう…クラウドだって、エアリスが生きる未来を望むはず…。
今は押し込めてしまっているけれど、クラウドの心は…死の重さを知っているから。


あたしは…未来の変化を望んでる。
そう、気づき始めてた。



To be continued


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