「ほう…、魔力が極端に無いと」
「うん。なんか色々、博士の興味を惹く要素があったみたいなんだ」
つい先ほど、仲間になったばかりヴィンセント。
耳に届くのは、そんなヴィンセントとナマエの何気ない会話の声だ。
ナマエは彼と積極的に話をし、少しでも打ち解けようと心掛けていた。
でも、そんな心配は無用だったらしい。
とっつきにくい性格かと心配はあったものの、特に変に気を張ることもなく、落ち着いたトーンで話すことが出来ている。
ナマエにとってヴィンセントは、比較的話しやすいタイプの人だった様だ。
「なんにせよ、助かったのなら良かったが」
「そうだね。他にエアリスって仲間がいるんだけど、その子を助けにクラウド達が来てた時だったから、一緒に連れ出してもらったりして。悪運が強いのかもしれないね」
ナマエもどちらかと言えば大人しいタイプの人間だから、ヴィンセントの方も楽なのかもしれない。
まだ出会ったばかりだからわからないが、ユフィあたりは苦手なタイプのような気がする。
でもだからこそ会話は成り立ち、続いている。
今までの経緯やヴィンセントが興味を示した宝条の事など。
ただ…その時俺はなんとなく、胸に靄を感じていた。
だから俺はナマエを呼んだ。
「おい、ナマエ」
「ん?なに、クラウド」
呼べばナマエは来てくれる。
振り向いて、こっちを見て、俺に首を傾げてくる。
「…黒マントの男がここにセフィロスがいるって言ったんだろ?それならなるべく俺の剣が届く範囲にいてくれ」
「あ、うん。わかったよ」
小さく笑うその顔に、なんだか胸がじわりとした。
うん…そうだな、たぶん…。
俺はあんたのそういう小さく笑う顔、結構…好き、だと思う…。
ぼんやり思うのは…そんなこと。
でもその時俺は、どこか自分の中にずるさも感じていた。
「たぶん、次の部屋が地下の最後の部屋だよね」
「ああ、気を抜くなよ」
「うん」
ナマエは俺達の負担になることを嫌う。
出来るだけ役に立てる様に、足手まといにならないように気を配っている。
それは別に悪い事ではないが、そこまで気にすることはないと幾ら言ってもナマエは聞かない。
でも、だからこそ俺の指示にはよく従う。
俺が離れるなと口にすれば、大人しくそれに頷くのだ。
自分の力量を把握しているナマエは、せめて負担の減る方を選ぼうとするから。
だから、そう…俺はそれを逆手に取った。
離れるな。
ああ、ずるい言葉だな。
「どうかしたの?」
「いや、なんでもない。行こう。ティファとヴィンセントも気をつけてくれ」
考え込むように扉に手を掛けたままだった俺にナマエは不思議そうな顔をしていたから、なんでもないと俺は首を振った。
そうだ…後で考えればいい話だ。
ここにはセフィロスがいるかもしれないのだから…。
もし本当にいるのなら、油断など許されない。
ナマエの事は絶対に…守らなければ。
そう思いを固めつつ、俺は地下の最奥の扉に手を掛けた。
「懐かしいな、ここは」
神羅屋敷、最後の部屋。
そこに響いた静かで冷たい声。
「セフィロス!」
情報は確かなものだった。
書庫へ続く本棚で出来た通路。
並べられた本を見上げ、銀の糸が揺れる。
そこには、セフィロスの姿があった。
「セフィロス…!」
「奴が、セフィロスなのか…」
捉えた姿にティファが声を強張らせ、セフィロスを初めて目にしたらしいヴィンセントは興味深そうに呟いた。
ナマエだけは何も言葉を発することなく、ただ俺の後ろでじっとセフィロスを見ていた。
「ところで、お前はリユニオンに参加しないのか?」
セフィロスは振りかえると、俺にそう聞いてきた。
リユニオン…。
また訳のわからないことを言ってくる。
俺はキッと睨みながら怒鳴った。
「俺はリユニオンなんて知らない!」
「ジェノバはリユニオンするものだ。ジェノバはリユニオンして空から来た厄災となる」
「ジェノバが空から来た厄災?」
聞こえた単語に眉をひそめた。
セフィロスは…何を言っている?
空から来たって…どういうことなんだ。
ますますわけがわからなくなって、俺は聞き返した。
「古代種じゃなかったのか!?」
「……なるほど。お前には参加資格はなさそうだ」
しかし、セフィロスは俺の問いに答えることなく自己完結し、呆れたように首を振った。
けど…その時、奴の目は開かれた。
視線の先にいるのは、俺の後ろにいる存在。
「その娘…、何者だ」
「……!」
セフィロスの眼光がナマエを睨み、ナマエの肩がビクリと震えたのがわかった。
何者…?その意味がわからない。
何故ナマエはセフィロスの興味を引いたんだ?
宝条といいセフィロスと良い、どうしてナマエに目をつけるのだろう。
理由は全く分からないが、俺はナマエを背に隠した。
「コイツに何の用だ…」
「そうか…お前たちにはわからないのか。なるほど、形は何一つ変わりが見えないからな…。だが、その娘はお前たちとは違う」
「なんだと…」
ナマエが俺たちとは違う。
セフィロスの放った言葉に俺が抱いたのは苛つきだけだった。
ナマエは確かに不思議な面を持った奴だとは思う。
マテリアは使えないし、記憶は無くしているし。
俺たちにも、よくわからない部分はある。
でもそれが何だと言うんだ。
だって、それだけのことだったから。
そんなものどうでもいいくらい、そんなものを塗り潰せる程、ナマエという存在の他の面を知っているから。
「何を言ってる!」
「クック…まあいい。特に恐れるような存在ではないからな。ただのちっぽけな存在に過ぎない」
「何…!」
セフィロスは笑う。
自分には何も関係ない、興味が無いとでも言うかのように。
そして、用は済んだと言わんばかりに別れを告げてきた。
「私はニブル山を越えて北へ行く。もしお前が自覚するならば…私を追ってくるがよい」
その瞬間、セフィロスの体は宙を浮き、俺たちを掠める風のように消えていった。
それを感じた俺はただ、傍にいるナマエを守ろうと、その小さな体を庇った。
ただ、夢中に…我武者羅に。
「…クラウド…、大丈夫…?」
「あ、ああ…」
事が落ち着いた時、少し気恥ずかしくなった。
ナマエに声を掛けられるまで、固まってしまうほどに。
…こんなに、近づいたのは初めてだ。
だけどナマエは「庇ってくれてありがとう」と口にしてくれたから、俺はただ「ああ」と頷くことが出来た。
「…行っちゃったのね」
「…不思議な青年だな」
ティファとヴィンセントが開け放たれた扉を見つめて茫然と呟く。
でもその時の俺は、少し俯くナマエの顔が気になっていた。
「…セフィロスの言うことは気にするな」
「え?」
「考えてるんじゃないのか、さっき言われたこと」
「あ…うん、そう…だね」
どこか力ない返事。
記憶のないナマエにとって、他人違うなんて言葉はどう響いたかわからない。
気にしているのなら、少しでも軽くしてやれればと思った。
「そうよ。無視よ、無視!ね!」
「う、うん。大丈夫だよ」
ティファはナマエに駆け寄ると、そっと手を握って微笑んだ。
ナマエもその顔を見て、笑っては頷いた。
「ありがとう」
そう言ったナマエは普段通りに微笑んでいたから、俺はこの時何も気にしていなかった。
だからこの時ナマエが何を思い、何を考えていたかなんて…。
何も…何も知らなかった。
「報告書…か」
その後、俺たちは殺気の無くなった研究室を調べて回った。
この村はおかしい…。
一度焼けて無くなった村が、なぜ元通りになっている?
それに、それを誤魔化すように振る舞う村の住民も気掛かりだ。
…ここまでして、一体何を隠しているんだ…?
その手掛かりを探す中、俺は棚の中に、とある報告書を見つけた。
「クラウド?」
その時、背中から声を掛けられた。
すぐわかる。ナマエの声だ。
俺は報告書を手にしたまま、ナマエに振り返った。
「この施設からの逃亡者の記録とやらを見つけた」
「…この施設からの、逃亡者…?」
「もしかしたら、この施設で行われていた事が書かれてるかもしれない」
ナマエもその報告書を覗きこむ。
俺はそれを確認すると、文字に目を通していった。
そこに書かれていた事実を要約すると、こんな感じだ。
どうやら逃亡者は元ソルジャーと、一般人のふたり組。
逃亡の末、元ソルジャーの方は抵抗したために射殺された。
一般人の方は、その抵抗の間に逃亡したのだという。
だが、この一般人というのは、どうやら記憶や精神に障害が生じていたらしい。
そのため、放置されているという内容だ。
「クラウド…顔色悪いよ、大丈夫?」
「え…あ、ああ…」
報告書の内容を理解したところで、ナマエが俺の顔を心配そうに見ている事に気がついた。
俺はその問いに頷いて応えて見せる。
でも…正直、なんだか気分が悪かった。
恐らく、ナマエが言った顔色が悪いという言葉も適切なのだろう。
…なんだ、この報告書…。
なんだか…吐き気がする…。
「クラウド…それ、しまうよ。貸して?」
「…ああ…」
口を押さえた俺を見て、ナマエは俺の手から報告書を取ると棚に戻してくれた。
そして振り向くと、そっと俺に微笑んだ。
「あまり、気持ちの良い事書いてなかったもんね」
「そう、だな…」
なんだろう…。
あまり、深く考えたくない…。
自然とそう思った俺は、ナマエの言葉に頷いた。
自分でも、どうしてこんな気分になるのか…よくわからない。
でも考えたくない板挟み。
明らかに様子がおかしいのに、ナマエがあまり触れないでくれたのは、正直有難かった。
「ねえ、ここ、空気悪いし外出たいな。多分、そこそこ調べたと思うし。早く皆にもセフィロスのこと話した方がいいよね」
「ああ…、だな…。外に出よう…」
まるで、気持ちを汲みとってくれたようだ。
ナマエは、ずっと優しい穏やかな表情を保って接してくれている。
その表情や雰囲気は、自然と気持ちを落ち着かせてくれるようで。
凄く…心地が、良かった。
To be continued