「ただいま〜!ナナキ、帰りました〜」
明るく駆け抜けていく赤い獣。
今までの態度と似つかぬ言動に、皆はぽかん…と口をあけている。
その後ろであたしは、やっと見えた彼本来の姿に可愛いなあ…なんて、ちょっぴり小さく笑ってしまった。
「見てらっしゃい、お嬢さん。この谷の人間は争いを好まないけど、ちゃんと使えるものもあるからね」
「はーい、ありがとうございます」
星命学の地コスモキャニオン。
この地を横切ろうとしたその時、バギーは物凄い音を立てて故障した。
あたしはそろそろだろうな…なんて揺れに備えていたからともかく、他の皆は頭をぶつけただ何だと不満を零していた。
バギーが動かないのではどうしようもない。
こうして立ち寄ったこの地はレッドXIIIの故郷だ。
駆けていってしまったレッドXIIIを追ったクラウドを除き、それぞれの時間を過ごすことに決めた面々。
あたしはエアリスとティファにパブに行かないかと誘われたけどそれを断わり武器屋を見物していた。
刃物とかはちょっと怖いけど、何かあたしでも使えるものはないものかとずっと気にしていたのだ。
「ナマエ、なに武器なんて見てるんだ」
「あれ、クラウド?」
突然、横から掛けられた声。
視線を向けるとそこにはクラウドがいて、あたしが眺める武器を一緒に覗き込んでいた。
「レッドXIIIは見つかったの?」
「ああ、最上階にいる。そこでブーゲンハーゲンっていうじいさんと会ってきた」
「ブーゲンハーゲンさん?」
あたしが首を傾げるとクラウドは頷いた。
疑問形にしてしまったけど、勿論それは知ってる名前だった。
「で、なんで武器なんか見てるんだ」
「え、ああ…いや、使えたらいいのになと思って…」
あたしが武器屋にいるのは意外な光景だろうか。
まあそうかもしれない…。
マテリアと武器に関してはあまりお店に足を運んだことは無かった。
「…別に必要ないだろ。あんたには調合があるんだから、結構役立ってるぞ、アレ」
「え…そう?」
「吸収するのとか…属性別だけど、吸収出来るようになるのは良いな。それにあんたは状況の把握が的確だ。ここで欲しいという時に回復がくる」
「…そんなに褒めてどうしたの?何も出ないよ」
「そんなもの期待してない。俺は事実を言ってるだけだ」
なんだか少し照れた。
というより嬉しかった。
少しは役に立てているのかと実感できた。
でもやっぱり、武器の問題は別のところにある。
「調合が役立ってるのはいいんだけど、でもやっぱり襲いかかってこられた時の処置っていうかね?」
「攻撃アイテム使ってるだろ」
「でも個数に限度があるし。クラウドの負担も多少は減るんじゃないかなって」
「武器を持ったところで、あんたに気を張るのは変わらない」
「それは、そうなんだけど…。そういえば報酬もそろそろちゃんと考えないとね」
あたしがそう呟くと、少し沈黙が流れた。
クラウドはなぜ黙ったのだろう?
ちらっとその横顔を見れば、クラウドは武器をじっと眺めていた。
なにか気になった剣でもあったのだろうか。
そう思っていると、彼はある武器に手を伸ばした。
「まあ…短剣あたりならいいかもな」
「え?」
「ただ、小さくても刃物だ。扱いには気をつけろよ」
「え、い、いいの!?」
「…だから気をつけろよ」
クラウドは「コレをひとつ」とダガーを選んで購入し、あたしに渡してくれた。
ホルダーもセットでついているもので、あたしの腰にベルトのような形で収まった。
わあ…なんか感動。
「おお…」
「基本は今まで通りアイテムでのサポートだぞ。まあ、あんたの事だ。そうそう刃物を振るう度胸も無さそうだが」
「う…」
「けど、使えなかったとしても、刃物を向けられれば誰しも臆するものだ。そういう意味では護身にもなるだろうしな」
「あ、なるほど…」
「でも、なんらかの事態で必要な時だけ使うようにしろ。まだ扱いにも慣れてないだろうし、暇があれば練習につき合ってやるから」
「…クラウドさん、最高です」
「………。」
「…っあはは、ありがとう。大事にするね」
「……ああ」
近くにあった鏡に身を映して笑った。
そんなに重量があるものではないけれど、腰には確かに存在が感じられる。
前線で戦おうなんて思ってない。
でもアイテムは消耗品でもあるし、切れてしまえばあたしは本当に足手まといでしかない。
刃物を握るというのは怖いしあまり使うことはないかもしれないけど、持っているという事実は安心に変わった気がした。
「ところで、この後はどうするんだ?」
「このあと?うーん…エアリスとティファがいるパブにでも行こうかなあ…?特にすることもないし」
「じゃあ、例のブーゲンハーゲンってじいさんの所に行かないか?何か見せてくれるって言うんだが」
「え…?」
「よくはわからないが、綺麗なものらしい」
「綺麗なもの…」
クラウドの言う何かというのは、多分あのプラネタリウムのことだろう。
誰かを連れてきなよって言われるアレだ。
ブーゲンハーゲン自慢のプラネタリウム…。
内容的にはわかりきってるライフストリームのお勉強だけど…あのプラネタリウムが生で見られるなんて最高過ぎると思う。
でも折角声を掛けてくれたけど、あたしはそれを断ることにした。
「うーん…あたしはいいかな」
「え?」
「綺麗なんでしょ?だったらエアリスとかティファとか誘いなよ。喜ぶよ、きっと」
ね、と笑った。
クラウドは本当、鈍感なのか何なのか…。
彼がどっちに興味を持っているのかはよくわからない。
でも彼の相手と言えば彼女たちだ。
それを差し置いてなぜあたしが出しゃばるのって話です。
「…あんたは喜ばないのか?」
「え?」
すると、謎の返しがきた。
クラウドは真顔だ。
…なんというか、返事に困った。
「い、いや…そういうわけじゃないけど…」
「なら見に来ればいいだろ?」
「え、いや…そうでなくてですね?」
「…まあ、見たくないなら無理強いはしないが」
「…う…うーん…」
本音を言ったら…見たい。凄く見たい。
生で見たらきっと凄く綺麗だって考えるだけでわかる。
でもそれってあらゆる恋路の邪魔をしている様にしか考えられない。
ああもう…何でこの人こうなんだろう。
確かに鋭いイメージはあまりないけれど、クラウドとはここまで鈍感な人間だっただろうか。
…ああ、でもそうだったかもしれない…。
数あるデートイベントなんかを思い出してみても、全員に対してどっかずれていたような気がする。
なんだかもう面倒臭くなってきた。
…まあ、見たいのは本音だし、見なきゃ損のような気もしないでもない。
「じゃあ…行く」
結局折れたのはこっち。
…欲望に負けた、とも言うけれど…。
あたしはクラウドについて行くことにした。
「あ、ナマエ。いらっしゃい」
「レッドXIII…」
梯子を上ってたどり着いたコスモキャニオンの最上階。
そこに待っていてくれたのは、今までと180度性格が変わっているレッドXIII。
もっとも、これが彼の素だということをあたしは知っているけれど、やっぱり実際に接してきた姿はあのクールな言動だったから、なんだか不思議な感じがした。
「じっちゃん、ナマエだよ」
「ホーホーホウ。ナナキがちょっとだけ世話になったようじゃの。わしはブーゲンハーゲンじゃ。よろしく頼むのう」
「あ、どうも。はじめまして、ナマエと申します」
ふよふよと浮かぶご老人。
ほ、本当に浮かんでいらっしゃる…。
その姿にぱちぱちと数回瞬きしてしまった。
でもご丁寧に自己紹介してくださったので、あたしもぺこっと頭を下げた。
そして足元でふわっと触れた赤い毛。
しゃがんで、その彼と視線を合わせた。
「ねえ、本当はナナキなんだね」
「…うん。オイラ…早く大人になりたかったんだ。じっちゃん達を守れるようになりたかったんだよ」
「そっか。でも疲れたでしょ?素じゃいられなかったって事だもんね」
「あはは…ナマエ、ブラッシングしてくれたでしょ?もっとやって欲しいな〜って頼みたくてしかたなかったんだ」
「ええ?全然言ってくれて良かったのに。じゃあさ、これからはナナキって呼ぶね」
「別に呼びやすい方でいいよ?」
「大丈夫だよ、ナナキ」
「…うん!」
初めて呼んだ名前にナナキはどこか嬉しそうに笑った。
それはもう偽りのない、すっかり子供の顔だった。
あたしはゲームをしていた時からこっちの彼の方が好きだ。
少し照れくさそうにする彼は可愛らしい。
いつかは撫でることに一応許可をとろうとしたけど、今は特に何を言うことなくそっと頭に手を伸ばして撫でてみた。
すると彼も手に擦り寄ってきてくれた。
…これは…本当に可愛い…。
「えへへ、ナナキ可愛い…」
「…あんた、妙に順応性が高いな」
「え。そ、そうかな…?」
ついつい顔を綻ばせて頬擦りまでしていると、後ろで見ていたクラウドがなんとも例えがたい表情をしていた。
恐らくクラウドはナナキの変貌に戸惑ったはず。
だから感心ともとれるし、あまりの溺愛振りに引いているようにも見える…。
知っていたとはいえ、あたしだって生で見て驚いた。
でも心構えがあった分、反応が薄く見えたりしたかな…?
もうちょっとだけオーバーリアクションしてみても良かったかな、なんていうのはいらない心配だろうか。
「ホーホーホウ。しかしナナキよ。お前、ずいぶんナマエに懐いているようではないか」
「そうかな。でも、そうかもしれないね。オイラ、ナマエのこと好きだよ」
「そうかそうか」
穏やかな声でそうブーゲンハーゲンさんに説明してくれるナナキ。
懐かれている、と言われて悪い気はしない。
というかむしろナナキがあたしを好きだって…!
「へへ、好きって言われちゃった」
「…よかったな」
目があったクラウドに笑いかければ、彼はそっけなく返してきた。
まさに興味ないね、って感じだ。
いや、別に何かを求めたわけではないからいいのだけれど。
「じゃあ、行っておいでよ。じっちゃん自慢のプラネタリウム。女の子はきっと好きだよ。そーゆーこと、オイラよくわかんないけど」
「うん。じゃあ見せに行かせてもらうね。クラウド」
「ああ」
行こう、とクラウドを促せば彼は頷いた。
でもナナキはそんなクラウドに少し首を傾げていた。
「ねえ、クラウド。定員は3人だけど大丈夫?」
「……!」
定員が3人。
それは勿論あたしも知っていた。
でも突っ込まなかったのは、色々とこんがらがりそうな気がしたから。
クラウドが定員の話を口にしなかったと言うのもある。
でも、実際エアリスだけとかティファだけとか…そういうのって何だかリアルに考えたら微妙な話ではないのか…と。
それならもう何も言わない方がいいか…という結論に達したわけだ。
「……俺は、てっきりレッドXIIIも数に入ってると思ったんだ」
「オイラ?オイラは何度も見てるから」
「…そうか。まあ、今から探しに行くのも面倒だしな。ナマエ、行くぞ」
「え、あ、はい。じゃあね、ナナキ。ちょっと行ってくる」
「うん。いってらっしゃーい」
ゆらゆら尻尾を揺らすナナキに見送られ、あたしとクラウドはブーゲンハーゲンさんと一緒に奥の部屋に入った。
そこは機械に囲まれた部屋。
この土地とは真逆の印象を抱く一室だ。
ブーゲンハーゲンさんがスイッチを押すと、ランプが切り替わり、足場がせり上がった。
そこに気を取られて外してしまった視線。
でも再び顔を上げると、完全に目を奪われた。
「わあ…宇宙…!すごい…!」
「ほほ、そうじゃろう」
思わずこぼれた声に、ブーゲンハーゲンさんは得意気に笑った。
プラネタリウムなんて、一度は見たことがある。
でもあれは夜空だ。でもこっちは大宇宙とでも言えばいいのだろうか。
とにかく迫力が違った。
「…うっわあ…!凄いね、クラウド!」
「あ、ああ。ずいぶん楽しんでるみたいだな」
「うん…あはは、渋ってたけど、来てよかったかも」
「それなら何よりだ」
真っ直ぐに来た道を戻ってれば横切ることになる武器屋。
あたしはそこにいて、わりと見つけやすかったから声掛けてくれたんだろうけど…。
正直、現金だとは思う。
でもちょっと誘ってくれたクラウドに感謝した。
「さて、そろそろ本題に入ろうかの」
そして、ブーゲンハーゲンさんの星命学のお話が始まった。
人間も、動物も植物も…。
みんな死ぬと、星を巡る命の流れ…ライフストリームへと還っていく。
そして、また新たな命として芽生えて命は繋がる。
それが基本であり、この世界の仕組み。
星が星であるためにもこのエネルギーが必要であり、それは大切な大切な…摂理ということ。
よく知ってる話だった。
何度もプレイした中で何度も聞いた話。
でも、今この場所で本当の意味でこの話を聞いていたら…何だか思うことがあった。
「…皆、クラウドも、ブーゲンハーゲンさんやナナキも…もともとひとつの大きなエネルギーなんですね」
「そういうことじゃな」
「全部、元は星のエネルギーか…。じゃあ、この世界のものじゃなければ…星に還ることもしないのかな…」
「ホーホーホウ。なかなか面白い捉え方をする娘じゃのう」
「…ふふ、そうですか?」
「この世界のものじゃないとは、いったいどういうものじゃろう?」
「…うーん、次元の彼方からやってきた何か、とか?」
「ホーホーホウ」
少しふざけるあたしに、ブーゲンハーゲンさんは笑ってた。
でもつまり、あたしはこの世界で死んでしまっても星には還らない。
だってあたしはきっと、ここの皆とは全然違うエネルギーを持っているのだろうから。
…そっか…。
そう言う意味だったのかもしれない…。
《人となりは同じにも関わらず、なぜこんなに…クックックッ》
思い出したのはビーカーの中で聞いた宝条の笑い声。
姿かたちは同じ。
でも…それを形成するエネルギーが全然違う…。
彼の興味を引いたのは、そこだったのかもしれない。
「…ナマエ?」
「うん?」
「…どうかしたのか」
「え?」
「いや…なんだか、悪い…上手く言えないんだが…」
「ん…?」
「…寂しそう、って言うのか…」
「寂しそう…」
見上げた星のホログラムを見上げると、どこか心配するようにクラウドが声を掛けてくれた。
…本当、この人は変なところでタイミングがいい。…いや、悪いのかな。
それとも何か表情に出してしまったのだろうか。
あたしはそっと笑みを作って返した。
「そんなことないよ。黙ってたから、そう見えただけじゃないかな?」
「そう、か…?」
「…ね、綺麗だね」
「…ああ」
クラウドはただ頷いてくれた。
別に、星に還るとか還らないとか…そんなものはどうもいい。
だって、そんなのよくわからないもの…。
だけど…ここは別の世界で、あたしはひとり。
ひとつの異物なんだと…。
「ねえ、魔晄炉の存在だけで…色んな事が大きく変わったんだね。人々の生活も、星の命も…」
還っては生まれ、巡り続けるライフストリーム。
それを凝縮させた魔晄エネルギー。
元からあった流れの中に、ひとつ異物が入って…それが流れを変えた。
あたしはなんとなく…魔晄炉の存在に自分が重なった気がした。
もう…何度かあった。
別に小さなものだったけど、あたしがいることで未来は変動した。
のちにジェノバ戦役と呼ばれる彼らの…、歴史に大きく関わるみんなの言動を…あたしは変化させている。
それって、よくないことなんだって…思う。
きっと、変えちゃいけないって…。
歩む道が変われば、未来が変わる。
…もしかしたら、セフィロスを倒せなくなってしまうかもしれない。
「…ナマエ…?」
「…ううん」
視線を向けた先は隣の彼。
でも…、あたしはこの先を知っている。
この先に起こっていく…恐ろしい光景たちを…。
…彼の自我崩壊と、そして…エアリスの…。
前にエアリスと話した時、少しだけ考えた。
流れを変えちゃいけない。
でも…あたしは知っているのに…。
刻一刻と迫ってくる運命。
どう歩むのが、正解なんだろう…と。
ううん…もしかしたら、その前にこの世界から消えたりするのかな?
…きっとそれが一番なのかもしれない。
少し…寂しいなんて思うけど、でも…それが最良、なんだろうな。
星の中であたしは、そんなことを考えてた。
To be continued