Grip | ナノ



「レッドXIII。お水、貰ってきたよ」

「ぜえ…ぜえ…っ、か、感謝する…」





脱げない毛皮を身にまとい、息荒くする真っ赤な彼。

見渡せば見える、透き通る波と白く流れる砂。
きらきらと輝く陽射し。





「あつ…」





あたしは額のあたりに手をかざし、まぶしい陽の光を遮った。

運搬船の行き先は、常夏のビーチ。
この世界のバケーションスポット、コスタ・デル・ソル。

あたしたちは今、その場所で小さな休息を得ていた。





「…綺麗な景色だなあ」





レッドXIIIの傍を離れ、浜に繋がる階段の上で海を眺めていたあたし。

水しぶきを浴びてはしゃぐ人々。
太陽の光できらきら光る海。

なんというか、観光地って感じだった。





「ナマエ」

「…ん?」





その時、光が少しだけ遮られた。
ちょうど人ひとり分くらいの影だ。

それと同時に名前を呼ばれ、あたしは顔を見上げて振り返った。





「クラウド」





そこにあったのは、クラウドの姿。
さんさんとする太陽に、なんだかいつもより彼の金は輝いて見えた。





「クラウド、綺麗」

「…は?」

「髪、いつもよりキラキラしてる」





そう教えれば、彼は自分の髪に触れて「ああ…」と呟いた。

生まれつき持っているのであろうその金は、自然な輝きを放っている。
それは素直にとても綺麗だと感じられた。





「ところで、どうしたの?なにかあたしに用かな?」

「いや、姿が見えたから声を掛けただけだ」

「そっか」

「あんたは何してるんだ」

「うーん…なんだろう」

「…俺に聞かれてもな」





なんとも中身の無い、適当な会話。
でもなんだか、あたしとクラウドの会話といえばこんなものが多い気がする。

まあ別にそれが悪いというわけではないのだけれど。

むしろなんとなく楽だと思った。





「何してたってわけじゃないから。しいていうなら海、見てたかな」

「…そうか」

「綺麗だよね、透き通ってて」





そう言いながら、ぼんやりと眺める海。

ところで、その景色には水着のお姉さんが沢山いる。
艶めく肌を見せ、楽しそうにはしゃいでるその姿。

…なんというか、男の人にはたまらないんじゃないんだろうか。





「…悪くない眺めですか?」

「………何を聞いて来るんだ、あんた」

「微妙な間があったね」

「………。」




ふと、思い出したことを口にすれば、クラウドは黙ってしまった。
それが可笑しくて、あたしはつい小さく笑った。

まあ…そういう選択肢があったという事は、どちらを選ぶにしても、彼の中にそういう考えは過ぎっていたのかもしれない。





「ふふふー、クラウドも男の人だねー」

「俺は別に何も…」

「あははっ、エアリスとティファには黙っておくから大丈夫だよ」

「なっ…、なんでそうなる」

「なんでと言われても…そういうもんでしょう」

「どういうもんだ…」

「ふっ…あははっ」





なんでそうなると言われても、そういうものだろう。

なんだかクラウドが少し慌てているようにも見えて、あたしは少しの間笑ってた。
一方で、そんなあたしを見てクラウドはどこか不満そうな顔をしていた。

それが余計に、なんだかおかしかった。





「俺は別に、そっちは見てない」

「そんなにムキならなくても言わないってば」

「だから違う。…見てたというなら、アレだ」

「アレ?…あっ」





クラウドが示したほうを見て、思い出した。
そうだ。もういっこの選択肢。

クラウドの視線の先には、浜辺には到底似合わない真白い衣が揺れていた。

眼鏡と、ひとつに束ねた黒い髪。
いつものあのスタイルでビーチチェアに寝そべるその人。





「…宝条博士」





ぼそっ、とその名前を呟いた。

白衣でビーチ…。
生で見ると、やっぱりシュールだ。

もしかしたら論点が可笑しいかもしれないが、ここに彼がいること自体は知っていたあたしの感想といえばそんなものだった。





「…ナマエ、浜から少し離れておけ」

「え?」





でも、クラウドから発せられた声は凄く真面目なトーン。
そして、この場から離れるように勧められた。

「どうして?」と聞き返せば、至極もっともな返答をされた。





「あんたが神羅に捕まってたのは奴の興味からなんだろ?解放したとタークスが言っていたが、それにしたって見つかったら色々面倒だろ」

「あ、なるほど…」





本当にもっともだった。

なにがどうなるかはわからないが、彼の目に触れれば何かしらは言われるだろう。
それは確かに面倒くさいと思った。





「俺は少し話をしてくる。セフィロスの情報を持ってるかもしれないからな」

「うん…、じゃあ、色々厄介そうですが頑張ってください」

「…本当にな」





クラウドは少しうんざり気味の溜め息をつく。

その様子がなんだか可笑しい。
それは少しのおふざけで、クラウドも乗ってくれたという話だ。

うん、クラウドと話すのは、結構楽しいかもしれない。





「あはは…、でもホント、気をつけてね」

「ああ、行ってくる」





あたしはクラウドに軽く手を振り、足早のその場所から立ち去った。

とはいっても、もうほとんどの場所は覗いてしまった。
この世界においては、どの場所でもいくらでも見ていられる自信はあるが、それには少しこの場所は暑かった。





「宿…戻ろうかな」





最近試した調合のリストもまとめてしまおうか。
簡単なものなら試してみるのもいいだろう。

そう考えたあたしは、涼む意味も含め、宿に戻ることにした。





「あ、ナマエも戻ってきたのね」

「エアリス」





部屋に入ると、そこには既にエアリスが戻ってきていた。
優しく微笑むエアリスに、あたしは「ただいま」と笑みを返しながら告げた。





「そう、こんなところに宝条博士が…。何だか凄く意外、だね」

「だよね。あんなに海が似合わない人、初めて見た」





話し相手がいるのなら、時間を過ごすことは容易だった。

あたしはエアリスとは向かいのベッドに腰を下ろし、雑談を交えながら先ほどの宝条博士のことなんかを話していた。

もちろん、クラウドと水着美女の話は内緒である。





「…宝条博士、か」

「エアリス…?」





すると、あたしの話を聞いたエアリスは、何かを思うかのように目を伏せた。
どうしたのかとゆっくり尋ねれば、彼女は小さく視線を上げて尋ねてきた。





「ね、ナマエ。私のこと、どう思ってる?」

「え?」





突然の質問に首を傾げた。

…あれ、これ…クラウドに聞いていた質問ではなかっただろうか。
エアリスは、自分という存在に思い悩み、クラウドに打ち明けるように尋ねたもの。

それがあたしに向けられた。

…あたしは、エアリスの事をどう思っているのだろう。
どう答えるのが、いい事なのだろう。

少し悩んだけど、エアリスの心情を思うに、変に考えた答えは言わないほうがいい気がした。
だから思いつくまま、素直に答えた。





「好き、だけど…」

「…好き?」





その答えに、今度はエアリスが首を傾げた。

…でも、うん。
この答えはかなり的確、だと思った。





「うん…、それに感謝もしてる、かな」

「感謝?私に?」

「うん。だって、神羅ビルで優しくしてくれたのはエアリスが初めてだったし、今あたしがここにいるのもエアリスが一緒に行こうって誘ってくれたからだから」





そうだ。あたしが今この世界で居場所を得られたのは、すべて彼女がいたからだ。





「だから、エアリスが悩んでたり困ってるなら、あたしも力になりたい…とか思うし…。うーん、こういうの、簡単に言っちゃうと友達、だよね…?」

「…友達…」

「あ、ええと…いかがでしょうか…?」





じっと見つめられて、ちょっと戸惑った。
こ、こんな感じでいいんだろうか。

でも何一つ嘘は言ってない。全部、思ってること…なのだけれど。

そう思いながらエアリスの反応を待っていると、彼女は小さく微笑んだ。





「うん…、そうだね。私、ナマエの友達よね!」

「う、うん!」

「ふふ、うん、だね。ありがと、ナマエ。なんだか、元気、出た」

「そう?ならよかった」





目に見えて、エアリスは元気になったように見えた。
だから、本当によかったと思う。

そこにあった空気は柔らかく、あたたかくて、自然と互いに笑った。





「ねえ、そういえば私、ナマエに聞きたかったことがあるの」

「ん?なあに」





それからしばらく他愛のないことばかり話して、ふと、エアリスがそう口にした。
なにかと聞き返せば、エアリスは少し真剣な顔をして、身を乗り出すように聞いてきた。





「ナマエ、クラウドのこと、好き?」

「え?好き、だけど…?」





聞かれた質問にただ正直に答える。
するとエアリスは軽く頬を膨らませた。





「…それ、私に対する好きと同じに見てない?友達とか、仲間とか」

「え?うん、ティファもユフィもレッドXIIIもバレットも、みんな好きだよ。みんな良い人だし」





いやあ、本当、実際に触れてみて、その空気というか優しさというか。
そういうものが凄く伝わった気がする。





「ちっがーう!」

「…!」





でも、エアリスはその答えを聞いて、なんだかご立腹のようだった。
あからさまに、むっという顔をされてしまった。





「え、ええと…可愛い顔が台無しです…よ?」

「もう、どこの軟派男よ。そうじゃなくて、男の人としてって意味!」

「お、男の人…」





男の人として、クラウドをどう思うか。
男の人…男の人として…。





「…格好良い、と思います」

「…やけに素直、ね」

「え?いや格好良いよね、クラウド。凄い整った顔してるし」

「…ねえ、ナマエ。もしかして、わざとやってる?」





どこか逸らした返答。
いや、どれもこれも本心だ。

クラウドのことは本当に好きだし、格好いいと思う。

でも、エアリスの求める答えは、そういうことじゃない。
…そろそろ、ちゃんとしなきゃダメか…。

あたしは「ごめん」と口にした。





「…好きじゃ、ないよ」

「…本当?」

「本当」





ただ、頷いた。

だってそもそもクラウドの想いの先はどこに向いてるのか、ちゃんとはわからないけど、きっとそれは目の前の彼女か、黒髪の彼女だろう。

だから想うだけ、きっと無駄だ。

というか…本当は、それ以前の問題。





「好きにはならないよ。あたし」

「…どうして?」

「うーん…うまくは言えないけど…」

「言い切っちゃうの?」

「うん」





クラウドに限らず、この世界ではきっと。
あたしは誰かに特別な感情を抱くことは、まずない。





「…そんなの、わからないと思うけど」

「よくわかんないな…エアリスはクラウドのこと、好きなんじゃないの?」





ストレートに聞きすぎたか、とちょっと思う。
でも相手がティファではなくエアリスだったからよかったかもしれない。

いや、ティファならこんなことは聞いて来ない…かも。
ティファはどっちかというと押し殺す方か…。

エアリスだからこそだ。
彼女はあたふたもする事無く、静かに答えた。





「…そうだね、きっと、好き」

「じゃあ…あたし頷かない方がいいような気がするんだけど」

「そんなこと、ない」





エアリスは首を振った。
その表情は、とても穏やかで、柔らかかった。





「だって、友達に気持ち偽られるの、きっと寂しいよ?」

「あ…、それは、まあ…わかるけど…」

「だから、そういうことだったら、私、きっと正々堂々と勝負したい。好きになってもらえるように、頑張るの。クラウドにだって本当に好きな人と、幸せになってほしいもの」

「はあ…格好いいなあ、エアリス…」

「ありがとう」





ふふ、と楽しそうに彼女は笑った。

…クラウドにも、本当に好きな人と幸せになってほしい。
だから自分がそうなれるように頑張る。

…本当、格好いいと思う…。

もちろん彼女にも、自分じゃなかったら寂しいと思う気持ちはあるはずだ。
それでも、そう言うことの出来るエアリスは、すごく綺麗だと思えた。

…でも、クラウドがあたしを想うことなんか、やっぱりないと思うけど。
エアリスやティファを差し置いて、あたしなんかを想うのは相当な物好きだし。





「だから、ね?もし好きな人、いたら、ちゃんと言って。ね!」

「…うん」





あたしは、本当はここにいるはずの無い存在。

ありえないと知りながら、あたしはただ、エアリスの問いに頷いておいた。





「………。」

「ナマエ…?どうしたの?」

「え、あ…」




ぼんやり彼女を見つめていると、不思議に思ったらしいエアリス自身に声を掛けられてハッ…とした。

…エアリスは…、もう少し先…この旅の途中で…。
知っている未来…、ううん、知っててちょっと…目を逸らした未来。

その時あたしは…それを黙って見るのだろうか。
…だってそれを、変えることなんて…。





「…なんでもないよ」





まだまだ先。
旅の中、ゆっくり考えればいいよね…。

そうやってまた少し、目を逸らした。



To be continued


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -