生い茂る木々。
一歩踏み込めば、すぐに迷ってしまいそうな樹林。
あたしはそこを、じっと凝視していた。
「ナマエ、何を見てる」
「森…かな」
「…そうじゃなくて、何で森なんか見てるんだ」
振り返らずともわかる、クラウドの怪訝な声。
ミスリルマインを抜け、広がっていた原野。目指すは大陸の最西端の街ジュノン。
セフィロスが向かったとタークスが漏らした情報を元に、あたしたちはその街を目指していた。
が、しかし…あたしはその途中にあった森に意識が飛んでしまっていた。
「あの森、なにかあるの?」
「え、いやあ…何かって言うか」
エアリスからの質問に少し口ごもった。
何かというよりは誰か、なのだけど。
ミスリルマインを抜けた先から、あの子が登場するはずだった。
出来ればここで仲間にしたいたい、…というか、早く会ってみたいという気持ちがあたしの心情的には正しいのかもしれない。
だって、下手したら仲間にならない…なんて事にもなりかねないかも。
…出来れば、いや絶対それだけは避けなきゃ、と思う。
「あ、あのクラウド!」
「なんだ?」
「あの森でちょっと修行なんて…どうでしょうか?」
「…何言ってるんだ、あんた」
ぴし、と森を指差したら更に怪訝そうな顔をされた。
うう…、なんだか凄く切なくなった。
「修行って、何の」
「…ちょ、調合?」
「…別に、森に行く必要は無いだろう。何ならジュノンについてからだって良いだろ。宿で試せば良い。どうせ回復アイテムしか使わないだろ」
「そ、それは…」
「森はモンスターの巣窟だぞ。好き好んで入る奴なんかいない。そもそもボディーガードする身にもなってくれ」
「う…」
確かに、守ってもらう側の人間としてはその負担は考えなきゃいけない。
あたしだって出来るだけクラウドの負担になりたくないとは思ってる。
だからこそ、変に無理強いするのはただのワガママになってしまう気がした。
でも…じゃあどうしよう…。
言い訳を考えるために、頭を悩ませる。
だけどそんな心配はすぐに皆無となることになった。
「ナマエッ!」
「へ…、っ」
突然、クラウドがあたしの名前を凄い剣幕で叫び、ぐんっと腕を引かれて引き寄せられた。
あまりに急な出来事にうまく反応が出来ないでいると、あたしが今立っていた場所をビュン…!と何かが勢いよく抜けて行った。
え…?
「ティファ!構えろ!」
「わかったわ!」
クラウドがティファに指示を出し、ふたりはその何かが飛んできた方向を睨み付けた。
あたしはと言うと、助けてくれたクラウドに何も言えないままエアリスに預けられるような形で「大丈夫?」と心配された。
「ナマエ、平気?」
「あ…えっと、うん。大丈夫。平気。でもあの…エアリス、今のは…」
「あれは…」
クラウドとティファが睨む先に、あたしとエアリスも目を向けた。
するとそこに、恐らく今飛んできたものが風を切って戻っていくのが見えた。
そしてそれをパシッと華麗にキャッチしたのは…。
「あっ…!」
そこにいた人物に思わず声が漏れた。
ショートの黒髪の小柄な女の子。
それは、あたしがどうにかして会いたいと思っていた少女。
…ユフィ!!
「おーっと…そこのツンツン、なかなかやるじゃん」
細い手にいくつ分も余る大きな手裏剣。
それを手にした少女はクラウドを見て少し感心したようにニッと笑った。
「…集中しろ」
一方クラウドは低くそう呟いた。
その言葉に「へっ?」と零すユフィ。
そんなユフィの声を聞いたのか聞いていないのか、クラウドは剣を握り締め走り出した。
「は?え、あっ、ちょ、ちょっと…!」
うろたえるユフィを他所に、クラウドは真っ直ぐ彼女に向かっていく。
その気迫は相手を圧倒させる力があった。
え…ま、まさか切る気じゃ…?
そう思わせるほどの気迫。
あたしは焦りを覚えた。
「クラウド!駄目ーー!!!」
「う、うわああああああっ!?!?」
あたしが叫んだのと、ユフィの悲鳴はほぼ同時だった。
それと更にもうひとつガキン!という金属同士のぶつかる音。
「………。」
一瞬、時が止まったようだった。
剣を振ったクラウドの背中が目に映る。
そして、また金属の音。
でも今度は金属同士じゃなく、金属が地に落ちた音。
ユフィの手裏剣は綺麗な弧を描きながらぐるぐると回転し、地に落ちたのだった。
「あ…、」
ぺたん…、そんな効果音が恐らくぴったり。
足の力が抜けてしまったように、ユフィはへたり込んだ。
クラウドは大剣を大きく振り手裏剣を吹っ飛ばしたのだ。
手から勢いよく振り払われた手裏剣。
そりゃ、ユフィじゃなくても座り込む。
だけどユフィは強い。
座り込んだままではあるものの、キッとクラウドを睨み付けた。
「な、なんだよっ、お前ッ…!」
「先に仕掛けたのはそっちだろ」
だけどクラウドも負けてない…というよりクラウドの方がどう見ても優勢だ。
クラウドはユフィに剣先を向けた。
それを見た瞬間、あたしはエアリスの手を離してクラウドとユフィの間に駆け出した。
「クラウド、待って…!」
「っナマエ…?」
突然割り込んだあたしにクラウドは目を開いた。
エアリスとティファが「「ナマエ!」」って呼ぶ声も聞こえた。
ユフィに至ってはきょとんとしてる。
そんなユフィに、あたしは手を差し伸べた。
「えっと…はい、とりあえず立とうか…」
「え、あ、うん」
一応微笑んでおいた。
その効果はあったらしく悪い印象は与えなかったようだ。
ユフィは素直に手を掴んでくれた。
「…おい」
「え…」
だけどそのまま振り返ったら、青い瞳が凄くこっちを睨んでた。
う、うわあ…怖い…。
この瞳に対して睨み返せたユフィはやっぱり少し凄いと思った。
「ナマエ、あんた何を考えてるんだ!襲われたのはあんただろ!」
「そ、それは…そうなんですけど…」
怒られた。ちょっと押され気味。
確かに襲われたのは一番ぼんやりしていたあたし自身だ。
しかもクラウドはそれを助けてくれた。
咄嗟に気づいて腕を引いて、守ってくれたのだ。
そりゃ、この状況で助けた相手が襲った奴を庇えば…お前何なんだって話にはなるだろう。
「で、でも…クラウドちょっと怖すぎるというか…」
「怖いって…あのなあ、」
あたしの言葉にクラウドは頭を抱えた。
確かに向こう意気の強いユフィはクラウドの剣幕に言い返した。
でも内心は結構臆していると思う。手裏剣を飛ばされて、膝を突いたのが何よりの証拠だ。
それに…全然問題が無い、とは言い切れないけど、ユフィが悪い子じゃ無いという事をあたしはわかっていたから。
「ちょっと、ストップ!」
そんな時、エアリスの声が響いた。
振り向けばエアリスとティファも駆け寄ってきていて、話に入ってきてくれた。
「ひとまず、話、整理しよう?ナマエが襲われたの、確かに無視出来ない話。でもナマエの言うとおり、クラウドちょっと顔怖い!」
「なっ…」
エアリスはそう言い切るとぴしっとクラウドの眉間を指差した。
これには流石にクラウドも言葉を失ったらしい。
その一方でティファはあたしの隣に立ち、ユフィにそっと声を掛けた。
「で、貴女は?どうして急に手裏剣なんか…。もしかしてナマエと知り合いなの?」
「え、いや…そういうわけじゃ、ないんだけど」
「ナマエってこいつ?知らないよー、完全初対面!別に、ちょっとした修行ってだけだし!」
遮るものが増え、危機が薄まったのを感じたらしいユフィはふん、と少し得意げに答えた。
「あんたらの中で、そいつが一番ぼんやりしてたからさ」って言う最後の一言はいらなかったけど…。
でもその得意な視線はすぐに変わり、再びクラウドを睨み付けた。
「にしても…あークソ!このあたしが負けるなんて…やい、このツンツン頭!もう1回、もう1回勝負だ!」
しゅしゅしゅっ、と軽いパンチを繰り出しながらそう吼えたユフィ。
あ、生しゅしゅしゅ。それにあの台詞の登場だ。
こんなとこでも感動を覚えてしまうあたしは重症なのか、どうなのか。
話しを振られた当のクラウドはエアリスに諭されたものの、目を細めてユフィを見ていた。
「興味ないね」
そしてこの一言である。
冷淡な態度と台詞。
こんな態度にユフィが言い返さないはずがない。
「ム、逃げる気?ちゃんと勝負しろ!しろったらしろ!シュッシュッ…どうしたどうした!あたしの強さにビビッてんだろ!」
「…まあな」
クラウドの返事は正直投げやりだった。
突然襲ってきた相手。だけど、数分で悟った空気はこの通り。
言い方はよくないかもしれないけど、短絡的というか…子供のよう、というか。
多分…初めこそ警戒したものの、そういうイメージが強くなってきたのだと思う。
だから事をさっさと適当に済ませようとしてるのだろう。
「へへ、やっぱりそうか。ま、あたしの実力から言えばそれも当然だね。あんたらも頑張れよ」
でもユフィはそんことには気づかない。
にんまりご満悦。
…クラウドとユフィの温度差は大分だ。
だけど、記憶を辿るにこの流れは多分いい感じ…だったと思う。
どうでもいいけど初回一発でユフィ仲間に出来た人いるのかな。それ凄いよね。
「また気が向いたら相手してやるからさ、んじゃね!」
ユフィはひらひら手を振ると駆け出した。
クラウドの顔を見ると、やれやれやっと終わったか…的な感じ。
だけどユフィは一度振り返った。
「本当に行っちゃうからね!本当の本当だよ!」
実際に聞くと、凄くわかりやすい台詞だと思う。
呼び止めて欲しいという気持ちが凄く伝わる。多分、全員がそれはわかっていた。
だけど……、誰も呼び止めない。
あ、あれ…ここで「ちょっと待った」って言わなきゃならないんじゃないだろうか。
エアリスとティファは伺うようにクラウドの意見を待ってるようだった。
そんな視線を受けてるクラウドは…、う…ん、今のクラウドじゃ多分…間違った解答をしてしまいそうなような…。
だって何だか投げやりだし、面倒臭そうだし…。
それは…非常にまずい気がした。
「ちょ、ちょっと待った…!!」
ユフィを呼び止めた声。
響いた正しい台詞。
叫んだ本人に視線が集まった。
「ナマエ…?」
クラウドの不思議そうな声。
そう…。
焦って叫んでしまったのは、あたしだった…。
でも、間違ったことは…していないと思う。
「何だよ、あたしにまだ何か用?……ハハーン。さてはアレかな?あたしがあんまり強いんで是非助けて欲しいと!このあたしに一緒に来てくれと!そう言う事?」
ユフィが視線をあたしに寄越した。
そしてまた得意げな顔をしてそう言ってくる。
「おい、ナマエ…っ」
呼び止めたことにより面倒が増えたと感じたのだろう。
クラウドに肩を引かれ、何してるんだと咎められるように耳打ちされた。
「…どういうつもりだ?仲間になるみたいな方向に話が進んでるぞ」
「…あ、はは…そう、だね。でも、悪くはないんじゃないかな…?」
「な…、どういう意味だ…」
「…いや、そんなに悪い子じゃなさそうじゃない?そこそこ強そうだし。それにセフィロスを追うならそれなりに戦力はあったほうがいいと思うんだけど…」
「…それとこれとは、っ」
そうクラウドが言葉を言いかけたとき、彼の顔の前に言葉を制するように手のひらが差された。
それによってクラウドの言葉は止まる。
変わりに、言葉を止めた本人が口を開いた。
「ね、クラウド。悪い子じゃないっていうの、私も思う。まったく気になるところが無いとは言い切れないけど、でも、別にいいんじゃない?こんなモンスターだらけのトコ、女の子ひとりで歩かせるの、なんだか気になっちゃうし」
「エアリス…」
白いその手はエアリスだった。
エアリスはそう言うと、あたしに優しく微笑みかけてくれた。
「ね、ティファはどう、思う?」
「そうね…私は、」
何か言いたそうなクラウドを他所に、エアリスはティファに話しを振った。
ティファの顔を見れば目が合う。
重なった視線に、ティファはエアリスと同じようにあたしに微笑んでくれた。
「うん、そうね。ナマエやエアリスの意見に賛成かも。あの子、何だかついてきたそうだし。私にもそんなに悪い子には見えないから」
「ティファまで…」
最後のひとりであるティファの意見も、あたしを肯定する形のもの。
多勢に無勢。
いくらクラウドでも全員からそう言われてしまえばどうしようもなかった。
そして追い討ちをかけるように、痺れを切らしたユフィから言葉が飛んできた。
「おーい!どうなんだよー!ついてきて欲しいの?行っちゃっていいのかー!?」
その言葉を聞いたクラウドはため息をつくと背を向けた。
そして先に歩き出しながら、言葉を返した。
「…先を急ごう。ついて来たいなら好きにしろ」
「な、なんだそれー!?」
上からのクラウドの言葉にユフィは少しむっとしているようだった。
でもすぐにエアリスとティファがユフィの元に駆け寄ってそれをなだめると自己紹介を始めていた。
あたしもふたりについていこうとした。
…だけどその前に、先に歩き出したクラウドの元に駆け寄った。
「あ、あの、クラウド」
「…なんだ」
素っ気無い。
いつものことだけど、なんだか少しめげそうになった。
でも、それでもまずクラウドに言わなきゃならないことがあった。
「あの、さっきはありがと…助けてくれて。クラウドが腕引いてくれなかったら、後頭部に手裏剣直撃…だったよね?」
「…別に、俺は依頼をこなしただけだ」
「それでもだよ。あと、ごめん。せっかく助けてくれたのに」
助けてくれたのに、その敵を擁護してしまったのは確か。
クラウドとしては面白い展開とは言えないだろう。
だから謝った。
するとやっとクラウドがこっちを向いてくれた。
「…また、謝ったな」
「え?あ…そうだね」
言われて気づいた。
そういえば、また御免と口にしてしまった。
全然気にしたことなんか無かったけど、謝る癖でもあるのだろうか、あたしは。
でも、感情を素直に口にしているだけなのだから仕方ない。
「だって、ああは言ったけどクラウドの言ってる意味がわからないわけじゃないから。それに、何だか流れでお礼そびれてたし」
「…やっぱり律儀だな」
「だからそんなことないってば」
なんだか前に似たやりとり。
そんな言葉を交わすと、クラウドは首を振った。
「…クラウド?」
「いや…その、俺もナマエの言ってる意味がわからなかったわけじゃない」
「え?」
クラウドは振り向き後ろを少し見つめた。
あたしもそれを追うように振り向くと、そこにはエアリスとティファと話すユフィがいた。
「襲ってきた相手だ。警戒するのは当然だろ?」
「…ごもっともです」
「だけど、話してみたら正直拍子抜けした」
「え、拍子抜け…?」
「ああ」
聞き返すとクラウドは頷いた。
拍子抜け…ということはつまり、ユフィに対して、だろう。
それは危惧した不安とは程遠いものに思えた…ということで。
ユフィは根はいい子なのだ。
だからそれは当たり前のことなのだけど…。
「…それ、言ったらまた怒っちゃうよ?」
「ああ、面倒そうだな。ナマエが言わなきゃいいだけだ」
「…それは、そうなんだけど」
「それとも言うつもりなのか?」
「…わざわざ火種作ったりしません」
ふるふる、と首を振った。
これ以上話をこじらすよう真似はしない。
それはあたし自身も面倒くさい、と思う。
まあユフィにはこれから先、面倒くさい目に遭わされるのだけれど…それはまだまだ後の話だ。
「あたし、ユフィ!ひとつヨロシク!」
そんな忍者の末裔の声は、明るく響き渡った。
To be continued