「……俺は確かめたい。あの時、何があったのかを」
クラウドは己の手のひらを見つめ、そう呟いた。
無事にカームに集合した面々。
宿を取り、顔を合わせ、あたしたちはクラウドの過去の話を聞いた。
ニブルヘイムの事件。
燃え盛る村。魔晄炉と神羅。
セフィロスとの因縁。
その内容は、あたしがゲームで知った内容とまったく同じ物だった。
…って、それは当たり前のことなんだろうけれど。
でも、この時点でのクラウドの記憶は、クラウドにとって都合が良いように作り変えられている。
勿論、そんなこと指摘したら未来が変わっちゃうから口は出さないけど。
「……ねぇクラウド。セフィロスに斬られた私はどんな風だった?」
「もうダメだと思ったよ。……悲しかったよ」
ティファがクラウドに問う。
そのティファの表情は、画面越しの時はよくわからなかったけど、凄く複雑そうなものだった。
そう見えたのは、あたしが事情をすべて知っているからこそ…なのかもしれない。
これから彼らは、色んな現実に直面していくんだなって、漠然と思った。
何だかすごい他人事だ。
「ポーション、か」
その夜はカームで一晩過ごすことになった。
あたしはみんなを起こさないようにそっと廊下へ抜け出し、月明かりに渡されたポーションを照らして眺めていた。
…ホントにFFの世界にいるんだ、あたし。
「なにしてるんだ」
「!」
ぼんやり考えていたとき、背中から声を掛けられてぴくっと肩が揺れたのを感じた。
もしかしたら、ちょっと大袈裟なくらい。
自分でも肝が小さいな…と笑っちゃうくらいだ。
「…悪い、驚かせたか」
「あ、クラウド…」
振り向くと、月明かりに照らされた顔が見えた。
太陽の輝きにもよく映えるけど、月の穏やかな光にも綺麗に輝く金の髪。
そこにいたのはクラウドだった。
「ううん、ごめん。大丈夫」
大袈裟に肩を跳ね上がらせたことを気にしてくれたらしい。
でも実際のところ、クラウドには何も非は無い。
だからあたしは首を振った。
「眠れないのか?もしそうだとしても布団に入っていろ。明日も早いんだ」
「うん…。ごめん。クラウドはどうしたの?」
「いや、目が覚めたらあんたの姿だけ無かったから。こうして注意をしに来た」
「…ご迷惑をおかけしました」
ぺこ、と頭を下げた。
わざわざお手を煩わせまして、なんて言ったら「そこまで大袈裟にしなくていい」と言いながら窓際まで彼は歩み寄ってきた。
隣に立つクラウドの横顔が、もっと月に照らされてよく見えた。
…ああ、本当にクラウドだ。
ここに来て、何度抱いたであろう感想。
でも何度だってそう思えてしまうのだから仕方が無い。
きらきらの金の髪。
巷ではつんつんだなんて言われてるけど、結構ふわふわしてそうだ。
青い瞳は、確かに不思議な色をしている。
まつげも長いな。
しゅっとした細い線に白い肌。
中性的な顔立ち。
おお…本当にクラウド。
クラウドが隣に立っているとか…。
「…なんだ」
じいいっと見つめてたら、月を見上げていた青い目がこっちを向いた。
少しの怪訝を滲ませている。
あ。やばい。
ちょっと見すぎた。
そりゃ怪訝にもなるよね。
そんなじっと見つめられたら気にするなって方が無理な話に決まってる。
「え、あー、いや…格好いいなあって…」
「な…」
ぽろっと、本音が零れた。
するとクラウドは一瞬固まった。
そこで気づいた。
…あ、変なこと言ったかな。
でもこれが本心だから、やっぱり仕方ない。
「なに、言い出すんだ急に…」
「うーん…。なんだって聞かれたから答えたまでなんだけど…だってクラウド、整った顔してるし」
「………。」
「貴方を見て不細工って言う人はまずいないと思うんだ」
「…興味ない」
「えーっと、ご謙遜を?」
「…なんで疑問系にする。俺に何を言わせたいんだ、あんたは」
「あ、あれ…?そうだ、ね?」
「……そこで頷いたら俺は自惚れもいいところだな」
「あ、あはは…」
確かに自分でどこに話を持っていっているのか、って感じだ。
クラウドに頷かせる誘導をしてるみたいになってる。
それじゃクラウドはナルシストじゃないか。そんなクラウドは見たくない。
いやでも…本当に格好いいとは思うけど。
「…変わってる、ってよく言われないか?」
「い、言われないよ…!」
慌てて首を振った。
ま、まずい…。
なんだかクラウドのあたしに対する印象がおかしくなってしまいるような…。
ていうか本当、あたしはクラウドに何を言わせようとしていたんだ。
「…なんか、ごめん」
しゅん、と頭を下げた。
うう…なんだか切なくなった。
「…あんた、謝ってばかりだな」
「え?」
でも、クラウドから帰ってきたのはそんな言葉。
あたしは顔を上げて、首をかしげた。
「そうかな」
「ああ、この夜だけで3回は謝られた」
「え、嘘」
「そんな嘘ついてどうするんだ」
「…ですね。でも、よく覚えてるね」
「気に掛かってたからな」
謝ってばかり。
全然気にしてなかったけど、言われたのだからそうなのだろう。
「ボディーガードを依頼されたときも何度か言われたぞ」
「ああ、それは心当たりあるかも。だって、本当に申し訳ないなーと思ったから」
やっと心当たりが来た。
その指摘には納得だった。
確かにあたし、よく「ごめん」って口にしたかもしれない。
「正直な気持ち、今皆といられて本当に嬉しい。ひとりであの場にいてもあたし、どうしていいかわからなかっただろうから」
「……。」
「でも、負担かけてる自覚もあるから。ごめんね、クラウド」
「……また謝ったな」
クラウドはやれやれと言うかのように頭を振った。
「報酬はあるんだろ?なら、その等価分、俺はあんたを守るだけだ」
「うーん…でも、その報酬だって今はまだ曖昧だし。あ、絶対払うけど!」
「ああ。それなら何も問題は無い」
さらりと言ってのけるクラウド。
ああ、この人…本当いい人だな、と心が呟いた。
こういうところは、見え隠れするクラウドの素…なのかもしれない。
でもだからやっぱり、思う。
「…ありがとう」
「ん?」
「気になるって言うから、言い方変えてみた」
「だから別に…」
「それくらい、感謝してるってことだよ。頂戴してあげてください」
ふふ、と笑いながら言うとクラウドは諦めた様に息をついた。
それが可笑しくて、あたしはまた笑った。
「あ」
「?、どうした」
その時、あたしはふと、手に持っていたポーションを見て気がついたことがあった。
…そういえば7では無かったけど…アイテムって他のシリーズだと。
「クラウド、ちょっと道具袋見せてもらえる?」
「道具袋?」
「うん、ちょっとやってみたいことがあって」
そう頼むと、クラウドは特に疑うことなく部屋から道具袋を持って来てくれた。
「ほら」と差し出された袋を受け取り、あたしは中からハイポーションをひとつ出した。
「これ、使ってもいい?」
「構わないが…どうする気だ?」
「さあ…どうなるかは、ちょっとあたしにもわかんないけど」
クラウドの視線を受けながら、手にしたポーションとハイポーション。
他のシリーズだと、これらを混ぜて使うことの出来る『調合』って技があったはず。
もしそれが出来たら少しは役に立てるんじゃないか…って、そんな考えが浮かんだのだ。
根拠はあった。
なぜなら「ポーションの配分が…」とかどうのって研究者さんたちが話をしているのを聞いた記憶がある。
現にその時も調合ってあるのかな、と頭を過った。
「とりあえずやってみるね。えーっと…」
クラウドが道具袋を持ってきてくれた際、あたしが用意しておいたのはウォーターポット。
その中に、ポーションとハイポーションを注いでいく。
そして混ぜたそれを、クラウドに向かって振りかけた。
「それっ」
「!」
すると、クラウドの体を包むように一瞬だけ光の膜が張った。
クラウドは驚いたように目を見張る。そして己に掛かった効果を呟いた。
「…これ、リジェネか?」
「やった、成功!」
思わず万歳してしまった。
ポーションとハイポーションを混ぜて出来たものは生命の水。
クラウドの言うとおり、リジェネの効果をもたらす調合だ。
「驚いたな、こんなことが出来たのか」
「他にも色々出来ると思うよ。エーテルとかフェニックスの尾とか使えば」
これは、あたしにも出来ることを発見出来たかもしれない。
色々試して、それをメモして。
そうしたら役に立つことが出来るんじゃないだろうか。
「クラウド、あたし、こういう組み合わせ探してみたいな。そしたらセフィロスを追う旅の手助け出来るかも」
「そうだな…、魔法を節約したいときに良いかもしれないな。確かノートとペンがあったはずだ。これ、使えよ。道具も多めにナマエに預けておくから。単体でもアイテムは充分に力があるし、持ってた方がいいだろ」
「わ、ありがとう!」
クラウドはあたしに渡したのとは違う、もうひとつの袋から羽ペンとノートを出し渡してくれた。
自分にも出来ることを見つけられて、自然と嬉しい気持ちになった。
「あとクラウド、足、怪我してたでしょ?」
「!」
「大きな怪我じゃないみたいだったから放置してたみたいだけど、ちょっと気になってたんだ。ポーション、無駄にしちゃわないでよかったけど」
たぶんクラウドは怪我のことを隠していたんだろう。
皆が知ればケアルだのなんだの絶対に使っていただろうから。
「…よく気付いたな」
「うん、せめて回復くらいはすぐ出来るようにって気配ってたからかな」
「そうか…」
戦うことができないから、あたしも何か出来ることを探さなきゃならない。
そんなことばかり考えていたから、自分にも出来そうなことには目を凝らしていたのが吉と出たかな?
「ところでクラウド、そっちの袋は何が入ってるの?」
「っ!」
あたしが指差したのは、クラウドがノートとペンを取り出した袋。
それは、何気なく尋ねた質問だった。
ただの雑談。興味本位。
でもクラウドはなぜかびくっと小さく肩を震わせた。
「クラウド?」
「…き、気にするな。なくしたら困るものとか、そういうものが入ってるんだ」
「…………。」
クールな彼には珍しく、目を泳がせながらどこか逸らそうとしてる。
そこで、あたしの悪戯心に少しだけ火が灯った。
「へーえ…、見せてもらっても良い?」
「っ、な、なんで」
「いやあ、興味本位かなあ…。なくしちゃ困るって、例えば?」
「…ちょっとした、会員証とか」
「会員証?クラウド、なんの会員なの?」
「………………。」
クラウドは黙りこくった。
あたし、ちょっと性格悪いかも。
だってわかってて聞いてるんだもん。
会員って事は…入ったんだ。あの蜜蜂のお店に。
必要な何かがある、とか言っちゃったんだ?
「えいっ」
「なっ、ばッ…!」
あたしはクラウドの抱える袋を掴み、ぐいっと奪い取ってみた。
まさか奪い取るなんて思ってもいなかったのだろう。
ふいを突かれたクラウドから袋を奪うのは意外と簡単だった。
あたしは袋の紐を解き、中を探る。
そして、つやつやした高級感のある手触りのパープルのドレスを取り出した。
「わー、綺麗なドレス!でもちょっと大きめ?」
「…………。」
「それにこれ、カツラ?ブロンド…クラウドの髪色と、何か似てるね」
「……………。」
ああ、やっぱりちょっと性格悪い。
ごめんね、クラウド。
でもこんなおいしい状況、逃す手は無い。
ていうか逃すわけにはいかない。
最後の一言。
わざと的をはずしたこれは、トドメだった。
「…もしかしてクラウド、そういう趣味?」
「っ違うに決まってるだろ!」
これは流石に即答だった。
「…もう、勘弁してくれ」
クラウドは重たそうに頭を抱えると、これまた重たそうな溜息をついた。
そして渋々、誤解を解くためにこのドレスとカツラの理由を教えてくれた。
「へーえ。ティファを助けるために、そのドンのお屋敷に乗り込んだんだ?」
「そうだ。だから俺がそういう趣味とか、全然違うからな」
「でも、ティアラに香水とか…ずいぶん力入ってるね」
「それは…その、成り行きでだな…」
「ちなみに誰が選ばれたの?」
「…………。」
これもまた意地悪な質問だった。
このドレス、この肌触りはたぶんシルクのドレスだ。
カツラも綺麗なブロンドのもの。
そして輝くダイヤのティアラに、艶のある香水の瓶に書かれているSEXYの文字。
極めつけは蜜蜂の館の会員証。
ここまで揃えば…たぶん確実だった。
「クラウド?」
「お…俺が選ばれるわけ、ないだろ」
「…そうなの?じゃあエアリスかティファだったんだ。ふたりとも美人だもんね。どっちかなあ…」
「………。」
「…明日、二人に聞いてみようかな」
「やめてくれ」
黙ってたクラウドが物凄い切羽詰ったような顔で懇願してきた。
それと同時に、少しだけ睨まれた。
「…ナマエ。あんた、わかってて言ってないか?」
「…なにを?」
「おとなしそうに見える癖に、結構言うんだな…」
「あ、あは…、じゃあクラウドだったんだ?」
「………。」
無言のまま、でも否定しない彼。
やっぱり、そういうことらしい。
まあ…ここまで揃ってればそりゃそうだろう。
そこでまた少し、あたしの中で今日もが疼いた。
「凄いね。やっぱりクラウドが美人さんだからだよ」
「美人って…あのな、」
「ねえ、着て見せて欲しいなあ…とか言ったらどうする?」
「却下だ」
物凄い勢いで却下された。
でもでも、もう少し粘ってみたい。
だってFFファン的に、クラウドの女装って誰もがリアルに見てみたいものベスト5には入ると思う。
「何でも屋さん、だよね?」
「……断る」
「依頼してるのに?」
「依頼の重複は認めない」
「そんなの聞いてないよ」
「今決めた」
「…ずるい」
「何とでも言え」
「報酬弾ませるから」
「絶対嫌だ」
何度も繰り返すあたしと、頑なに拒否するクラウド。
やっぱりこれは流石に無理そうだ。…残念。
でもなんだか可笑しくて、少し笑ってしまった。
「…笑ってないで、もう寝ろ。朝出発するからそれなりに歩くぞ」
「ふふ、そうだね。そろそろ寝なきゃだね。調合のことも考えたいし」
「ああ、ほら、布団に戻るぞ」
「はーい」
あたしは頷くと、窓際を離れた。
部屋のドアノブに手をかけ、カチャリ…と捻ろうとした瞬間。
「ナマエ」
「うん?」
もう一度、クラウドに声を掛けられ振り向く。
月明かりとクラウドの影が重なり、顔はよく見えない。
でも、すぐ後ろにいる気配だけは感じ取れた。
「…調合、期待してる」
たった一言。
でも、その一言は効いた。
《期待》というその言葉は、重みとなることもなく…じんわりしたあたたかさを生んだ。
「うん、頑張る」
クラウドにも、見えるのかはわからない。
でもあたしは頷いた。
「…クラウドも、」
「…ん?」
「頑張れ」
一瞬だけ、言いよどんだ。
これから先、色んな出来事が彼に降り注ぐ。
それは楽な旅じゃない。
けど、彼はちゃんと…前を向けるのだ。
「…そうだな」
旅の一日目。
クラウドと少しだけ、仲良くなれた気がする。
…少なくともあたしは、そう思った。
To be continued