頭に浮かぶ月並みな言葉
「あ、あのエアリス…」
「うーん、やっぱりこっちかなあ」
ウォールマーケット、ブティックにて。
この土地のドンの花嫁候補になっているというティファの様子を探るため、その潜入の準備をしていた俺たち。
なにがどうしてそうなった、と言いたいところだが…俺は今、人生で初めて女物のドレスに身を包んでいる。
というか、こんなものをまさか自分が着る日が来ようと誰が思おうか。いいや、思うはずがない。
まあ…着てしまったものは仕様がない。
諦めた俺は、はあ…とため息をつきつつ、腕を組んで横目で行動を共にしている彼女たちに目をやった。
ナマエとエアリス。
ふたりは、更衣室の前を陣取ってやんややんやとドレスを身にあてがっていた。
…いや、もとい。エアリスが、ナマエに着せるドレスに延々と唸り、ナマエはエアリスの着せ替え人形と化していた。
「うーん、これは違うかも。ナマエ、やっぱりこっち着て!」
「また?!エアリス!もういいよ!ドレスなんかなんでもいいって!」
「こーら!女の子なのにそんなこと言っちゃダメ!うんと可愛いの着るの!」
「ええ!?」
エアリスにドレスを押しつけられ、更衣室へと放り込まれたナマエ。
おい、そろそろいい加減にしておけ…と言いたいところだが、俺の女装に悪乗りしていたナマエに助け舟を出すのはなんとなく癪だ。
いい気味だ、とそんな事をほんの少し思っている俺の考えは幼いだろうか。
なんにせよ、ティファの事もあるし、そろそろいい加減にしておけとは言う時間ではあるのだが。
そんなことを思っている俺の目に、ふと…一着のドレスが止まった。
「………。」
それは、白を基調としたふんわりとした柔らかい印象のドレスだった。
あまり女物の服にそう関心を持っているわけじゃないからよくわからないが、可愛らしいという言葉がしっくりくるドレスだろう。
ちょっと、想像をしてみる。
…ああ、悪くないんじゃないだろうか。
ナマエにはこういうのが似合いそうだ。
「クラウド?なに、見てるの?」
「っ!」
その時、急にエアリスに声を掛けられ俺は肩をビクつかせた。
ぼんやりと想像をしていたから、ぼーっとしているにも近かっただろう。
…驚いた。つい、鼓動も早さを増している。
そんな俺の心情など知ってか知らずか、エアリスの視線は俺が先ほど見ていたドレスに向かっていた。
また、別の意味で心臓が飛び跳ねた。
「わあ!それ、可愛い!クラウド、いいの見つけたね!」
「…は?」
すると、エアリスは唐突に表情をぱあっとさせた。
予想だにしていなかったその反応に、俺は思わず間抜けな声を零してしまう。
エアリスはその白いドレスに手を伸ばすと、更衣室の中にいるナマエのもとへとそれを運んだ。
「ナマエ!決定!これにしよう!」
「また着替えるの!?」
すでに数着着せられているナマエのうんざり気味の声がした。
だけど、「もうこれに決定!」というエアリスの今までにない声を聞き、ナマエはそのドレスを受け取ったようだった。
…着るのか、あのドレス…。
カーテンの前で楽しそうにしているエアリス。
その背の後ろで、同じように待ち遠しさを覚えている自分がいたような気がする。
はたして、実際に来た姿は…どんなものだろうか。
待つことしばらく。
シャー…とカーテンが開き、中から真白いドレスに身を包んだナマエがゆっくりと出てきた。
「…着ましたよー……」
あまり気乗りじゃなさそうな声。
しかしそんなナマエとは対照的に、エアリスは真逆のテンションでナマエの姿に食いついていた。
「わあ!ナマエ、とっても可愛いよ!」
「…さ、寒い…」
「もう!そういうこと言わないの!」
べた褒めのエアリス。
しかし、やはり対照的。
ナマエは肩の出た己の肩を抱きしめ、ぶるっと震えていた。
「……。」
俺はじっと、ナマエの姿を眺めていた。
柔らかい印象の、真っ白なドレス。
それに身を包んだナマエの姿に、月並みだが純粋にわかりやすい言葉が俺の頭には浮かんでいた。
やはり…可愛い、と。
「あたしもう脱ぐー!!!!」
「どうして?すっごく、似合ってる。ちょっと妬けちゃうくらいだよ?」
「何を仰います、エアリス姉さま」
「本当だよ。ほら、クラウドも見惚れてるだけじゃなくて、何か言ってあげて!」
「えっ…いや、俺は」
「ね!可愛いわよね?」
何やら騒いでいるなと思っていたが、急に話を振られて言葉に詰まった。
なぜなら、見惚れていたという言葉はまさに図星であったからだ。
…なに、ぼんやりしてるんだ、俺。
確かに可愛いとは思うが…と、心の中だけで頷く。
しかし、似合っていると素直に褒められるほど、素直な性格もしていなかった。
「うー…慣れないよなあ、こーゆーカッコ」
「……。」
最後、エアリスが試着室に入っている間、当然残るのは俺とナマエだけだ。
ナマエのドレスはそう裾の長くないものだ。
ナマエは裾をつまみ、まじっと自分の着るそれを眺めると、小さな溜息をついた。
そんな姿を見ていて、ふと…俺は思ったことがあった。
俺たちは、どうしてドレスアップなんかしているんだ?
ティファを助けるためだろう?
…つまり、ティファがいるであろう場所はそういうところだと言う事だ。
「……ナマエ」
「なあに?」
呼んで、目があったところで、言葉に悩んだ。
何を言えばいいのか…自分でもよくわからない。
ただ、漠然とナマエにこのドレスを着せていていいのだろうか、と。
…なんとなく、嫌な予感がするような。
俺自身が似合うと思ってしまっているのだから、余計に。
「いや…」
俺は首を横に振った。
…ただ、ティファがいるか確かめるだけだ。
見つけたら事情を聞いて、早々に出てくる…それだけの話だろう。
これは…まさかその予感が的中するなど、思いもしていなかった頃の、そんな時間の話。
END
下水道でクラウドが嫌な予感がしていたというセリフがあるのですが、その心情のお話です。