人形の想い



頭のなかで声がする。

ずっとずっと、疎ましく思っていた声。
でも本当は…ずっとずっと、追い求めていたはずの声。





《…クラウド》





俺の名を呼ぶ、貴方の声。

もう…全部わかっている。
俺は、人形だ…。





《さあ、黒マテリアを》





脳裏に響く声。
俺はそっと頷いた。

わかっています。でも…もう少しだけ。

俺の視界には、見知った顔がいくつもあった。
そう…俺が、俺なんかが迷惑をかけた…みんなの顔。

その中にひとつ、じっと俺を見つめる瞳があった。

それは、ひとりの女の子。
ひたすらに必死に、俺の元に…彼女は駆けてきた。

俺はそんな彼女の手を、出来るだけそっと掴んだ。





「!」





捕まえると、彼女は驚いたような顔をした。
その見開かれた瞳を見つめ、俺はただただ見つめた。





「…ナマエ…」





そして、呟いた。
大切なその名前…。

小さく呟いただけなのに、なんだか酷く愛おしかった。

握りしめた手首は、俺の手にすっぽり包まれるほど…細くて儚い。
…なんだか、もう少しだけ…このぬくもりを感じていたい。

こんなのわがままだ。迷惑だろう…。
でも…少しだけ…。

だからそんな手を握ったまま、俺は辺りを見渡した。





「みんな、今までありがとう。それに…ごめんなさい。…ごめんなさい。…すいません」





ひとりひとりの目を見つめ、口にする謝罪。
そして…最後に行き着いたのは…、目の前の彼女。

その時、また声がした。
…ごめんなさい。セフィロス…。

もう少し…もう少しだけ…時間をください。

俺は…彼女に謝らなきゃならないんだ…。





「…ナマエ…。ナマエ…、さん…」

「……えっ…」





さんを付けて呼ぶと、君の肩がビクリと震えた。
握った手首からも…それがよく伝わってきた。

ああ…、いつまでも拘束して…ごめんなさい…。

でも…お願いします…。
これが最後だから…少し、あと…ほんの少しでいい…。

ただ俺は…君に触れていたかった…。






「ごめんなさい…、俺の事…信じてくれたのに」





口にした、君への謝罪。

ああ…そうだ。
俺は…君に好き勝手なことを言ってしまった…。

俺のことを信じてくれ…。
俺も君を信じているから…。





「俺…貴女に、信じてくれと言ったのに…」





…俺は人形…。
だからそんなもの…なんの意味もないことだったのに…。





「クラ、ウド…」





すると、彼女の唇が、クラウドの名を呼んだ。

…違う…。違うんだ。
俺は…クラウドじゃない。

でも…君は違いなく俺を目に映している。
確かに俺に向けて呼んでいる。

それが偽りの名前だとしても…。
それが…ただ、嬉しかった。

でもその時…そんな君の頬に雫が伝った。
綺麗な瞳から流れて溢れる…優しい雫。





「俺、クラウドじゃありませんでした…」

「…クラ…」





君は…俺に涙を流してる…。
それを見たら、苦しくなった。

俺はそっと手首を放し、その手を取り重ね、指を絡ませた。
そしてぎゅっと握りしめる。

…本当は、こんなことされて…君は嫌かもしれない。

でも俺は…君が振りほどかないのをいいことに、それに甘えた。

だって…少しでも触れていたくて…たまらなかった。





「信じてくれたのに…、俺は人形だから…自分を信じる意味を…無くしました。いや…最初から、無かったんです」

「……。」





俺の言葉に、君は首を振ってくれた。

違う、違うと…。
まだひたむきに、俺のことを信じてくれた。

それが嬉しくて、でも申し訳なくて…。





「ナマエさん…、ごめんなさい…。貴女のことを裏切って…本当に…ごめんなさい」





ひたすらに謝った。

俺なんかを信じてくれて…本当にありがとう…。
でも…本当にごめんなさい…。

最後の最後まで君は…ずっと俺を信じてくれたのに…。

俺が…俺を信じられなくなって…。
いや、信じる意味なんか…元々なくて…。

信じてくれなんて、言える立場じゃなかったのに…。






「…ナマエ…さん」

「…クラ…ウド…」






俺は君の名前と呟きながら、そっとその濡れた頬に手を伸ばした。

水をなぞり、そっと掬う。
…本当は…俺なんかに、君の涙を掬う資格は無いけれど…。

でも…見ていられなかった。
君が泣くのを、見たくなかった。

なのに…俺が泣かせた。

俺なんかのために、君は涙を流してる。





「………泣かせてしまって、ごめんなさい…」





だから耳元に口を寄せて、囁いた。
ちゃんと…君に聞こえるように。

…本当は、全部錯覚だったんだろう…。

だって俺は人形で…感情なんて、無いものだから。
でも…でも俺は…君を見ていると、なぜだか無性に胸が詰まった。

溢れる様に、満たされるように。

いつでも明るく笑い、光を差す君の声。
必死に…そんな姿を目で追って、声を耳で拾って。

それはきっと…君が眩しぎたから…。

俺には無い沢山のものを、君はいくつも持っていたから。
眩しい君に、憧れていた。

人形が…届かぬものをねだっていた。





「………。」





往生際が悪い…。
俺は惜しむように君を見つめながら、そっと頬から手を引いた。


…勘違いだった。
あるはずのないものだから…、ただ、履き違えただけ。

眩しさに、ただ…憧れただけ。
届くはずもない存在だったのに…。

だから言いません…。
言っても意味がないから…。

君を困らせるだけだから。

でも…でも、俺はずっと…この気持ちをこう思ってた。





「………。」





声にならない声。
空気を伝わることなく、響かない…口の動き。

…ナマエさん。
俺は貴女を…愛していました。



END




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