些細な一言
「揃ったようだな。では、始めよう」
作戦当日。
もぐりんからの通信で『0組の教室に集合クポ!』という連絡がCOMMに入り、あたしたちは0組の教室に集まり席に着く。
全員が揃ったのを確認したところで、クラサメ隊がは今回のミッションのブリーフィングを開始した。
「まず、これを見て貰う」
隊長が見せたのは、以前の行った反攻作戦の時にあたしたちが戦った高機動飛行兵器の写真。
諜報部の調査によると、アレは魔法障壁試験の為に投入された機体。
つまり、実験機だったらしい。
「クリスタルジャマー、高機動飛行、魔法障壁…朱雀にとってどれも脅威になりえる兵器だ」
冷静に、わかりやすく、流れる様な説明。
毎度のことながらしっかりしたお方だ…と思う。
あたしはクラサメ隊長の顔をじっと見ながら、その声に耳を傾けていた。
「開発したのは、白虎第4鋼室と呼ばれる研究機関。その研究機関が過去の数十倍の規模で物資を集め、更なる実験機の開発を行っていると報告があった。これを見過ごすことは出来ない」
話自体は恐ろしく物騒な内容。
でもそんな内容なのに、その声を聞いて心地よさを覚えているとは…あたしも大分きてるなあ…なんて思う。
気付けばあっという間だった。
あたしはクラサメ隊長が好きなのだ。
隊長としては勿論、他にもまさに恋しちゃってる…の意味で。
「皇国領内の軍事工場のうち、このような規模の製造に足る設備を持つ箇所はひとつ。ペリシティリウム白虎に隣接した兵器工場。諸君の任務はその工場内への潜入および新型ぞ実験機の破壊となる」
声に耳を傾けて、心地よさに浸る。
本当に、こんな感覚は初めてだ。
…初めて知った恋という感情は、穏やかで心地いいものだった。
でも好きだからと言って、何がどう変わるというわけでもなかった。
強いて言うなら、少しすっきりしたとかそんな感じだけで。
だって相手は指揮隊長。あたしは候補生だ。
その辺の立場はわかってるし、わきまえているつもりだ。
しまっておく事が一番だとわかるし、それは難しいことじゃない。
トンベリにお菓子を持っていて、ついでに隊長にも渡して、のんびりとした時間を過ごす。
それは、この戦いに生きる中であたしが見つけた至福であり、楽しみだ。
それでいい。それだけでいいのだ。
見つめて、声を聞いて…それだけで楽しいだなんて、とっても変だけど。
でも…それが本当に楽しいから。
だから、何も変わらずに。
自分自身、それが一番心地いい。
「…以上だ」
ミッションの説明が終わり、皆は武器を手に席を立って行く。
あたしも同じようにカタン、と椅子から立ち上がる。
でも教室を出る前に一度、あたしは教壇の方へと向かった。
「トンベリー。今回はパウンドケーキですよー」
「……。」
教卓の上に乗せられたトンベリに「はい」と袋を差し出せば、中が気になるのかカサカサと袋に触れている。
…ああ、本当に天使だ、この子は。
「任務前でも作ってくるのだな、お前は」
少し呆れ気味の声。
その台詞は勿論、隊長だ。
また心地よさを覚える。
あたしは笑った。
「勿論です。隊長も言ってたじゃないですか。今回は敵国への侵入だからやすやすと戻ってこられないって。トンベリにお菓子をあげるの、あたしの至福ですから。隊長もよかったらまた食べてくださいね」
正確には、隊長とトンベリふたりに食べて貰うのが、だ。
オマケと言うなら、今ならそれが確実に当てはまるのはカヅサさんだと思う。
「トンベリにはいつもの時間にやっておく。だから早く行け」
「了解です」
ピシッと背筋を伸ばして、真面目な表情を浮かべる。
まあ、一瞬だけだけど。
「時に隊長、任務に赴く前にひとつ頼みがあるのですが。よろしいでしょうか」
「なんだ?」
赴く前に一つ。
あたしは隊長をじっと見つめた。
…マスクないほうがカッコいいと思う。
いや、それはどうでもいい話だけど。
「隊長って、『頑張れ』とか言ったことありますか?」
「どういう意味だ」
「いや、そのままですが…」
どういう意味と聞かれると…。
しかもいつもの無表情。
本当、この人ってポーカーフェイスだよなあ…。
思いっきり笑ってる顔とか、見てみたい気もするな。
…なんて思うのはあたしの感情による問題なのだろうか、やっぱり。
「ええと…まあ言ってしまえば、些細な一言でも力になる事はあるのではないかと」
表面は微笑み。
でも裏では苦笑い。
ちょっぴり欲が出た。
仕方ない、人間だもの。
大丈夫。線は引いてある。
ただ、少しだけ。
「ナイン辺りに言えば引かれること間違いないと思うが?」
「あー…うーん…。それは否定できませんが…」
というか、クラサメ隊長がいきなりそんなこと言ったらナインに限らず0組全員が目を丸くするだろう。
レムとかなら「はい!」って笑ってくれそうな気はするけど…。
酷いと「気味が悪い」とか言い出す輩もいそうだ。
…ていうのは隊長に失礼か…?
「あたしは引きませんよ。指揮隊長の激励、むしろやる気出ますね」
「お前には必要ないな」
「どうしてです?」
「努力をしない者に言う言葉では無い」
「…それ、こないだの点数の話してます…?」
赤点とらなきゃいい。
まさかあの会話がこんなところで仇になるとは…!
ああ、作戦失敗。
まあ、仕方ないか…。
そろそろ行かないとクイーンに「何してるんですか!」って怒られそうだ。
クイーンは怒ると本当に怖い。
「それは残念です。さて、では行ってきます」
「ああ。クリスタルの加護あれ」
その言葉を受け、あたしは走り出した。
この任務が赴くことが、貴方を砕く始まりになることなど…想像もすることなく、知る由もなく。
To be continued