ありふれた日常を記せば
「…カヅサ」
「そんなに睨まないでくれって。クラサメくんの時よりは軽い薬だから大丈夫だよ!…ハイ…ごめんなさい」
場所は未だ、カヅサさんの秘密の研究室。
ギン、とクラサメ隊長の鋭い眼光で睨まれたカヅサさんは目を逸らしながらずれたメガネを直していた。
知らない人にはついていっちゃいけない。
昔、マザーに教えられたこの言葉の意味…まさかこの年になって思い知る事になるとは思わなかった…。
…それにしても今この人、何か物凄い事を言わなかっただろうか?
「…クラサメ隊長もやられたことあるんですか?」
「………。」
聞いてみたら無言を返された。
うん…多くは聞くまい。
無言なのがすべて物語っている。
「…面白いお知り合いですね、隊長」
「………まったくな」
なんか意外だ。こんなお友達がいたとは。
いや実際は今日会ったばかりなのだし、クラサメ隊長のことなどまだ全然わかってはいないけれど。
なんとなくクールな第一印象的には意外だった。
そんな会話を聞いていたカヅサさんは「色々見てきたけど、クラサメくんの体やっぱり魅力的だよ。現役を続けてるだけあって良い体してるんだよなー」とか言い出して、またギロ、と睨まれていた。
…魅力的…。良い体…。
なんかちょっと怪しい雰囲気が…。
…ある意味カヅサさん最強なんじゃないかと思った。
「…ん…?」
そうしていると、あたしはクラサメ隊長の背中にいた存在に気がついた。
ひょこひょこ揺れてる小さな緑。
あれは…。
「トンベリ…?」
首を傾げれば、丸い金色と視線がぶつかった。
あたしの声に反応したようにクラサメ隊長とカヅサさんの目もそこに集まった。
大きな包丁、ランタンを手に、末だけ二又に分かれた尻尾。
どっからどうみてもトンベリ。
「クラサメ隊長、その子は…」
「私の従者だ」
「クラサメくんの役に立つのが生き甲斐みたいな子さ」
「従者、ですか…。教室にいた時からずっと気になってたんですけど」
教室でもずっとクラサメ隊長の傍にいたトンベリ。
あの子は一体なんなのだろう。
そう、本当にずっと気になっていた。
じっと見つめて、視線は金色とぶつかったまま。
互いに逸らさない…。
そうしてるうちに、自分の中で変化があった。
こ、これは…。
「か、可愛い…」
つい零れた。
例えるならば、きゅーん!…だろうか。
これは…やられてしまった。
こんな至近距離で、トンベリと見つめ合うなどまずない。
だって、仮にもモンスターだ。
…しかも結構強い類の…。
チョコボ可愛いとかならたまに聞くが、トンベリ可愛いとはあまり聞かない。
まあチョコボも軍の消耗品だと言う人が大半だが…そりゃないだろうと思う。
その辺はエースとたまに語り合う。
まあとにかく…チョコボに負けないくらい、トンベリも愛くるしいではないか…!
確実に何かが芽生えてしまった。
「クラサメ隊長!この子、可愛いです!何かあげてもよろしいでしょうか?」
一応聞きはしたものの、返事を待つ前に、あたしはポーチに手を伸ばしていた。
取り出したのは、さっき教室でももごもごしてたクッキー。
実はこれ、手作りだ。
簡単にラッピングしたそれを、ハイ、と差し出した。
「あたしの手作りです。どーぞ?」
「…………。」
間。
どうやらクラサメ隊長の許可を待っていたらしい。
クラサメ隊長が「いいぞ」と頷くと、ランタンを置き、差し出したクッキーに手を伸ばして、ちょびちょびと食べ始めた。
…こ、これは…!
「か、可愛いです…!天使ですか、この子は!」
「トンベリつかまえて天使って言う子、初めて見たよ、僕。それより、手作りなのかい?それ」
「そうですよ。このご時世でしょう?口に入れるものは自分で作るのが一番安全ですから。料理には自信ありです。カヅサさんみたいな人もいますし」
「…なかなか言うんだねえ、ナマエくん」
「懸命だな」
「クラサメくんまで!」
そのやりとりになんだか、自然と笑みがこぼれた。
「あははっ、あー、なんだかいきなり長文になりそう…」
「何の話だ?」
ちょびちょびクッキーを頬張るトンベリの頭を撫でながら呟くと、クラサメ隊長に聞かれた。
それは、ついさっき決めたこと。
「日記です。あたし、日記つけようと思ってるんです。毎日ね」
「感心だな」
「えへへ、…まあ、死に抗う手段と言いますか」
そう言うと、クラサメ隊長もカヅサさんも「?」って顔をしていた。
この世界では、死んでしまった人の記憶はクリスタルによって忘れ去られてしまう。
どんなに大切人だったとしても、その人との思い出も、何もかも。
最も…あたしたちはマザーが蘇生してくれるけど…。
それでも書こうと思ったきっかけは…墓地でレムが話してくれた一緒に任務に行く人の名前を書きとめておくと言った話。
「こうだったからこの人といるのは楽しかった。ああされたから、この人は嫌い。そうすると読み返した時、知らない名前があっても、その人がどんな人であたしがその人をどう思ってたのか知れます、よね?まあ、知ったところで思い出せないのは確かなんでしょうけど…。でも、本みたいな感じ」
どんな思い出でも、それが思い出じゃなくなってしまっても…きっと無駄にはならない。
知っていれば…絶対に。
良い事なら、それは糧になる。
嫌な事なら、そうならないように拓ける。
「本とかを読んでもこの人物は好き、嫌い、ありますよね?そんな気分になる。せめて…それくらいは感じ取れると思って」
それに…、好きなひとは勿論…嫌いな人でも…。
忘れてしまうのは…やっぱり少し、寂しい気がするから。
今、この瞬間も。
だって、0組の皆も一緒とは言え、突然魔導院で生活することになって。
新しい環境には少なからず不安はあったけど、結構楽しくやれそうだと思った。
色んな人と触れ合う機会がありそうだから。
To be continued