帰っておいで






「カヅサさん!」





ガラガラ…
僕の秘密の研究室の扉が開く、重たい音がした。

それと同時に響いたのは、女の子特有の高めの声。

まあ、その声を聞かなくてもわかる。
実際のところ、この研究室に自ら足を運ぶような物好きは限られているのだから。





「どうしたんだい、ナマエくん」





少しずれた眼鏡を直しながら振り向けば、そこには予想通りの彼女の姿があった。

でも、どこかいつもと感じが違う。
いつものように雑談をしに来た…というわけでは無さそうだった。





「いえ…一応、カヅサさんには言っておこうかと思いまして」

「何をだい?」





するとまた予想通り。

彼女は少しの時間を使って僕に何かを伝えにきたようだった。
その様子はなんとなく慌しく、急いでいるようにも見えた。





「あたしたち、今から万魔殿に行ってきます」

「え…?」





彼女の言葉。

一瞬、耳を疑う自分がいた。
…というより、多分僕は少なからず動揺をしたのだと思う。





「あたしたち…ということは、0組の皆かい?」

「はい」





今、空も海も真っ赤に染まり…それはまるで世界の終わりのような、景色が外には広がっていた。
おまけにルルサスの戦士とかいう大分ナンセンスで物騒な奴らもうろついているし。

もう既に、何人もの犠牲が出ていると聞いた。

彼女が言うことは、多分その状況に終止符を打とうとしているということだろう。





「万魔殿って、どうやって行く気なんだい?」

「蒼龍のルシ…ホシヒメさんが連れて行ってくれるそうです」

「蒼龍の…。へえ、そうなのかい」





表には、出ていないと思う。
それは自信があった。

でも内心、僕はどこかでこの子を引きとめようと足掻いていた。

もうきっと、とまることなどないとわかってはいたけれど。





「あたしたちがどこまで出来るのか…自分でもよくわからないんです。でも、やるだけやってみるのも悪くないんじゃないかって」

「そう…」

「それに…あたし、決めたんですよ」

「…何を?」





ナマエくんの表情は穏やかだった。
でも、硬い意思の表れ…そんなものを感じた。





「クラサメ隊長が生きた証、あたしが守れたら…なんて」

「生きた証…?」

「…クラサメ隊長は朱雀のために戦ったわけですよね。朱雀を守るために。あのビッグブリッジで戦い抜いた。なのにここで諦めたら、それが無駄になってしまうような気がして」

「…………。」





僕は、彼女の話を静かに聞いていた。

…彼にもう一度会おうとしている僕が言えた事じゃないけど、彼女は変わっている。
死者の記憶はクリスタルによって消されるのに、こんなにもその消された誰かのために動こうとしている。

僕は、そっと彼女に歩み寄って近づいた。
そして優しく手を伸ばし、彼女の柔らかい髪を撫でた。

なんだかデジャブだ。
…いや、でも僕が同じ体験を繰り返しているというわけじゃない。

ああ、そうだ。コレは…あの目玉の記憶だ。
それで見た光景によく似ているのだと気がついた。

彼女の頭をそっと撫でる、彼女達の隊長…クラサメくんの記憶に。





「ちゃんと、帰っておいで」





頭に手を置いたまま、僕はナマエくんの背丈に合わせるように少し屈んでそう言った。





「…カヅサさん」





彼女はそっと僕の顔を見上げていた。

…僕はね、君の事を可愛がっていると思うよ。
一般的に言うと、妹のよう…っていうのかな。

そうだな、一番しっくりくる言い方だと…お気に入り、って感じなんだけど。
でもそんなこと言ったら顔をしかめられてしまいそうだから、今日くらいは黙っておくよ。





「いってらっしゃい」





頭から手を放し、ポン…と一度肩を叩いた。

それを受けた彼女は「はい!」と返事をすると、扉へ駆けていく。
僕はその背に手を振って見送った。

ナマエくんの姿が見えなくなって、扉がカチャンと音を立てて閉じた。
それと同時に僕は振っていた手を落とした。





「…クラサメくん、君も…なんだろう?」





息をひとつ吐きながら、僕は目玉の標本を見つめて問いかけた。
記憶に無い、残っていない彼に向かって。

…でも、そうだろう?

それは、おそらくだ。
でもきっと…君も、あの子を可愛がっていたのだろう?

だから僕は自分の行動を見て、君の記憶を思い出した。





「随分慕われてるじゃないか」





だからさ、僕は代わりもつとめたのさ。
…見送るあの手は、君の代わり。



END


カヅサ好きが爆発した。(笑)

万魔殿突入直前です。
…つまり帰っては来るけど…、本当0組は切ないなあ。


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