消えていく決意






「クラサメ隊長、やっと見つけました」

「…ナマエか」





闇夜のテラス。
輝きを放つのは空に浮かぶ星たちだけ。

あたしの声を聞き、さらりと紺色の髪を揺らして振り向いたその人。
探していたその姿に、あたしは頬を緩ませた。





「セブンとキングに聞きました。隊長ならテラスにいるって」

「…そうか」





隊長を探していたあたしに、年長のふたりが教えてくれた。
「今ちょうど話をしてきたところだから、まだきっと居るはずだ」と。

その言葉を頼りに訪れてみれば、目当てのその姿を見つけられた。





「隣、いいですか?」

「構わない」

「では、失礼します」





クラサメ隊長の隣。
テラスの手すりに肘を置いて、そこに頬をうずめる。

心地の良い風が吹いて、前髪が揺れた。

その風を視線で追うと、クラサメ隊長が映った。
隊長の柔らかそうな髪もまた揺れていた。

その髪の隙間から覗く、彼の瞳。
あたしはあの時の隊長の瞳を思い出しながら、ぼんやり見つめ、呟いた。





「瞳、真っ赤でしたね」





まるで、ルビーみたい。
不思議に輝く…真紅の色。





「…ルシだからな」





返ってきたのは静かな声音。

少し、怖いくらいの赤。
クラサメ隊長の言うとおり、それはルシの証だった。





「ルシかあ。なんか凄いですね。こんな風にルシと一対一でお話する日が来るなんて思ってもみませんでした」

「ああ、そうかもしれんな」





淡々とした会話だった。

クラサメ隊長は、先の戦いでクリスタルの声を聞いたのだという。
そしてその声を受け入れ、ルシになった。





「軍神シヴァ、綺麗でしたね。氷が煌いて、正直ちょっと見とれてしまいました」

「…戦場で呑気なことを考えるな」

「本当ですよね。でも。ありがとうございました。隊長のおかげで、あたしたち助かりましたから」





正直、危機的状況だった。
でも隊長がルシになって、軍神を呼んでくれて…あたしたちは置かれた状況を打破することが出来た。

でも、軍神は命と引き換えに行う術。
にも関わらず、召喚を終えても隊長は平然としていた。





「軍神の詠唱始めただけでも驚いたのに、終わっても普通にしてるから…あたし、頭がどうかしちゃったのかと思いました」

「……………。」

「その赤い目を見つけてからは、納得しましたけど」





クラサメ隊長が与えられたのは、サモナーの力。
つまり乙型のルシということになる。

その命を散らすことなく軍神を召喚することの出来る力、ということだった。





「…次の作戦で秘匿大軍神、呼ぶんですよね」

「ああ。ナイツ・オブ・ザ・ラウンドだ」





また、淡々とした会話だった。

秘匿大軍神は、いわば朱雀の切り札のような技。
でもその力は強大すぎて、本来なら召喚を禁じられているような力だ。

しかし、ルシとなった隊長を含めた八席議会はこれを召喚することを決めた。





「それが…私に与えられた、ルシとしての使命だからな」





クラサメ隊長は自身の胸に手をあて、そう静かに語った。

ルシは使命を与えられる。
秘匿大軍神を召喚することが使命なのだと、隊長は感じるらしい。

そして、使命を果たしたルシは…昇華する。





「…クリスタルになってしまうんですね」

「なってしまう、とは嫌な言い草だな」

「それは失礼しました。でも、あたし的にはなってしまうんだなあ…って感じですから」





嘘をつく気などなかった。
嘘をつくために、隊長を探していたわけではなかったから。

そっと、空を見上げる。
星は、相変わらず輝いていた。

こっちの気も知らないで…すがすがしいくらい、いつも通り…美しく。





「昇華したら…あたしたちの記憶に隊長との思い出は残るんですよね」

「ああ。ルシだけが味わえる至福、だな」

「残されるこっちは辛いことこの上ないですけどね?」





言いながら、ううん、と腕を引っ張り背筋を伸ばした。
こんな態度でこんなこと言っても説得力なんてありゃしないだろう。





「…ほう、私が昇華すると辛いのか」

「当たり前です。あたしは隊長のこと、尊敬してるんですから」





にこ、と笑ってそう返した。
そうだ。当たり前だ。本当にいたって大真面目。

あたしたちはマザーが大好きだ。
だからマザー以外の人に心を開くことを、あまり想像したことが無かった。

でも魔導院で生活し始めて、色んな人に触れた。
0組に入ったマキナとレムも、今は本当に大切な仲間だと思える。

そんな中で、このクラサメという人は…あたしにとっては他より少し、特別だった。





「尊敬…か」

「前にも言いましたよね。忘れた、とは言わせませんよ?」

「いや…、覚えている」





隊長はそう頷いた。

0組の中で、一番隊長と接する機会が多かったのは、たぶんあたしだと思う。
それは自惚れではなく、本当に。

って、あたしが引っ付いていたのが理由なのかもしれないけれど…。

とにかく、あたしはこの人に懐いていた。
話して、人柄や考えに触れて、そしたらいつの間にか…強くこの人に惹きつけられていた。

憧れて、慕って、尊敬して。
そして…もうひとつ、初めての感情を貰った。





「…こういざ記憶が残るという場面に直面すると、よくわからなくなりますね。少しでも死んでしまった人のことを思えるようにって日記を書いてきたけど…忘れてしまえたら楽なのに、とも思ってしまいます」

「……。」

「現金、ですよね。凄くそう思います」





自分が忘れられてしまったら、少なからず怖いと思う。
でも、覚えているというのも…辛い。

ぶつかる壁ごとに、気持ちが形を変える。

酷く、自分は現金だと思った。





「…私は、使命を果たせることを…嬉しく思う」

「え…?」





その時、隊長がそう言った。
あたしは小さく首をかしげた。

それを見た隊長は笑った。
マスクでちゃんとはわからないけど、そんな気がした。





「力を手に入れ、戦うことが出来て、それを嬉しく思う。子供だけ戦わせて平気な大人はいないからな」

「……隊長」

「…だが、わかるのだ。ルシとして、人の心が冷えていくことが」





心が冷えていく。
そう口にしたとき、隊長は少し…寂しそうに見えた。





「…お前が尊敬と言う言葉をくれた時、私はそれを誇りに思えた」

「えっ…?」

「しかし、その感情も薄れていくのが今もわかる。それが少し悲しいかもしれんな」

「…クラサメ隊長」





今の、もう少ない残り時間が…その言葉が嘘ではないと教えてくれた。

あたしの言葉は、クラサメ隊長の心に誇りとして存在してくれたらしい。
…なんて、喜ばしいことなんだろう。素直にそう思えた。

だから、今しかないと思った。





「…隊長。まだ人の心は、残っていらっしゃるんですよね?」

「…多少、だがな」





隊長を探していた理由。
この人に、会いに来た理由は…ただ雑談をしに来たわけじゃない。





「…じゃあ、言わせて貰いたいことがあるんです」





本当の理由は、ちゃんとある。
それを、心が冷え切ってしまう前に…ちゃんと伝えようと思った。





「…隊長だし、こんな戦いだらけの世界だから、胸にしまっておこうってずっと思ってました。何も望んでないし、この感情を持ってるだけで、あたしは楽しかった」

「…………。」

「でも、こんな時間はもう訪れないとわかってて、加えてあたしの中にその思い出は残ってしまう。こんな異例な状況になっちゃうなんて全然予想してませんでしたよ。でも、異例だからこそ、言わせてください。残ってしまうなら、後悔…したくないので」

「…………。」





隊長は鋭い。
だからここまでくれば、あたしが何を言おうとしてるのか、きっとわかってるはずだ。

でも止めることなく、黙って聞いているだけ。
だから、それは言ってもいいという、聞いてくれるという証も同然だった。





「…クラサメ隊長、あたしは…貴方を尊敬しています。戦いの合間、貴方の元にお菓子を届けては過ごす小さくて穏やかな時間が、あたしにとっては至福でした」

「……。」

「でも…そう感じていたのは、尊敬だけから来ているわけではないのでしょう。あたしはもうひとつ、はじめての感情を貴方に教わりました」





じっと、瞳と目が合っている。

ルシになったといって、心が冷えていくといっても…。
その視線は、まだ確かにクラサメ隊長のものだった。





「…あたしは、クラサメ隊長に恋していました」





自分でも驚くほど、穏やかな声だった。
頬が柔らかく緩んで…そっと微笑んで言えた。

何も望んでいない。
望まない、望めない想いだけど、言えてよかったと思えた。

…たとえ、クラサメ隊長が…その想いに何も抱かなくなるとしても。





「だから…」





あたしはゆっくり頭を下げた。
胸に手を置いて、少し大袈裟にして。





「貴方が詠唱を無事に終わらせられるよう、全力をつくして戦います。クラサメ隊長が、昇華出来る様に。それがきっと、あたしが貴方に出来る最善だから」





次の戦い、あたしは朱雀のためと言うより…この人のために戦うのだろう。

そう思ったほうが、頑張れる気がした。
次の戦いだけは…きっと。





「ああ…、頼もう」





ずっと黙っていた隊長が、一言だけそう言った。




でも…あたしは、知らなかった。
この想いは、永久に繰り返されていたこと。

繰り返された世界の数だけ、同じ心を繰り返し、叶うことなく終わっていく。

それは、成就を望まない自分の意思。

だから…叶わないのは構わなかった。


だけど…隊長の死が無駄に終わっていく。
こんなに色々なことを想い、散ってゆく貴方の覚悟が無駄になる…。

貴方の覚悟が無に帰していく…。

なんの意味も、なかったことになってしまう…。



それだけが、きっと…悔しかった。



END


小説のお話。最後から2番目の物語。

つまり何が言いたかったかと言うと…ヒロインは自分が想いを伝える、叶うことより世界がリセットされてクラサメの覚悟が何の意味も無かったことにされちゃうのが一番嫌っていう。
だから想いを伝えられたこの世界より、クラサメの覚悟を知ったまま戦えたこと、輪廻を止めてクラサメの覚悟を無駄死にしなくて済んだ最後の世界の方がヒロインにとっては幸せ…っていう話です。

なんか説明へたくそでスイマセン…。

本当は死なないのが一番に決まってるけどね!そりゃそうだ!←

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