わからなくなった名前
戦場に足を踏み入れたあたしたちに課せられた任務は、大きく分けて二つだった。
まず、1つ目の任務はジャマーの破壊。
ジャマーが展開されている中で動けるのはあたしたち0組だけ。
ジャマーを破壊しないと他の朱雀の人間は為す術が無い。だから、いち早く破壊する。それをこなす事が第一だった。
2つ目は、説明だけなら単純。
あとはひたすら…秘匿大軍神が発動するまで、皇国軍を殲滅し続けること。
「はあっ…!」
武器を振るった。
魔法を放ち、薙ぎ払う。
第一関門のジャマーの破壊に成功したあたしたちは、今はひたすら戦っていた。
「ナマエ!伏せろ!」
「OK!」
ざっ…と膝をつくと、頭上をエースのカードが抜けていった。
その間デュースのフルートが響いて、あたしの魔力を高めていく。
それを感じながら、呟く上級魔法の詠唱。
終わった瞬間、掌をつきだし、放った。
「ファイガ!!!」
そうやってひたすら、ただひたすら…。
次々に溢れてくる皇国の兵士や魔道アーマーを壊していった。
《クポ!ビッグブリッジに撤退用の飛空艇を向かわせたクポ!セツナ卿の召喚詠唱が完了する前にビッグブリッジまで撤退するクポ!》
どれくらい戦ったのだろうか。
考えてもわからないくらい長い時間。
その時、COMMにもぐりんからの通信が入ってきた。
それはセツナ卿の召喚詠唱が終わりを迎える直前段階に入った知らせ。
「了解」
エースが短く答える。
そして皆の顔を見渡すと、その場の全員が頷いた。
それは、もうすぐこの戦いが終わるという合図でもある。
だからあたしたちはビッグブリッジに向かって走り出した。
「まったく〜、うじゃうじゃ出てくるねぇ〜」
その道にも行く手を阻むように出てくる皇国兵たち。
ジャックが刀をかざしながら苦笑いを浮かべた。
でも…気持ちは凄くわかる。
相手してたら時間は足りない。
「追わずに退ける事だけを考えて走りましょう!」
デュースが言う。
あたしたちはそれに従い、適当にあしらいながら道を戻ることだけに集中した。
だけどあたしは。
魔法を唱えながら、頭の隅であたしは考えてた。
大丈夫。
だって、覚えてるんだから。
そう、思い浮かべてた。
《0組、応答せよ》
思い浮かべたその時、声がした。
想い浮かべたその人の声。
いつものあの声。
「クラサメ隊長…」
呟いた隊長の名前。
今この瞬間…なんの連絡だろう。
新しい任務か、何かだろうか…。
全員の意識がCOMMに集まった。
《お前達…魂……無限…可能…が……た》
だけど、途切れ途切れ。
クラサメ隊長の声はノイズにまみれてよく聞こえなかった。
「…隊長?よく、聞こえません…」
だから聞き返しては見たものの、もしかしたらこっちの声も向こうには届いていないのかもしれない。
《その……達…選ん…道…》
よく耳を澄ましても、やっぱりノイズが邪魔をする。
だけど最後の一言。
最後の一言だけ、クリアになって耳に届いた。
《よくやったな》
褒められた。
とてもとても…驚くほどに優しい声で。
その時、何故だか…どくん、と心臓が波を打った。
「隊長…?変な通信だな…」
エースが訝しい顔をした。
いや、エースだけじゃない。
「…もう、繋がらないみたいですね」
デュースがCOMMを確かめた。
皆も不思議そうに首をひねっていた。
だって、褒められたことなんか、全然ないから。
せいぜい「御苦労」と言われるくらい。
「切れちゃったみたいだね〜。…あれ?ナマエ?」
「…ナマエ、どうした?顔色が悪いぞ」
「………。」
あたしは黙ってCOMMを見めていた。
手は、心なしか…震えてるように見える。
ううん…震えてる。
そんなあたし3人が気がついて、顔を覗き込んでくれた。
「大丈夫ですか…?」
「…どうした?」
「……みんな、…あたし…」
その時あたしは、物凄く嫌な予感を感じていた。
背中を、何か嫌なモノが這う様な…。
吐き出しそうなくらい…ぞわぞわと這い上がる何か。
…よくやった、って…何ですか。
……どうして今…言うの…?
そう過った瞬間、あたしは弾けた様にCOMMに向かって叫んだ。
「っ…隊長!クラサメ隊長!?クラサメ隊長!!」
急に叫び出したあたしに、皆が驚きで目を見開いた。
でも、あたしは目もくれずCOMMに呼びかけた。
頭の中にはそ焦りしかない。
ただ、クラサメという名前をひたすら叫ぶ。
「クラサメ隊長!クラ…っ!」
「ナマエ!」
叫んだら、急に肩を掴まれた。
気付かされて顔を上げたら、目の前にはエース。
エースがあたしの肩を掴んでた。
「確かに変な通信だったけど、今は逃げる事が先決!わかるだろ?飛空艇まで走るんだ!」
「…あっ…」
腕を引かれた。
また、走り出す。
エースがカードを投げたのを見て、我に返った。
そうだ…こんなとこで立ち止まったら、秘匿大軍神に呑まれてしまう。
気を取り直して、また魔法の詠唱を始めた。
でも…不安は胸を浸食し続けた。
押さえるので精一杯で。
「早く乗るクポ!」
ビッグブリッジに着くと、飛空艇はすぐ見つかった。
もぐりんが早く乗れと言わんばかりに小さな体で大きく手を振ってる。
生存者は少ない…。
あたしは乗り込むなり、飛空艇の中を駆け回った。
COMMもつけて、また名前を叫んだ。
「クラサメ隊長!どこですか!?クラサメ隊長…!」
また、ノイズしかない。
聞こえない。
返ってこない。
言い聞かせた。
大丈夫。だって覚えてるんだから。
あたし、ちゃんと名前呼べてる。
それを確かめる様に、また口を開いた。
「クラサメ、ッ…」
ドオン…!
でもその時、そんな音が響いてきた。
同時に眩い光が視界を照らし出す。
白い光。
遠くで、…皇国軍の陣地を、白い光が焼いていく圧倒的な力。
…あれが…秘匿大軍神…。
アレキサンダーの、聖なる光。
飛空艇に乗る誰もが目を奪われていた。
強すぎる。
震えるほど、恐ろしいと感じながら。
「……………。」
包まれた光が消え、今度は静けさが漂う。
今度はそれが、酷く事の凄さを物語っているようで。
あたしも、肌が沸き立つのを感じた。
…でも、それと同時に…。
「…クラ、サメ……?」
静けさの中、呟いた。
それは今さっき、自分が叫んだ名前。
…だけど。自分が叫んだのに。
心当たりが……無い。
「…クラサメって…誰…?」
To be continued