自分で見つけた自分だけの
「酷い景色…」
呟いた言葉は、自然と零れ落ちたものだった。
つまり、心底そう感じた。
場所はメロエ地方。
朱雀と白虎の国境線。
「朱雀の旗の色はやばそうだね〜」
「…ジャック」
煙の上がる景色を見ていると、隣からジャックの声がした。
彼はいつでも軽くて明るい。
だけど、これはわざとなのを…あたしは知っている。
彼は、不安を煽らない様笑うのだ。
一見気楽に見えるけど、結構心強いんだ。
「頑張らなきゃ、だね」
ジャックの声を聞いて、思い直した。
朱雀軍は今、それぞれの地で白虎と蒼龍、両者の相手をしている。
0組はその両方の戦いに分けられ身を置いていた。
あたしはエース、ジャック、デュースと白虎との戦いに。
この戦いに用いられるのは、ルシ・セツナの秘匿大軍神。
その詠唱の時間稼ぎ。
蒼龍側にも兵を割いている分、その不足は0組がカバーしなければならないらしく、0組はこの作戦の要とされているらしい。
そして、この戦いでは…これは凄く個人的な事だけど…ひとつ。
凄く…重要な意味を持っていた。
「我々は必ず、勝利する…。必ず、生きて帰るんだ!」
マスクの奥から、あたしたちに投げかける。
あたしは切れ長のその瞳を一度見つめると、じっとその声に耳を傾けた。
目を閉じて、そっと浸る。
やっぱり、あたし…隊長の声、好きなんだなあ…。
気持ち一つで、こんなにも変わるものなのかと思う。
「ナマエ、聞いていたのか」
名前を呼ばれた。
少し刺々しい、お咎めの言葉。
「勿論です。尊敬してやまない隊長の言葉を聞き逃すなんて、ありえませんね」
瞼をひらいて、にこっと笑って頷いた。
…この戦いは、あの女王暗殺の件により…クラサメ隊長も駆り出されることになった戦い。
クラサメ隊長は…セツナ卿の支援に当たるのだと言う。
終わった話に、既に他の3人はそれぞれ散って、各々準備を整えてる。
武器の確認だとか、支給されてきたポーションの補給だとか。
あたしは…、この間クラサメ隊長と墓地で話した時の事…思い出してた。
《クラサメ隊長。いくつも申し訳ないんですけど、もうひとつだけお聞きしたい事が》
あの後も、少しだけ隊長にはお話に付き合って貰った。
いくつもいくつも尋ねた色んな質問。
クラサメ隊長は、ちゃんと耳をかしてくれた。
《なんだ》
《今まで作った中で、一番好みだったなーっていうお菓子、なんでしたか?》
しばし、間。
《突然何を聞いてくる》
表情こそ変わらない。
でも呆れてるなあ、っていうのはわかった。
めげないけど。
《いえ。ただ、戦いから帰ったら何を作ろうかと思っただけです。隊長、久々の戦場なのですよね?帰ったらナマエが慰労してさしあげます》
《…結構だ》
《まあそう遠慮なさらずに》
《遠慮しているわけではない》
《はい、どうぞ?》
《……………。》
へへっ、と笑う。
そんなあたしに、隊長も諦めたみたいだ。
《…初めて、》
小さな溜め息の後、観念したように口を開いた。
《初めて?》
《初めてトンベリにやったのは、何だった》
《え?えーっと、》
初めてトンベリにあげたのはカヅサさんの研究室で、だ。
あたしがカヅサさんにクスリを盛られた時。
隊長が見に来てくれたんだっけ。
改めて…やっぱり良い人だ、隊長。
まあそれはともかく…その時あげたのは…。
《クッキーですね》
《…ならば、それでいい》
《え?》
瞬時の回答。
ちょっと目をぱちぱちさせてしまった。
驚くあたしに、クラサメ隊長は続けた。
《…私は口にしていなかった様に思うが》
《あ、そうかもしれません》
《あれが気に入ったからトンベリはお前に懐いているのだろう。だから少し気になっただけだが…》
《え、懐いてくれてるんですか?それは新発見です。わかりました。クッキー作りますね》
《そうしてくれ。トンベリも喜ぶ》
一番隊長が気に入ってくれたものを…って思ってたけど。
選ばれたのはまさかのまだ口にしていないもの、だった。
でも、それが隊長の希望ならそれが一番だ。
《気合入れて作りますからね!》
《…その気合は作戦に使え》
《両方に使います!》
そんなやり取りを思い出してた…。
この状況を見て、気合を入れないわけはない。
ただ…確かめたかった。
戦おうと思う様になった、自分だけの理由を。
はじめは…マザーに言われたから。
マザーが言ったから。マザーが誉めてくれるから。
それだけだった。
明確な理由もなく、朱雀のためにっていう気持ちもよくわからないまま。
でもね、隊長。
今はあの穏やかな時間があたたかくてたまらないんですよ。
マザーも好き。
0組の皆も好き。
隊長も好き。
でもこれだけ、なんだか全然違うんだ。
これって大袈裟なのだろうか。
こんなの初めてだから、比較出来なくてよくわからない。
だけど本心だから。
自分で見つけた、自分だけの気持ち。
あたしは出撃直前、隊長に言った。
「…墓地で言った事、忘れないでくださいね?隊長」
「………ああ」
「じゃあ、行ってきます!」
生きて欲しい。
そう願ってる。
ちゃんと心に刻んでおいてください。
だから…。
すまない、だなんて…聞こえない。
To be continued