今持てる精一杯の生きてください






「…何をしている」

「く、クラサメ隊長……!」





軍令部の扉の前で固まっていたあたしは、会話の終わりと近づいてくる足音に全然気がつかなかった。

中からいきなり開いた扉にビクリ。
扉を開けたのはクラサメ隊長。

そこで気付いて、わああああ!と、しどろもどろなった。
そんなあたしに隊長は怪訝に眉を寄せる。

その視線に、誤魔化そうとか挽回しなくちゃとかそんな考えが浮かんで。





「ほ、報告書です!」





あたしは当初の目的を思い出して、パニックのままバッと持っていた紙を差し出していた。






「…妙にしわくちゃだな」

「…………………………えへ」





今の誤魔化しは、我ながら絶対に可愛くないと思った。









「墓地、ですか」





目の前に映るのは大きな背中。
紺色の柔らかそうな髪と、お堅いマントが風に揺れる。

あたしは今、クラサメ隊長と墓地に立っていた。

いつも一緒のお供のトンベリはいない。
…正真正銘のふたりきり。

そんな状況はじめてで、少しだけ緊張を覚えた。





「それで、話というのはなんだ?」

「ああ…えっと、はい」





振り返った隊長と視線がぶつかる。
あたしはゆっくり頷き、少しだけ俯いた。

…先程、痛々しい誤魔化しに堪えられなくなったあたしは落ち着きを取り戻そうと少し深呼吸した。

その時、いくつか頭に過ったものがあった。

だからこう言った。
「クラサメ隊長、お尋ねしたいことがあります。少しお時間よろしいでしょうか?」と。

そして連れてこられたのは、教室の奥にある…墓地、だった。





「えっと…何から話せばいいんだろう…。あ、じゃあ、その…何で墓地、なんですか?」

「静かな場所の方がいいのではないかと思ったまでだ」

「まあ、そうですね…」





確かに静かな場所なのは賛成だ。
あまり人がいないところの方が好ましい。

でも…本当に聞きたいことはそんなことじゃない。





「それに…此処は戦場でも無ければ、公式の場でも無いからな」

「え…?」





それは…何を尋ねてもいい、ということだろうか?

ひとつ…すっと深呼吸をする。
まずは、謝罪を口にした。





「すみません…。先程の話、立ち聞きしてしまいました」

「………。」

「次のミッション、本当に参戦なさるんですか?」

「聞いた通りだ」





つまりは答えるまでもない、と…。

否定されるとも思ってはいなかったが…。
胸が締め付けられたのも事実だった。





「貴方は何もしていないのに、どうして…。あたしたちが…」





あたしたちが…敵の罠に引っ掛かったから…。
そう…あたしたちのせいなのに…。

頭を押さえた。
言葉にしたら…改めて事の事実が染みた。

するとクラサメ隊長は首を振った。





「…お前たちのせいなどではない。自己の責任だ」

「そんなことっ…!」

「………。」

「………クラサメ隊長…」





無言の瞳。
何も言えなくなった。

でも、やっぱり…嫌なものは嫌だった。





「…死なない、ですよね…?」





口に出してから後悔した。

なんてこと聞いてるんだ…。
こんな戦いの真っ只中で…絶対はないのに。

現にクラサメ隊長は、マスクの奥で息をついた。





「戦場に立つ者が聞く台詞では無いな」

「わかってます。……すみません」





ぎゅっと手を握りしめた。

以前だったら、絶対こんなこと聞かなかったと思う。

…でも、相手がこの人が死んでしまったら…。
そう考えるだけでゾッとした。

その理由は絶対言葉にしない。

立場をわきまえてるから。
しても仕方ないことも、十分承知してる。

だけど…感情があるのは…確かだ。





「…隊長…。もうひとつ、質問の許可を願います…」

「…なんだ」

「クラサメ隊長は…、クラサメ・スサヤ個人としては…あたしたちが本当に蒼龍の女王を暗殺したと思いますか?」

「……。」





確かだから、知りたかった。
単なる我が儘だし、聞いたってどうなるわけじゃないけど。





「貴方が何と言おうと、公に覆さなければ今の状況は何も変わらない。それは理解しています。でも、ここは公式の場ではないのですよね?あたしは個人的に、クラサメさん個人の正直な考えを聞きたいです」

「……。」

「教えて、くれませんか?」





じっとクラサメ隊長の目を見つめた。

思う。
わからない。
思わない。

落ちてくるのは、どの言葉だろう…?





「…私は、」





クラサメ隊長の口が動きが、やけにゆっくりに見えた。

ぐ、と…。
喉が鳴った。





「…暗殺の犯人ならば、朱雀からの飛空挺になど大人しく乗って戻って来るはずもない。今こうして私に気を掛けることも不自然だ」

「…はい」

「何が起こるか、少し考えればわかるはずだ。お前たちはそこまで馬鹿じゃないだろう」

「隊長…」

「私は…そう思っているがな」





遠回しな言い方…。
また、いつかカヅサさんが言った「照れ屋」という言葉が浮かんだ。





「あははっ…」

「…笑いを取ったつもりはないが?」

「ははっ、ごめんなさい。つい、嬉しくて」

「………。」





慌てて首を振った。

でも…胸が、すっとしたのを感じた。
あたしの目、間違って無かったなって。

だから、抱いてる…もうひとつの本心を伝えた。





「クラサメ隊長。あたし、隊長のこと、尊敬してます。今、改めて思い直しました」





はっきりとした声で言った。

突然、毅然とした態度をとったあたしの少し驚いたようだ。
隊長の瞳が、少しだけ丸くなった。





「あたし…今まで、皆とマザーしか知らなかったんですよ。他の人と関わる事なんて無かったですし」

「確か…外局で育ったのだったな」

「はい。だから正直あまり興味なかったんです、他の人のこと。クラサメ隊長の事も。マザーがあてがった隊長。ナイン達を簡単に負かして、どんな状況においても冷静に対処出来る人…そんな人が隊長を務めるなら、それでいいじゃないか。的確な指示を貰えるならそれでいいや…そのくらいでした」





言葉を交わすのも、何をするのも…皆とマザーだけ。

それでいいと思ってた。
知っているのは小さな世界。
それだけで構わなかった。

だけど…魔導院で生活するようになって、他にも接する人が増えていって。





「でも魔導院で生活するって決まって変わりました。色んな人がいて、結構毎日が楽しくなりそうかもって思いました」

「…そうか」

「はい。だけど、その中でも隊長は特別です。結構、あたしたちのこと考えてくれてますよね?ちゃんと見てくれてるんだなっていうか」

「隊長とはそう言うものだ」

「うーん…。それはそうなんですけど、でも…クラサメ隊長は特にじゃないですか?まあ、他の隊長さんにはお世話になった事がないので比べようも無いんですが。でも、結構わかりますよ」





…凄く、人として格好の良い人だと思う。

指示は的確だし、だから人を冷静に見る事が出来る人なのだとは思っていたけど…。

0組は色んな意味で変に注目される。
戦闘に関しては自信もあったし、理由はわかってた…。
でも、別に変らない部分だってあるのにって思ってた。

けど隊長は…変に特別扱いもしないし。
それが…好ましかったのかもしれない。

それに…ちゃんと、ひとりひとりのこと見てくれてる…。そうですよね?





「だから心から、貴方が0組の…自分の隊長で良かったと思ってます」

「………。」

「こんなに誰かに憧れたの、初めてですよ」

「…大袈裟な」

「うーん…、どうなんでしょう。比較出来ないからわからないです。なんせ初めてですから」





小さく笑った。

…さっき隊長を探している時も、聞いた。

上層部は、あたしたちの迎えに飛空艇を出すことを戸惑ったと。
それでも意見を通してくれたのはクラサメ隊長だったと。

笑うあたしを見て、隊長は目を細めた。





「ナマエ…、聞け」

「なんですか?」





少し驚いた。
聞け、なんて言われたの…初めてだから。

あたしは隊長の心地の良い声に耳を傾けた。





「私の魔力は…まだ残っている」

「え?」

「壊れているのは…体の方だ」

「……体、ですか?」

「十善とは、言えん」





魔力は平均を見て隊長の年齢ならば、もうだいぶ衰えているもの…。
冷気魔法を放っているところから、多少の魔力は残っているのはわかっていたが…、それよりも動かないのは体の方だと言う…。

長時間は、戦っていられない…。
それを聞いて、さっき問いかけ後悔した問いが再び渦巻いた。

でも、あたしは顔を上げた。





「あたし…この気持ち、忘れたくないです。せっかく隊長に教わったことですから。ちゃんと覚えていたいです」

「……。」

「だから、しがない部下ではありますけど。隊長もそのこと覚えておいてくださいませんか?」





それは今持てる、…精一杯の、生きてください。





「…ああ、銘じておこう」





マスクでよくわからない。
でも、クラサメ隊長が…笑った気がした。

そして…少しだけ沈黙が流れる。
その感に、ざあ…と墓地に風が舞った。





「ナマエ」

「…はい?」





風に乱れた髪を押さえると、隊長の声がした。

名前を呼ばれて、隊長に目を戻す。
クラサメ隊長の目は、確かにあたしを捉えていた。





「…っ」





そして…ポスン、と言う音。

少し、心臓が跳ねた。
なぜなら、頭に触れられたからだ。

そして…そのままくれたのは。





「…無事で良かったな」

「……え」





思いもよらない一言。

隊長は誉めたり、労うことを、あまりしない。
ましてや、そんな優しい言葉。

それが酷く胸に染みた。





「…トンベリはお前が作ってくる菓子を楽しみにしているようだからな」

「トン、ベリ…?」





だけど手を離して、付け足された言葉があった。
今はそれすらにも笑みが零れた。





「あはは、本当ですか?やった!それは嬉しいなー」





ああ、隊長らしい…。
でもその付け足しも、嬉しいことこの上ないけど。

だけど…やっぱり…。





「……ありがとう、ございます」

「…………。」





だけどやっぱり、本当に嬉しかったから。
この人にそう言ってもらえて。

だから最後にちゃんと、お礼を返した。



To be continued

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