最後の炎



「はあ…はあ……」





荒くなる息づかいが響く。

ティーダの剣がブラスカさんの究極召喚を、倒した。

崩れ落ちるように光に包まれ、人の姿に戻った。
ジェクトさんは膝をつき、ぐらりと前に倒れ込みそうになる。

瞬間、駆け出したティーダ。
倒れかけた父親の体を、そっと抱きとめた。





「泣くぞ。すぐ泣くぞ。絶対泣くぞ。ほら、泣くぞ」





仰向けに寝かされ、見えた息子の顔に、また嫌味を言う。

…ジェクトさんらしいや。
でもその声に、意地の悪さはない。優しい、あったかい口調だった。





「……だいっ嫌いだ」





そんな言葉に声を震わせるティーダ。
こっちも、ティーダらしいね…。

言葉の通り涙を流す息子に、ジェクトさんは笑った。





「はは…まだ早いぜ」

「全部、終わらせてから…だよな」

「わかってるじゃねえか。流石、ジェクト様のガキだ」





ジェクトさんはゆっくり上半身を起こして、立ち上がったティーダを見上げる。





「初めて…思った。あんたの息子で…良かった」

「……けっ」





ティーダの本音。
それを言って貰えて、でもジェクトさんは素直じゃなくて。

だけどきっと。

少し、羨ましく思えた。
そうやって、ちゃんと言えるのも、言っても貰えることも。





「ジェクトさん…あの…」





その時、ユウナが恐る恐る声を掛けた。

でもジェクトさんは慌てたように立ち上がり、制した。





「駄目だ!ユウナちゃん!時間がねえ!」





ジェクトさんが叫んだ直後、何かが上空を舞うのが見えた。

小さなシルエット。

もう人の形なんて、残してない。
でも直感した。

あれが、エボン=ジュだって。





「ユウナちゃん、わかってんな?召喚獣を…」

『僕たちを!』





ジェクトさんに続くように、背後から聞こえた少年の声。

振り返れば、そこにいたのはバハムートの祈り子。
ふたりの声は重なるように、同じ言葉を放った。





「呼ぶんだぞ!」『呼ぶんだよ!』





その瞬間…。

今度こそ本当に…ジェクトさんの体が、倒れて。
幻光虫が…空に消えた。





「…はい」





その姿を見送ると、ユウナは強く頷いた。

そして見上げる。
飛び交う、エボン=ジュを。





「来るよ!」





ルールーの声に、皆が構える。

エボン=ジュから、真っ赤な光が放たれ、眩しさに思わず瞼を閉じた。
次に気がつくと、あたしたちは…ジェクトさんの持っていた巨大な剣の上に倒れていた。

ただひとり、杖を持ち、ユウナだけが佇んでいる。





「…ナマエ、立てるか」

「ん…、大丈夫、ありがと」





差し伸べてくれたアーロンの手を掴む。
力強く引いて、立たせてくれた。





「ユウナ!」

「お願い!」





ティーダと、ユウナに向かって召喚を頼む。

ユウナは杖を握りしめ、頷く。
そして…祈り、召喚獣達を、ひとつひとつ…召喚していった。

今まで一緒に戦ってきてくれた召喚獣たち。
いつもいつも、助けてくれた。

だから、誰もが苦しい顔をした。


わたしをたおして…。
てかげんはいらない…。
ねむらせてほしい…。

聞こえてきた、乗っ取られた召喚獣の願い。

だから、皆、全力で応えた。


全ての召喚獣を倒した。
やがて…行き場を無くして、目の前に現れた。

すべてのはじまり…エボン=ジュが。





「みんな!」





エボン=ジュを前にした時、ティーダが口を開いた。

皆は何を思ったのだろう。
気合入れていこうとか、そう思ったのかもしれない。

…ううん、あたしが、そう思いたかったのかもしれない…。

でも…違う。





「一緒に戦えるのは、これが最後だ。よろしく!」





潔い、吹っ切れたような…そんな声だった。

一方、皆は目を丸くしている。





「へっ?」

「なんつったらいいかな…」





なんだそりゃと言う具合のワッカに、ティーダは説明に困ったように頭を掻く。





「エボン=ジュを倒したら、俺、消えっから!」





でもすぐに顔を上げ、いつものような明るい声で言う。




「あんた、何言ってんのよ!?」





普段冷静なルールーも、今回ばかりは驚きを隠せていない。

衝撃を受ける皆の視線を受けながら、ティーダはユウナを見た。

…ユウナは、さっきからずっと、ティーダの事を見つめていた。

目が合うと、ふたりはしばらく見つめう。

ユウナは、心配そうに。
ティーダは、力強く。

そうして…ティーダはユウナの横を通り過ぎ、エボン=ジュに向き合い剣を握りなおす。





「さよならってこと!」

「そんなぁ〜…」

「勝手で悪いけどさ、これが俺の物語だ!」





最後…リュックの声に、そう言い切った。





「……。」





その時、思った。
あたし…どっかで甘えて、期待してたのかも…って。

ザナルカンドでは…、究極召喚のまやかしを暴く事ができた。
だから、シンの体内でも、何か方法があるんじゃないかって…。

どこかで…そうならいいなって願ってた。
でも…やっぱり…。


それに…この戦いは、ティーダだけじゃない…。

胸に手をあて、そっと握りしめた赤い石。
…本当に、最後の戦い、なんだ…。

痛くなるくらい、無意識に、強く握りしめてしまう。





「…俯くな、ナマエ」

「…!」





トン…。
すると…優しい声に、また…背中を叩かれた。

顔を見上げて…頷く。
ちゃんと、背筋を伸ばして。

凛と、前を見つめる。


思い出せ。
進むって決めただろ。
立ち止まらないって決めただろ。

ぱしん!
両手で頬を叩いた。





「よし…!やるよ、アーロン」

「…ああ!」





強気に笑えば、アーロンも返してくれた。

大きな背中が、目の前に映る。
…いつも庇ってくれた、優しい赤。





「…頼むぞ」

「うん…!」





その背中の後ろで、いつも唱えていた。

手のひらを祈るように握る。
そして…スッと、真っ直ぐに伸ばした。

これが…貴方に灯す、最後の炎。





「ファイガ!!!」





それぞれ、抱える色んな思い。

シンによって振りまかれた悲しいこと。苦しかったこと。
旅の間の、楽しかったこと、笑ったこと。

色んな感情を、思いっきりぶつけた。


To be continued

prev next top
×