レクイエム



シンの体内。
飛空艇から降り立ったその場所は、一面が浅い水に溢れていた。

そして、浮かぶスピラ文字。

どこか寂しげな印象を受ける場所。
…まるで、悲しみの海。





「ナマエ…」

「ん?なーに、ユウナ」





この景色を見ていると、なんとなく感傷的な気持ちになってくるな…。

そんな風に思っていると、ユウナに声を掛けられた。





「どうしたの?」

「さっき、アルテマ使ってよろけたでしょ…?大丈夫?」

「あ、うん!大丈夫だよ!初めて使ったからちょっと体が驚いただけ。セーブスフィアにも触れたし。もう全快!」





ニッと笑ってそう答えれば、ユウナも安心したように「そっか」と小さく笑った。

とは言ったものの…。
まあ。あんまり放ってはられない…魔法ではある、かな。

さすがは究極の攻撃魔法。
力の加減ができない。無理やたらに使ったら体力全部持ってかれるかも…。
ここまで来て足手まといなんて絶対御免だしなあ…。


でも…この景色を見て、感傷するような気持ちになったのは…あたしだけじゃなかったのかもしれない。





「ねえ…ナマエ」

「うん?」

「手…繋がない?」

「え?」





おず、と尋ねてきたユウナ。
一瞬、聞き返した。

でも、思い出したのは…いつかの浄罪の路でのこと。
あの時も、一番に再会することの出来たあたしたちは、しばらく手を繋いで歩いた。

一緒に進もう、って。


ああ、ユウナも同じなんだな…って。
こくん、と頷いた。





「うん、繋ご。ユウナ」

「ありがとう」

「ううん。こちらこそ」





ぎゅっと互いの手を握りしめる。

そして、水の跳ねる道をしっかりと踏みしめて歩いた。





「え…?祈り子が協力?」

「…うん。戦いのとき、召喚して欲しいって」

「…それで?」

「…究極召喚がシンになるのは、エボン=ジュが乗り移るから、でしょ?だから…私が召喚すればエボン=ジュはきっと…」

「乗り移ってくる…?」

「…うん」





手を繋いで歩きながら、ユウナは教えてくれた。

今この状況で改めて言われた《協力する》と言う祈り子の言葉について。





「小さなシンになって、やがて行き場を無くして…正体を現す、ってか」





言葉にしてみて、ずーんとした。

何から何まで…。
悲しい戦いばっかりだ…。





「ねえ、ナマエ…」

「ん?」

「エボン=ジュは…ここで何を召喚し続けてるのかな…」

「え…っ」





そう問われ、一瞬言葉に詰まった。

でもユウナはすぐに顔を上げ、首を横に振った。





「あ…!ごめん!何でもないの!忘れて!」





そして、そう慌てて笑った。

……ユウナ。
やっぱり…この子は…。

あたしは、ぎゅうっと強くユウナの手を握りしめた。

今は…そうしてあげることしか、あたしには出来なかった…。






「…階段だ」





しばらく進んだ頃、先頭を歩くティーダが呟いた。


ずっと続いていた水とスピラ文字の景色が終わり、現れたのは階段。

とにかく前へ。前へ進む。
意を決し、あたしたちはその階段を上った。

階段の先、そこは少し開けた空間だった。

そして…奥には人影。
おそらく、体内に突入する前に感じた嫌な予感の正体。





「ふふふ…」





見慣れた薄い笑み。
それを見たティーダは顔を歪めた。





「しつっこい野郎だな」





シンの中にまで。
それほどまでに強い執念。

そこに構えていたのは、シーモアだった。
シーモアは再び薄く笑い、そのまま語りだす。





「シンは私を受け入れたのだ。私はシンの一部となり、不滅のシンと共にゆく。永遠にな」

「吸収されただけじゃねえか」

「いずれ内部から支配してやろう。時間は…そう無限にある。お前達がユウナレスカを滅ぼしたおかげで…究極召喚は永久に失われシンを倒す術は消えた。もはや誰もシンを止められん」

「止めてやるよ」

「ならばシンを守らねばならんな。感謝するがいい。私はお前の父親を守ってやるのだ」





その言葉に、皆が武器を手にする。
ユウナもあたしと手を離し、ロッドを構える。

あたしは魔法剣の詠唱の為、アーロンのもとに走った。





「ナマエ殿」





その時、シーモアの静かな声があたしの名前を呼んだ。

キッ…と睨むつけてやる。
でも、シーモア「ふふ…」とまた笑った。





「やはり、貴女は逸材だったようだ。先程のアルテマ…。シンの力を凌ぐ一撃。まったく素晴らしい」

「貴方に誉められても嬉しくない」

「上等な目だ…」





睨んだまま言い返す。

…正直、すっごく腹が立った。

ジェクトさんを守る?
違う。そんなの、もっとジェクトさんを苦しめるだけ。

あたしでさえ怒りがわくんだ。
きっと、ティーダは一番…。





「貴女のその力、やはり我が物に。取り込ませてもらう。何としても手に入れよう」

「そんなことはさせん」





アーロンの低い声がシーモアに向き、太刀が光る。

守ってくれるような、力強い腕。





「やはり貴方は彼女の為に在るのですか」

「…貴様に言う理由はない。しかし、ナマエに手出しはさせん」

「ふふ…まあいいでしょう。では、永遠の安息を受け入れるがいい」





今までのどれよりも、上回る魔力。

力と力がぶつかり合う。

上級魔法が飛び交い、いくつもの技が光った。







「…馬鹿な」





しばらく続いたぶつかり合い。

しかし、こっちだってここで負けられない。
遂にシーモアがガクン…と膝をついた。





「今だ!異界に送っちまえ!」

「はいっ!」





ワッカの声で、ユウナはシーモアの前に立った。

そして、振袖を揺らし、ロッドを回し、舞う。
…異界送りを始めた。





「私を消すのは、やはり貴女か…」





シーモアは、目の前で舞うユウナをそっと見上げる。





「私を消しても…スピラの悲しみは消えはしない」





そう囁く姿を見て、ほんの少しだけ…苦しくなった。

シーモアのしたことは、とても許せる事じゃない。
死を甘い眠りと謳い、何人もの命をあやめ、スピラを死で包もうとした。

でも…こうまでして、死人となってまで果たそうとした未練や後悔。
留まっちゃいけない、在ってはならない。

シーモアの願いを叶えるわけにはいかないけれど。

だけど…心残りのあるまま、消えるのは…やっぱり悲しい、よね…。

異界送りは、生きていたいと願う死者を送る舞い。
生を羨み、留まれば魔物になってしまうけど…そんなのダメだけど。

死人にならずとも…生きていたいと思うのは、それだって未練や後悔があるからだ。
残したものがあるから…生きたいと願う。





「………。」





黙ったまま、アーロンの顔をそっと目だけで見上げた。

未練や後悔を残さず生き抜くなんて、簡単にできない。

後悔したくない。
いつもそう言って笑うけど…。言葉にするだけなら簡単だけど…。
悔いを残さないなんて、本当は…すっごく難しいこと。

でも…だから…。
少しでも…降ろしてあげたい。





「シンごと消してやるよ」





ティーダが言う。

シーモアは幻光虫となり、空に消えていった。





「…どうぞ安らかに」



To be continued


レクイエムはシーモアのオーバードライブから。
安息を、って意味だし。まさにシーモアだなあ…と。


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