「ハル、誕生日おめでとう!」
パーティー用クラッカーの軽快な破裂音が響き、色とりどりの紙吹雪が宙を舞う。オーナメントやアストラの書道によって華やかに飾り付けられた地下の秘密基地には、ちゃんとレイの姿もあった。誕生日パーティーの計画が持ち上がった時にはあまり乗り気ではなさそうに見えたが、驚くことに誕生日ケーキまで持参していた。
「手作りなんだ、すごいね」
「別に。作り方さえわかれば誰にだってできるだろ、これぐらい」
「いやいや、そんなことないって」
切り分けられたケーキを食べながら、優理は素直に感心した。ケーキの上に乗ったデコレーションひとつとっても、相当手が凝っている。自分とは大違いだ。優理は料理に関しては、少々苦い思い出があった。
「私も昔、ケーキ作ったことあるんだけど、全然膨らまなくってさ……」
あれは確か、八歳の誕生日のことだ。当時見ていた子ども向けの料理番組に影響されて、ケーキを作ってみたいと母親にせがんだのだ。なるべく大人の手を借りずに作ってみようとした結果、膨らまなかった誕生日のケーキ。
(失敗なんかじゃないわよ、とってもおいしいわ)
(優理ひとりで作ったなんてすごいじゃないか)
うっすら蘇ってきたのは、失敗して落ち込む優理を励ます両親の姿と、それから――それだけ。また、あの時の誕生日パーティに、勇仁がいた記憶がない。それに気づいた瞬間、ぐらりと視界が歪み、一瞬目の前が真っ白になるような感覚がした。かと思うと、急に頭の中が冴えわたり、優理の心はある一つの確信にたどり着いた。
小さい頃の自分は、勇仁を知らない。あの時、勇仁は本当に、存在していなかった。
(じゃあ、私の弟は……今存在している勇仁は、一体誰なの?)
程よくエアコンのきいた室内は、寒くもないのにがたがたと手が震える。「おい、どうした――」優理の異変に気づいたレイが声をかけようとした時、ふいに明るい声がした。振り向くと、カメラを片手に持った亜衣が手招きしている。
「ねえ、みんなで記念写真撮らない?」
「レイ! お前もこっち来いよ!」
アストラがレイの腕を引いて、強引にカメラの前へ引っ張っていく。みんなの前で――勇仁の前で、様子がおかしいことに気づかれてはいけない。優理も続いて、カメラの前に並んだ。
果たして自分は今、ちゃんと笑えているだろうか。
230731