おもかげ

 ハルの誕生日パーティーは、次の土曜日に決まった。金曜日の夜、塾が終わってからスマホを見ると、エリから計画の詳細を記したメッセージが届いていた。明日の集合時間やそれぞれの役割分担、それからハルには絶対内緒にしておくことを改めて確認する内容だ。「了解」のスタンプを送ってから、優理は帰り道にあるコンビニに立ち寄った。

(って、なんかノリで参加することになっちゃったけど……)

 コンビニの煌々とした明かりとは裏腹に、優理の気分は暗かった。ハルの誕生日は祝ってあげたいと思うし、受験勉強で忙しい身には久しぶりの楽しい予定なのは確かだ。それなのに手放しで楽しむ気持ちになれないのは、やはりあの写真のことが頭のどこかにあるからだった。

 何故か勇仁の姿がない、幼い頃の家族写真。写真を撮った時の状況は覚えているのに、弟がいた記憶だけが全く思い出せない不自然さ。そして、それを黙ったまま勇仁と接していることへの罪悪感。どこにでもいる普通の姉弟だと思っていた日常は、不安定な足場の上に成り立っているようだった。

 そういえば、どうしてあの写真だけが絵本に挟まっていたのだろう?

 そうそう、確か……今にも泣きそうな、変な顔で写っているのが恥ずかしくて、昔自分でアルバムからこっそり抜き取って隠したんだった。あの頃は、父さんも母さんも仕事が忙しくて、家族で出かけるなんて久しぶりだったから、笑っている写真を残したかったのに――

 考え事をしながら色とりどりのジュースのラベルを眺めていたら、棚の陰にいた他の客に気づくのが遅れた。ぶつかった衝撃で、相手が手にしていた商品が白い床の上に散らばる。「ごめんなさい!」優理が慌ててそれらを拾い集めようとした時、同じようにしゃがみこんだ相手と目線の高さが同じになった。

「あ。君、勇仁の友達の。レイくん……だったっけ?」
「……大空優理……」

 こちらを刺すような鋭い眼差しに、見覚えがあることに気がついた。この前、秘密基地で会ったうちの一人だ。

「レイくんって、家この辺なの? ふじみ坂中の人じゃないよね」
「……」

 黙ったままなのも気まずいので何気なく話を振ったら「聞いてどうする」とでも言いたげな視線を向けられた。他人と距離を置いた接し方は、誰に対しても社交的な勇仁とは正反対のタイプだ。そう思ったからだろうか、次にどうにか共通の話題を捻り出そうとして出てきたのはこんな質問だった。

「あのさ、勇仁って普段はどういう子?」
「そんなの、俺に聞かなくたってわかるだろ」

 優理の問いかけに、レイは素っ気ない口調で答えた。

「昔はそうだったけど、最近よくわからないの。私の知ってる勇仁は、本当の勇仁じゃないのかもって」

 落とした商品を集める片手間の何気ない会話のはずが、いつの間にかレジに向かおうとするレイを引き留めてまで答えを聞こうとしていた。他人の目線から客観的な事実を聞くことで、弟がそこにいるという証拠を確かめたいのかもしれなかった。

「あ……ごめん。変なこと言って」

 知り合って間もない相手にする話ではなかったと気づいた優理は、とりつくろうように明るい声で言った。

「レイくんも来るんだよね? ハルくんの誕生日パーティ。それじゃ、また土曜日ね」

 慌てて会計を済ませ、逃げるように店を出た。別れ際にレイは何かを言いかけたが、優理がそれに気づくことはなかった。

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