秘密基地

 勇仁と別れたあとに、優理は近所の書店に立ち寄った。面白そうな本を探して店内を物色していると、入口から見慣れた顔が店の中に入ってくるところが目に入った。

 ハルと遊びに行くと言っていたはずの勇仁が、どうして一人でここにいるのだろう。不思議に思った優理は、手にしていた本を棚に戻して弟の姿を追った。勇仁は、彼が興味を持ちそうなスポーツ雑誌や漫画のコーナーを素通りし、まっすぐ二階の奥へ向かっていった。そのあたりの棚には専門的な本が多く並んでいて、勇仁に限らず大体の中学生が興味を持つような内容のものはあまり置かれていないはずだが――。

「勇仁、こんな難しい本読むの?」
「……え? ね、姉さん!?」

 勇仁は警戒するように周囲を見回しながら、壁際の一番奥で立ち止まった。だが本棚の陰にいた優理には気が付かなかったようで、声をかけると過剰に狼狽えた様子を見せた。

 その拍子に、勇仁の手が本棚の”ある部分”に触れた。すると、途端に本棚は音もなく横にスライドし、その向こうから、地下へと続く階段が顔を覗かせた。



「最近妙にコソコソしてたから、隠れて犬でも飼ってるのかと思ってたけど……」

 本棚の裏の隠し通路は、地下にある秘密基地に繋がっていた。そこで優理は、最近弟とハルがやけに自分たちの行動を隠したがっていた理由を聞いた。最近頻発する電子機器の誤作動、その裏にいる存在のこと。それを止めるために、仲間と活動していたこと。とはいえ、悪の人工知能がどうとかいう話は壮大すぎていまいち実感がなく、優理はどちらかというと勇仁が頭の上に載せている不思議な生き物の方が気になっていた。見た目は帽子をかぶった子犬のようだが、人間の言葉がわかるらしい。

「犬じゃなくて、アプモンだよ。こいつはオフモンって言うんだ」
「よろしくね、オフモン」

 優理はオフモンの頭を撫でようとそっと手を伸ばしたが、オフモンは逃れるように勇仁の頭にしがみ付いた。

「……おふぅ」
「怖がらなくて大丈夫、オレの姉さんだよ」

 未知の人間を恐れるオフモンの姿が、優理には幼い頃の自分と重なって見えた。それを宥める勇仁は、昔から遊園地の着ぐるみを怖がらなかったのだろうか。ふと頭に浮かんだ疑問をかき消すように、優理は別の話題を振った。

「ところで、ハルくんは?」
「あれ? そういえば遅いな。ガッチモンはもう来てるのに」
「ハルには待ち合わせを一時間遅く伝えておいたわ」

 きょろきょろと部屋の中を見渡す勇仁に応えたのは、なんとあのアプリ山470の花嵐エリだった。さすがアイドル、堂々と腰に手を当てたポーズが様になっている。

「なんで?」
「もうすぐハルくんのお誕生日でしょ? だから、みんなでお祝いしたいねってエリさんと話してたの」
「サプライズパーティーってことか! 超ノレるぜ!」

 亜衣の言葉に、アストラとそのバディ(人間とペアを組んでいるアプモンのことをそう呼ぶらしい)がはしゃいだ声を上げる。それをかき消すように、ドアの軋む音がした。さっき優理たちが入って来たのとは別の扉から姿を現したのは、またしてもアプモンを連れた黒い服の少年だった。鋭い眼差しをした少年は、冷めた口調で言った。

「大事な用があるって言われたから来てみたら、誕生日会? 浮かれてるな」
「ハァ〜!? なんだよその言い方!」
「まあまあ。人数多い方が盛り上がるし、きっとハルは喜ぶよ」

 険悪な空気になりかけた少年とアストラの間に、勇仁がすばやく仲裁に入る。そして、その言葉を聞いたエリが何かを閃いた様子で言った。

「せっかくだから、勇仁のお姉ちゃんにもドッカンとお祝いしてもらいましょ!」
「え、私も?」

 そこで声を上げて初めて、少年は優理の存在に気づいたようだった。少年は、見慣れない顔に訝しむような一瞥を向けた。

「あっ、初めまして。大空優理です。弟がお世話になってます」
「……桂レイ」

 一瞬、レイは驚いたような表情で優理と勇仁の顔を見比べた。……どういう種類の驚きだったのかは、とうとう最後まで聞きそびれてしまった。

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