優理と勇仁は、仲の良い姉弟である。その証拠に、喧嘩どころか些細な言い争いでさえ二人の間には稀だった。
「姉さん!」
期末テスト明けの放課後、校門へ向かおうとしていたときだった。背後から大きな声で呼び止められて、優理はクラスの友達と連れ立って歩いていた足を止めた。振り返ると、校庭にいた勇仁が自分の姿を見つけて走り寄ってくるところだった。
「どうしたの、勇仁」
「今日、ハルと遊びに行くから帰り遅くなるって母さんに伝えておいて」
勇仁は快活な性格でいつも人の輪の中心にいる。数多くいる友達の中でも、とりわけよく聞くのが新海ハルという男の子の名前だった。弟とハルは、大空家がこの町に引っ越してきたばかりの頃からとても仲が良く、小学生の頃は優理も一緒に遊んだことがあった。
二人はこのところ、毎日のように一緒に遊んでいるようだ。どこで何をしているのかそれとなく聞いてみても絶対に教えてはくれず、妙に濁した返答をされるのが少し気になるといえば気になるが、いくら勇仁でも年の近い姉に友達のことをあまり話したくないと思うのは当然かもしれなかった。
「いいけど、気を付けてね。この前もあんなことがあったし」
「わかってるって!」
ちょっとお節介だったかなと思いながら、優理はさっき来た方向へ戻っていく弟の姿を見送った。この前のことというのは、勇仁が電車の暴走事故に巻き込まれたときのことだ。心配になるのは、勇仁の姉として、家族として当然のことだ。言い訳がましくそう考える時点で、優理は自分の中にある後ろめたい感情を自覚した。あの写真を見つけてからというもの、勇仁に気づかれないよういつも通りに振舞ってはいたが、弟との距離がどこか遠くなったような気がしていた。
優理と勇仁は、仲の良い姉弟だった。その証拠に、喧嘩どころか些細な言い争いでさえ二人の間には稀だった。だけど、その関係は、薄いガラスの上に立っているような、些細なきっかけで簡単にひび割れてしまうつながりだったのかもしれない。
230731 logページより移動