きっかけ

 テスト前に部屋の掃除がしたくなる人間はけっこう多い。大空優理もその例に漏れず、まず机の上の細々とした雑貨を片付けるところから始めて、それが終わると隣にある本棚に手を伸ばした。本棚の取り出しやすい位置には最近買った雑誌や漫画が、普段はあまり使わない下段には小さい頃に好きだった絵本や子供向けの物語の本が収まっている。ふと懐かしい気持ちになった優理は、下段から一冊の絵本を取り出すと、ぱらぱらとページをめくった。

 すると、ページの間から一枚の古い写真が滑り落ちてきた。今時珍しいフィルムカメラで撮られたそれは、優理が小学生になる前、家族で遊園地に行った時のもののようだった。遊園地の名物キャラクターの着ぐるみの前で、並んで笑う父と母。その真ん中で、幼い優理が今にも泣き出しそうな顔で写っている。

 小さな子どもに手を振ったり風船を配ったりしている着ぐるみに怯えて大泣きし、両親や遊園地のスタッフまで総出で宥められた記憶が蘇ってきて、小さい頃の話とはいえ優理は少し気恥ずかしい気持ちになった。

(……あれ?)

 そこまで思い出したとき、優理は自分の記憶に強烈な違和感を覚えた。小学校に上がる前、家族で行った遊園地。そこには、弟の勇仁の姿がなかった。文字通り写真に写っていないばかりか、そのとき弟が一緒にいたという記憶が、自分の中から綺麗に抜け落ちている……?

 次の瞬間、部屋のドアがノックされた。優理は咄嗟に開きっぱなしにしていたページに写真を挟み、慌てて本を閉じた。

「な、何?」
「オレ、そっちにスマホ忘れてない?」

 薄く開かれたドアの隙間から、当の勇仁が顔を出した。「サンキュー」優理はついさっき勇仁が文房具を借りに来たとき置き忘れていった、薄型のスマホを手渡した。それは一年前、勇仁が中学生になったお祝いに買ったものだった。

 この時のことは、はっきりと覚えている。優理も、勇仁と母親に付き合って一緒に売り場に行った。その帰り道、新品のスマホにはしゃいだ勇仁とふざけて撮ったツーショット写真は、優理の端末にも共有されている。店の待ち時間が思った以上に長くて、着いてきたことをちょっと後悔したことも、腕を伸ばして自撮りをするのには意外とコツがいる、と顔の見切れた写真を見ながら二人で笑ったことも、ちゃんと記憶にある。

 勇仁が部屋を出て行ってから、優理はもう一度さっきの写真を取り出した。

(きっと勇仁は、遊ぶのに夢中になっていて写真に写りそこなっただけ。一緒にいたことを覚えていないのは、私の日常に弟がいるのは当たり前のことだから、意識して記憶に留めていないだけ……)

 自分の心にそう言い聞かせながら、優理は写真を本の隙間には戻さず、鍵のかかる引き出しの中へと移し替えた。

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