「おめでとう。厳正なる抽選の結果、君は70億人の中からたった一人、中学生から人生をやり直すチャンスを手に入れた」

 私の名前は×××。帰宅部で友達は特にいない。 もちろん彼氏なんてもってのほかの、さえない高校二年生。
趣味は読書……というか、他にすることがないから休み時間は本ばかり読んでいるだけなのだが、なんかちょっと前にこういう映画があったような気がする。

 主人公ポジションたる私の前に現れた神は、腰まで伸ばした金髪のロングヘアに、一本だけやたら長い下睫毛。白い装束は後ろを向いたらでっかく「10」って書いてあるに違いない。私この人見たことあるわ。テレビ画面の中でDSの画面の中で。イナズマイレブン、毎週水曜午後7時30分から爆熱放送中!
平たく言うと、世宇子中のアフロディこと亜風炉照美だった。

 確かに日頃から学校爆発しろだのなんだのそんなことばかり言っていた気がするが、こんなにも欲望に忠実な夢を見るとは、私も堕ちたものである。

「さあ、キミの人生をやり直すのにふさわしい学校を選ぶといい」

 アフロディが右手をあげると、今まで何もなかった空間に大量の紙束が出現した。何かと思って一つ拾うと、学校案内のパンフレットだった。私の通っていた中学校のものもあれば、日本一の有名進学校のものもあった。
いくら自分に都合のいい夢とはいえ、随分サービスのいいことだ。

「これって、本当にどこの中学でもいいの?」
「ああ。例えば――」

 アフロディは、大量のパンフレットの中から黄色と青の校章が描かれた一冊を手に取った。

「キミのいた世界には、存在しない中学校でも」

「雷門中学校でお願いします」

*

「これが向こうの世界でのキミの戸籍だよ」

 またしても何もない空間から突如出現した紙とボールペンを手渡された。 意外と細かい手続きが必要らしい。

「名前は必ずしも今のキミと同じである必要はない」

 つまり、どんなステキな名前にしようが勝手ということか。私は、×××という自分の名前は嫌いじゃないが、せっかく新しいスタートを切るのだからと新しい名前を書いた。

「家族構成は?」
「今と同じ」
「両親と、子どもはキミひとりだね」
「……これってさ、『親父うぜーから消してくれ』とか言うこともできるの?」
「まあね。……ボクの個人的な意見を述べると、 キミがそういうことを言い出す人間でなくてよかった」

 アフロディは美しい顔にどこか超然とした笑みを浮かべた。

「人間を消したり増やしたりする作業は、少しばかり面倒だからね」

*

「人生をやり直すにあたって、何か希望はあるかい?」
「希望って?」
「例えば、新築庭付き一戸建てとか、全室オーシャンビューとか」
「不動産屋さんかあんたは」
「絶世の美女に生まれ変わったり、巨万の富を手にすることだってできる」
「じゃあ、モデルの○○ちゃん並の美少女になって、スポーツ万能の秀才になって、大金持ちでなくていいからそこそこ裕福な家庭で暮らしたい。あと風丸一郎太の隣人になりたい」
「意外とずうずうしいんだね」
「やかましいわ」
「まあ、希望は出しておくけど」
「よろしくお願いします」

*

「さて、これでキミをあちらの世界に送り出す準備は整った」

「キミは×××だったことは忘れて、苗字名前として人生をやり直すんだ」

「それでは、幸運を祈ってるよ」

*

 突然、今まで地面だと思っていたものが消えて空中にほうり出される感覚がした。羽根のあるアフロディと違って、私の体は重力に従って落下していく。

「待って!」

 夢にしては妙にリアルな感覚に、ふいに背筋が寒くなった。×××だったことを忘れるということは、家族にもう会えなくなるということだ。 あっち側と家族構成は同じでも、全く同じではないだろう。そもそも私が×××でなくなるのだから。
疎ましく感じることがないわけではなかった。なにもかもが理想的ではなかった。でもやはり、私はつらかった。

「照美ちゃん、サインくださいっ!」

 こんなときでも浅ましい欲望を捨て切れない自分がいることが。
実は、家族のことより先に「じゃあ来週のイナイレ見れなくね?来週から新シリーズが始まるのに!」と一瞬でも考えてしまったことは、誰に懺悔すればいいのだろうか。

 最後に、「しかたないなあ」という声を聞いたような気がして、私の、×××としての意識はそこで途絶えた。

*

「さあ、ボクの仕事はここまでだ」

「運命は、自分の手で掴むものだよ。神ではなく、キミたち人間の手で。その手助けをするのがボクたちの役目というわけだ」

「――多分ね」

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