学校という身近な空間にいながら、直接授業を受け持つわけでも、生活指導をするわけでもない。生徒たちと歳が近い方なのも手伝って、担任の先生よりは気安く話せる立場の大人。そのせいか、ここには怪我人や病人ってわけでもない暇な生徒が立ち寄っていろんな話をしていく。生徒の話を聞いてあげるのもいちおう仕事の一環なので、ほどほどに相手をしていたらいつの間にか学校一の情報通になっていた。私の仕事は、雷門中学の養護教諭。いわゆる保健室の先生だ。

「名前ちゃん、うちの卒業生ってマジ?」
「『苗字先生はこの学校の卒業生だと伺ったのですが本当でしょうか?』よ、霧野くん」

 わざと丁寧すぎる言葉遣いで訂正を入れる。この子は、二年生の霧野蘭丸くん。サッカー部のエースディフェンダー。一見女の子と見紛うような見かけに似合わずさっぱりした性格で男女問わず人気者。今は掃除当番の最中。といっても、大して汚れていないので簡単に掃き掃除をするだけで今日は終わりだ。

「名前先生、うちの卒業生って本当ですか?」
「そーだよ、10年ぐらい前かな」

「じゃ、円堂守さんって知って……」保健室前の廊下掃除をしている子のチェックを止めて、チラッと霧野くんを振り返る。「……ますか?」


「ああ、サッカー選手の?」
「その人、今度ウチの監督になるんだって」
「へー、そうなんだ。はい、掃除終わり。教室戻っていいよ」

 そして、私にはもう一つ大事な役目がある。

 学校を出た後、交通量の多い大通りに向かって歩く。周囲に見慣れた制服や学校関係者の姿がないことを確認してから、私はある人物に電話を掛けた。それからほどなくして、真っ赤なスポーツカーが私の隣へ滑り込むように停まった。


「……イシドシュウジさん」


 スパイである。

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