「いってらっしゃいませ、お嬢様ー♪」

 メイドさんの甲高い声に見送られながら、私は店を後にした。

 ここの常連客に宇宙マニアの秋葉名戸生がいると聞いて来てみたけど、エイリア学園について有益な情報は得られなかった。少し考えればわかることだった。今までどんなに探しても手掛かり一つ見つからなかった宇宙人の正体を、ただの中学生が知っているわけがない。エイリア学園の手掛かりを探しているというのは単なる建前で、ただ何かしていなければ落ち着かないというのが本音だった。

 自転車を押して歩きながら、病室での半田たちの言葉を思い出す。エイリア学園が雷門中にやって来たあの日、私は円堂くんたちの旅には同行せず、東京に残ることを選択した。怪我をしたみんなのことが心配だったから、という気持ちに嘘はない。だけど、みんなに置いて行かれるかもしれない不安、うまくいかない自分自身への怒り。そういう気持ちを聞いて、私は――何も言えなかった。私はマネージャーでフィールドに立つこともないし、そもそもサッカー部に入ったのも成り行きみたいなもので、サッカー部のみんなが好きだから部活は楽しいけど、サッカー自体がすごく好きなわけではない。何かに本気で熱中したこともない私では、心の奥底では半田の気持ちはわからないのかもしれない。口先だけの慰めの言葉を言うのは簡単だけど、それじゃ何の意味もない。

 今日は病院に顔を出す気分になれず、雷門中の方向へ引き返してしまった。通い慣れたはずの学校だけど、今は校舎全体がブルーシートで覆われていて、なんだか知らない場所みたいだ。建て直しは順調に進んでいて、近々授業が再開される予定になっているけれど、人の心はそういうわけにはいかない。

その時、ふいに雲間から太陽が顔を出した。眩しくて思わず目を覆ったのと、天から声が聞こえたのはほとんど同時だった。

「浮かない顔をしているね」

 夕陽を受けて輝く金の髪をなびかせて、私の目の前に舞い降りてきたのは、世宇子中学のキャプテン・アフロディだった。



「君は確か、雷門サッカー部の一員だったね」

 重力の存在を感じさせないフワッとした動きで華麗に着地したアフロディは、まるでギリシャ彫刻のように美しい微笑みを浮かべながら、こちらに手を差し伸べた。

「改めて、世宇子中の亜風炉照美だ」
「……雷門中マネージャーの苗字名前」

 神々しいオーラに圧されて思わず握手に応じそうになったけど、冷静に考えたらどういう状況?これ。アフロディとその仲間が、神のアクアとかいう怪しげな薬の力を使って戦いを挑んできたFF決勝戦は、未だ記憶に焼き付いている。私はとがった声で問いかけた。

「何しに来たの?」
「まずは決勝戦でのこと、謝りたいと思う」

 言うが早いか、アフロディは深々と頭を下げた。正直予想外の行動に私が何も言えずにいる間、彼はじっとそのままの姿勢を続けていた。その姿を見ていると、どうやら本心からの言葉であるらしいとわかった。

「……地球にはこんな言葉がある。昨日の敵は、今日の友」

 いつぞやの宇宙人の口調をマネしてみたら、ちょっとウケた。

「わざわざ謝りに来てくれたの?」
「それもあるけれど……今の僕なら、必ずエイリア学園を倒す力になれるはずだ」

「気持ちは嬉しいけど、今円堂くんたちいないんだよね」
「そうなのか。ならば、彼らは今どこに?」
「沖縄」

 場所を聞いた瞬間、アフロディの動きがピタッと止まった。漫画だったらガーンって効果音が鳴り響いているに違いない。

「僕の翼でも、海を渡るのは少し難しいね……」
「何それ?神のギャグ?」

「でも、君に会えたのは幸運だった」

 そうしてアフロディは、見る者全てを虜にする微笑みを浮かべ、とんでもない頼みごとをしてきた。



 白いご飯とわかめの味噌汁、それから焼き魚。ごく普通の朝の食卓だけど、今日はなんだか神聖な空気に満ちている。そんな気がする主な要因は、私の目の前で味噌汁を啜っているこの人。彼の名前は亜風炉照美。昨日からうちに居候している神だ。

「照美くん、おかわりは?」
「あ、いただきます」

 照美ちゃんは、雷門イレブンの助けになるために家(どこにあるのかは知らない)を飛び出してきたはいいものの、全国各地を旅している皆と入れ違いになってしまった。他に行くアテもないというのでダメ元で私の家に連れてきたところ、ちょっとズレてるけど聡明で礼儀正しくしかも美しい彼はうちの家族に一発で気に入られた。そして、最近一人暮らしを始めたお兄ちゃんの部屋が空いていたので、彼は皆が沖縄から戻ってくるまでの間うちに泊まることになった。

 ……うちの家族、私が言うのもなんだけど、ちょっとヘン。

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