その日は何事もなく平和な、はっきり言って暇な一日で、樫の木書店地下の秘密基地に集まった面々はそれぞれが思い思いのことをして過ごしていた。ハルは分厚い本を読んでいて、勇仁はそんなハルに時々話しかけながらオフモン達と遊んでいる。エリは仕事用のアプッターに載せるための写真を厳選していて、亜衣はお父さんに呼ばれて上の階に行ったところだ。飛鳥虎次郎ことアストラは、この前撮った動画の編集作業をしようと思っていたのだが、まったく集中できずにタブレットを触る手を止めた。いまいちノレない原因は、ただひとつ。自分ではっきりわかっていた。

「あのさー、オレさっきから超〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜気になってんだけど……」

 誰もツッコまないことにいい加減しびれを切らしたアストラは、勢いよくソファから立ち上がった。そして、テーブルをはさんで向かい側に座っている人物をじっとにらみつけた。

「……コイツ、誰?」

 アストラの一言で、全員の視線が一斉にその人物――このあたりではあまり見かけないグレーの制服を着た、中学生くらいの少女に集中した。彼女はここにいるのが当然のような態度で優雅に紅茶とクッキーをたしなんでいるが、アストラの全く知らない顔だった。

「そういえば見ない顔だけど、誰かの友達?」
「えっ? 俺、エリさんの知り合いかと思ってたんだけど」

 エリと勇仁は、互いの話を聞いて驚いた表情で顔を見合わせた。謎の少女があまりにも堂々とくつろいでいたせいで、まさか誰一人面識がないなどとは想像もしていなかったらしい。

 少女は自分に注目が集まっていることに気がついたのか、静かにティーカップを置くと、どこか挑戦的な眼差しでアストラを見上げた。

「コイツとは失礼だなー、飛鳥虎次郎くん」
「本名呼ぶな! ってかなんで知ってんだよ!?」

 顔出しで動画配信をしているとはいえ、見知らぬ人間にいきなりハンドルネームではなく本名を言い当てられたことに、アストラは動揺を隠せなかった。彼女は続いて、その場にいた全員の顔をひとりひとり確かめるように見回した。

「花嵐エリさん、大空勇仁くんに、それから新海ハルくんでしょ。あなたたちのことは聞かせてもらったよ」
「聞いたって、一体誰から?」
「! もしかして……」

 彼女が勇仁の疑問に答えるより早く、ハルが声を上げた。その様子を見て初めて、ある人物の顔がアストラの脳裏をよぎった。この場にいる全員の共通点――アプリドライヴァーであること――を考えれば自然と浮かび上がるはずの存在だったが、その人物と目の前の変な女のノリが違いすぎて、ハルが言うまでアストラの脳内で結び付かなかったのだ。

「きみ、レイくんの友達?」
「正解!」

 少女はクイズ番組の答えを発表するかのようなハイテンションで言い、パチパチと拍手をした。次の瞬間、聞き覚えのある機械音声と共に強い光があたり一面に広がって、アストラは咄嗟に顔を腕で覆った。光が収まってから目を開けると、少女の足元に怪獣のタマゴのような謎の生命体が立っていた。

「私、苗字名前。こっちは相棒バディのデジタマモン。レイとは割と小さい頃からの友達っていうか、大親友っていうか、将来を誓い合った仲といっても過言では……あるけど。ま、よろしく!」

 名前と名乗った少女は、アプリドライヴを片手に輝く笑顔で言い放った。アストラは、ようやく状況を理解し……いや、かえってわけのわからないことが増えた。そう思った。

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