季節は夏真っ盛り、東京ではホーリーロードの全国大会が行われている頃。太陽の光に照らされてきらめく海の上に、一艘の真っ白なクルーザーが浮かんでいた。その甲板に、一人の超絶ビューティフルな女性が立っている。大ぶりの花柄をあしらったマキシ丈ワンピにサングラス、小さなキャリーケースの中には水着。私の名前は苗字名前。職業、雷門中学校の養護教諭、兼、フィフスセクターのスパイ。

 上――学校じゃなくて、フィフスセクターの方――から言い渡された突然の夏休み、バカンスに出かける気満々でこの船に乗り込んだ私は、操縦士に行先を告げられた瞬間絶望の淵に突き落とされた。そして次の瞬間には、全身を燃え滾らせる怒りとともにその淵から舞い戻ってきた。私は手に持った携帯を握り潰さんばかりに力を籠め、電話の相手にまくしたてた。

「ちょっと豪炎寺! 一体何がどうなってるの!? こんなの聞いてないんだけど!」
《私はイシドシュウジだ》

 私が、たった一人で海上を漂っている原因――少年サッカー界の支配者・豪炎寺修也ことイシドシュウジは、いつもと声の調子を一切変えずに言った。二つ折り携帯を即座に逆パカしたくなる衝動を懸命に抑え、私はわざと丁寧すぎる言葉づかいで尋ねた。

「わかりました、聖帝イシドシュウジ様。ところで先日、フィフスセクター本部で私に何とおっしゃったか、覚えていらっしゃいます?」
《『スパイ業務は決して楽しい仕事じゃないだろう。たまには南の島で羽を伸ばしてきたらどうだ?』だったか》
「嘘つけ!」
《嘘はついてないぞ。ただ、その島がゴッドエデンだと伝えるのを忘れていたが》
「忘れていたのではなく、わ・ざ・と言わなかった、の間違いでは?」

 聖帝イシドシュウジは、しばらく何も答えなかった。電話越しとはいえ私のあまりの剣幕に震え上がっていた……わけではなく、彼が再び口を開いた時、その声にはさっきまでにはない重々しさが込められていた。

《落ち着け。わざわざお前をゴッドエデンに行かせたのには理由がある……最近その島で、明らかに指導の域を超えた非人道的な特訓が行われているとの報告が入った。お前の目で事実関係を確かめてきてほしい》
「……なるほど、もしそれが本当なら、確かに見過ごせない事態ですね」

 フィフスセクターは少年サッカー界で絶大な権力を握る巨大な組織だが、その頂点に君臨するイシドシュウジの真の目的を知る者はごくわずかだ。サッカーを支配するという表向きの看板につられた末端の者が、聖帝の意志に反して暴走する可能性は大いに考えられた。そして、その末端の者の不始末が、聖帝の成し遂げようとしていることの障害となる危険性も。それだけは、絶対にあってはならないことだ。私はイシドシュウジの部下として、そして、豪炎寺修也のひとりの友人として心からそう思っている。思っているのは確かだが……。

「でも、それならそうと、バカンスじゃなくて潜入捜査だと真っ先に言……あー!電波なくなった!!!」



「あの、聖帝」

 一方その頃フィフスセクター本部、聖帝イシドシュウジの執務室。聖帝の脇に控え、笑いをかみ殺しながら聖帝と苗字名前の電話のやり取りを横から聞いていた青年・宇都宮虎丸が、少年時代を思わせるやんちゃな笑顔でこう言い放っていた。 

「苗字さんが戻ってくる日、オレ有休取っていいですか?」

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