朝練のために部室へやって来た時には、もう染岡はユニフォームに着替えたあとだった。とうとうフットボールフロンティアの本番が近づいてきているから、かなり気合が入っているみたいだ。オレも急いで着替えながら、何気なく、昨日の部活で起こった衝撃的なできごと――一年の時からずっと名前だけの幽霊部員だった苗字が、突然やる気になったとか言ってサッカー部に顔を出したことを口にした。
「にしても、昨日はびっくりしたよな」
「あいつ、廃部騒ぎの時は知らん顔してたくせにな。どーいう風の吹き回しなんだか」
染岡がそう零した直後、部室の扉がノックされ、建付けの悪いプレハブの引き戸はコンコン、というよりバンバン、みたいな音を立てた。サッカー部の男連中がそんな丁寧な感じで入ってくることはないから、たぶんマネージャーの木野だろうと思ってたんだけど、ガラっと扉を開けて入ってきたのは、まさにその苗字だった。
染岡は微妙な反応だけど、オレは正直言って苗字が戻ってきたことを嬉しく思っていた。今更になって戻ってくるなんて、染岡の言う通りヘンな奴には違いない。だけど、個性がないのが悩みのオレとしては、その「ヘンな奴」なところがちょっとだけ羨ましくもあるのだ。
「おはよう、苗字」
部活じゃ名簿に名前が載っているだけでいないも同然だったし、一年の時は同じクラスだったけど、クラスが離れてからは話すきっかけってなかった。せっかくだからこれを機会にちょっとは仲良くなれたらいいな。そう思ってオレの方から声をかけてみたんだけど……。
「よ、半田、ソメソメ。おはよー」
「……その妙な呼び方。ひょっとしてオレのことか?」
「気に入らなかった? なかなかカワイイと思うんだけど」
「冗談じゃねえ!」
問題は、オレ以外にその気がないと仲良くなりようがないってことなんだよな……。